1話 ほんの少しでいいから、今よりましな何かになりたい
ピピッ ピピッ ピピッ ピピッ…
今日もめざましの音で目が覚める。ウトウトしながら時刻を確認すると8時丁度だ。まだ家を出る時間まで45分もあることを確認すると俺は二度目の眠りについた。
ピピッ ピピッ ピピッ ピピッ…
めざましはまた不快な音で俺の眠りを邪魔する。俺はほとんど無意識のままに音を止め再び安らぎの時間を取り戻した。そして俺は三度目の惰眠を貪る。
それからどれほどの時間が経った頃だろうか、
「んっ、そろそろ起きるか」
一人暮らしの俺は誰に話しかけるでもなく独り言を言って重い身体を起こした。そして、なんとなく枕元の時計に目をやる。9時30分だ。
(えーと、1限が8時45分に始まって、今が9時30分ということは…)
「遅刻か」
そうつぶやく俺の心に、もはや焦りはなかった。俺が遅刻をするのはさして珍しくもない。それに、二度寝をしようとした瞬間に嫌な予感はしていたのだ。恐らく今、眠るともう起きられないだろうなとは薄々感じつつも俺は睡魔に抗うことができなかった。
「朝飯かー、何か食べ物あったかな」
テーブルの上には何もない。冷蔵庫には卵があったが料理するのが面倒なため却下する。ここまで考えた後、行きのコンビニで何か買うことに決めた俺は再びベッドに戻る。
1限に遅刻することが確定した今、2限から出ることになる。しかし2限が始まるのは10時30分からだ。今の時刻は9時40分で、大学まで5分で行けることを考慮すると後30分はゆっくりしていられる。
この完璧な計算をして一安心した俺はベッドでなんとなしにスマホをいじり始めた。まだ眠気が取れない。
(むしろ20分だけ寝たほうが授業に集中にできるかもな…)
そう考えた俺は再び眠りについた。
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カー カー カー カー…
カラスの鳴き声が聞こえる。部屋の中は真っ暗だ。何かがおかしい。俺はそのおかしさに気づかないふりをして、あえて言葉を口に出した。
「んー、喉乾いたな」
冷静になるために一旦喉を潤し、ベッドに戻った俺はゆっくりと枕元の時計を確認する。18時48分。またやってしまった。1日まるごと大学をサボってしまった。
こうなるのはわかっていたんだ。朝、二度寝をした瞬間、ベッドに戻ってダラダラしていた瞬間、そのすべての瞬間に薄々感じていた。
俺は何度同じ間違えを繰り返すのか。そのたびに自分が嫌になり、深く後悔して、そしてまた繰り返す。俺はそんな自分が大嫌いだった。
「どうしたらいいんだよ…、もう無理だ俺は」
こんな人間がまともに大学生活を送れるはずもなく、俺は授業に出席しない、課題も出さない、テストもサボる、しまいにはサークルにも所属せず、学部の友達もいない、といった体たらくだった。
俺はVR、いわゆるヴァーチャルリアリティの研究がやりたくて大学に入った。
そしてやっと好きに勉強して研究ができる!、と意気込んでいたはずなのにどうしてこんなことになってしまったのだろう。
VRの研究どころか、大学の課題すら満足にこなせていない今の俺の状況を一年前の自分が見たらどう思うだろう。
大学に入ったら、サークルに入って友達を作って、あわよくば彼女も作り、親元を離れて憧れの一人暮らしで、食事は毎日自炊して料理も身に着けよう!こんなキラッキラの大学生活を想像していたあの頃が酷く懐かしく感じる。
「もう何もかもどうでもいい、寝よう」
そう言って俺はカーテンを締め切った真っ暗な部屋の中、一人っきりでベッドに向かう。
きっと明日も、そのまた明日もこんな自堕落な日々が続いて、いつか取り返しのつかないところまで堕ちていくのだろう。
そうなったらそうなったで別にもうどうでもいいか、そんなことを考えながら俺はまた惰眠を貪る。