11話 振り返るといつも、きっかけはくだらないことばかり
side碧
昨日からの私は何かがおかしい。いや、もとから自分がクズでダメでどうしようもない変人なことは分かってる。言いたいのはそういうことじゃない。
私がこんなに感情が不安定になることなんて記憶にないくらい珍しいのだ。たまにちょっと怒ったり、笑ったり、悲しんだり、そういうことはあるにはある。でも、そんな気持ちはすぐに収まって長くは続かないし、頻繁になるものでもなかったはずなのに。
ついさっきも、環くんに昨晩の謝罪をしに来たはずなのに、いつの間にか言い合いになってしまって…
ーー『そして何より、環くんは私にとてもよく似てる。雰囲気も、目も、笑った顔も、言葉も。私の生き写しなんかじゃないかと思うほどに。だから環くんは私と同じで変人だね。』ーー
なんて恥ずかしいことを言ってしまったのだろう。何が似ているだ、何が同じで変人だね、だ。出会って1日の人間が、それも迷惑ばかりかけている私が何をカッコつけているんだ。
死にたい…
極めつけに、言い終わったあとに、ニコッと意味深な微笑みをしてしまった。特に深い意味なんてないのに。ただついつい出ちゃった言葉なのに。
死にたい…
ちなみに、今現在、私は、クサいセリフを言い終わってニコッと微笑みながら硬直している状態で、こんな思考を繰り広げている。
思索に耽ることだけは得意なのだ。そんなことはどうでもいいが。
まあ、死にたい気持ちは一旦置いておこう。後で家のベッドで好きなだけ悶え苦しむことにすればいい。
問題はこのあとどうするかだ。あれだけ恥ずかしいセリフを言ってしまったあとだ。次の発言で、私という人間が問われることになる。
もしここでとんでもなくバカなことを言い晒したのならば、きっと環くんは、『ああ、ただのバカがそれっぽいことを言っただけか…』と思うことだろう。それはなんとしても避けなければいけない。
かと言って、さらにそれっぽい深めの発言をしても、同じことの繰り返しで、その次に何を言えばいいかわからなくなるだけだ。
とすれば、選択肢は1つしかない。サラッと流して、何もなかったかのように次の話題に移るのがベストアンサー。それだけが私に残された唯一の道。間違いない。
以上の考察から、導き出される私の次の発言は『ほら、ゲームしよ?レベル上げないと次の町までいけないよ?』だ。サラッとしつつ、それでいて冗談っぽさもある。しかも次の行動まで自然に誘導できる。
よし、決まりだ。焦るな、呼吸を整えろ。ごく自然な動きで。大丈夫、私は自然だ。そして、自然は私だ。
…そんなことはない。自然は自然だった。私じゃない。自分でも何を言ってるのかわからなくなってきた。いつものクールかつロジカルでありリアリスティックな私はどこに行ってしまったのか。
…そんないつもの自分はいたことがなかった。いつもの自分は変わらずただのゴミクズ人間である。
駄目だ。混乱している。思考がまとまらない。もういいや。何も考えずにとりあえずセリフを吐くことだけに集中しよう。
3,2,1で言おう。よし。今度こそ…
3,
2,
1,
「ほら、ゲー…」
ぐぅー、ぐぎゅ、ぐぎゅるるー。
私のお腹が奏でる軽快でポップなサウンドが部屋中に響き渡った。
しかも可愛らしいタイプの音ではなくて、汚いタイプの音が。ぐぎゅるるって。
「…日向?」
環くんが何か言ってる気がする。ひなた、ひなたってなんだっけ?あ、私か。この滑稽極まりないわたくしめの名前ですか。
あれ?でも私は今空気と一体化してこの場から存在を消しているはずなのに、どうして私の名前なんか呼んでるんだろう?
「コンビニに何か買いに行こうか」
私が現実逃避していると、環くんはそう言って上着を着込み、外に出る支度を始めた。羞恥のあまり固まって立ち尽くしていた私も、環くんが準備を終えてドアに向かう頃になると、いろいろ全部諦めてとぼとぼと歩き出した。
「あの…、環くんさっきのは、その…」
「ん?ああ、似ているって言ってたこと?」
「まあ、…はい。いろいろとお恥ずかしいところをお見せしてしまって…」
外に出て、冬の寒さで少し冷静になった私はさっきまでの意味不明な行いについて謝る。
「まあ、なんだ。誰にだってああいうときくらいあるさ。」
「そんなことは…。普通の人はあんな急に変なこと言ったりしないよ…」
環くんは私を慰めるために気を使ってそんな風に言ってくれたのだろうか。環くんの少し後ろをついて歩いている今の私には彼の表情が見えない。でも、なぜだろうか?少し猫背気味に、白い息を吐きながら歩く彼の背中はとても優しく見えて、それでいてどこか悲しそうにも見えた。
「じゃあ俺はやっぱり変人なのかもな。俺もよく急に変なこと言ったりやったりするからさ。俺と日向はよく似てるんだろうな」
そういった環くんの声色は少しからかっているようで、いたずらっぽかったけれど、不思議と私の心はぬくもりを帯びていくように感じた。
それから、コンビニにつくまでの数分間、特に何を話すでもなく、ただ降り積もった雪を踏みしめながら歩いた時間はどうしようもなく居心地がよかった。
ーー私はこの人と一緒なら、変われるのかもしれない。
そんなことをつい考えてしまうくらいには悪くない時間だったのだ。




