10話 全部失って、全部諦めた。はずだったのに
時刻は午後13時過ぎ。
再び日向と二人でゲームをやることになった。日向はつい数時間前まで遊んでいたゲーム機を慣れた手つきでテレビと接続し始める。その表情はとても楽しそうだ。
昨晩からずっと窓を閉めっぱなしだった俺の部屋はどこか空気が淀んでいる。
「換気するか」
そう呟いて、俺はずっと閉め切ったままのカーテンを開け、窓を目いっぱいに開き新鮮な空気を取り込む。
「寒っ」
2月の凍えるような風が一気に部屋の中に吹き込む。部屋の温度は急激に下がり、少し鳥肌が立つほどだが、今はこの身に染みるような冷たさがどこか心地よかった。
「寒いね~。もしかしたら今日雪降るかもね」
ゲームの準備を終えた日向が窓の方まで来て外を見ながらそんなことを言った。部屋の空気を入れ換え、日向が同じ空間にいる。ただそれだけで、何か見えている世界が、少し明るく色づいたように感じる。
ぐぅ~
俺が柄にもないことを考えていると、隣にいる日向の方から可愛いらしい音が聞こえた。
「日向?」
「いや~、寒い!本当に寒いね!」
誤魔化すように急に日向の声が大きくなった。昨晩からお互いに何も食べていないし、お腹がすくのは自然なことだ。
「いや、別に恥ずかしがることでもないだろ。俺も腹減ったし」
「な、なんのことかな?突風でも吹いたんじゃない?」
しらを切り通すつもりなのか?
「日向…」
「…しょうがないじゃん!環くんには、昨日から恥ずかしい姿ばっかり見せちゃってるし…。またお腹鳴らして、遠慮のない変な人間だと思われたくなかったの!」
「でももう今更じゃないか?自宅の鍵を川に投げ捨てた頭のおかしな人間として、俺は初対面の時から認識してるけどな」
恥ずかしがる日向の姿を見て、もう少しおちょくってやろうという気持ちになった俺を誰が責められるだろう。
「そ、それはやむにやまれぬ事情があって…、仕方なかったの!私だって好きで鍵を川にぶん投げたわけじゃないから!」
「なるほどな~。分かるわ~、よく分かる。誰でも鍵を川にぶん投げたくなるときってあるもんな?確かにそれは仕方ないな…。」
楽しくなってきた俺は追撃の手を休めることなく日向をおちょくり続ける。日向は一つ一つに、ころころと表情を変えながら反応してくれるから見ていてとても面白い。
「くっ!馬鹿にして…!確かに、自分でが変な人間だって自覚はあるけど…。薄々感じてはいたけど、やっぱり環くんってちょっと意地悪だ!」
「ごめん、ごめん。ちょっとやりすぎた。つい反応が面白くって」
日向が少し拗ねてしまったので、俺は急いで謝罪の言葉を口にする。人とこんなにも『生きた』やり取りをしたのはいつ以来だろうか。少なくともここ数年は記憶にない。それがすごく嬉しくて、日向に非難されてされているのにもかかわらず、顔が綻んでしまう。
「なんでニヤニヤしてるの!まあ、この際、私が変な人間なのは認めましょう。でも環くんも人のこと言えないよね?」
「なんだよ、急に?」
なんだか話の風向きが変わってきた。急に日向の目つきが少し鋭くなった。
「環くん、君も私のこと言えないくらい変人だよね?」
「うっ…!な、なんでそう思うんだよ?」
ついきょどってしまった。自分が変人だという自覚がありまくる俺は内心ではびくびくしながら聞き返す。
「まず1つに、深夜徘徊。大学生とはいっても、ふつう深夜2時にゲームを買いに行ったりしないよ」
「ぐっ…、確かに」
「2つ目に部屋。さっきの様子だと一日中ずっとカーテン閉めっぱなしだよね?それに男子大学生の部屋にしては異常なほど物が少ないね。どんな生活をしているのかな?」
「す、鋭い…」
なにも悪いことはしていないはずなのにどんどん追い詰められていくような感覚になってくる。まるでドラマで犯人を追い詰める探偵のような口振りだ。
日向はそこまで言ってから、最後に急に物悲しそうな、それでいてどこか優しい声で次の言葉を紡いだ。
「そして何より、環くんは私にとてもよく似てる。雰囲気も、目も、笑った顔も、言葉も。私の生き写しなんかじゃないかと思うほどに。だから環くんは私と同じで変人だね。」
そう言った彼女は優しい笑みを携えていた。
「そうか、似てるか…。確かにそうかもしれないな。俺と日向はよく似てるんだ。」
昨日からの自分はいつもと違っていた。見知らぬ女の人に声をかけて親切にしてみたり、柄にもなく熱くなってしまったり、いつもの自分なら考えられないようなことばかりだった。
自分は感情が大きく動かないし、変われない人間のはずなのに、なんで今こんなことになっているのかずっと疑問に思っていた。しかし、日向に『似ている』と言われて、不思議と一瞬で納得してしまった。心のどこかでは自分も最初から日向が自分に似ていると感じていたのだろう。
自分とここまで似ている人間に初めて出会ってしまった。自分は世界で一番のクズ人間だと思っていたのに。そんな自分と似ている人間がいた。だから心の奥がざわついて収まらないんだ。
もしかしたら、もしかしたら、日向となら…俺は、変われるのかもしれない。




