第77話 死神の大鎌
「聖獣様に…いえ、その獣に止めを刺す役目は譲って頂けませんか」
リリィから発せられた信じがたい言葉に思わずシノアは逡巡し、聖獣に対し大きな隙を見せてしまう。
その隙を突こうと聖獣が仕掛け、巨大な爪がシノアの身体を切り刻まんとして動くが—
「ちょっと考え事してるんで、“おすわり”」
「グギャァアア?!?!」
シノアの超強力な言霊により押さえつけられてしまった。
言霊、それは文字通り言葉を使い霊的な現象を起こす魔法の類似物である。
魔法の根源にも近いと呼ばれ研究が盛んに行われている、現代では失われた技術の一つなのだが、シノアは難なく使用できるようだ。
もちろん使用できる対象は自分より弱いものだけである。
言葉に魔力を込め相手を従わせる悪魔の常套手段である言霊をいとも簡単に使用し、神とほぼ同列に崇められてきた聖獣を、まるで仔犬を転がすようにあしらうシノアに普通のエルフや人間であれば畏怖したり、怯えたりするのが普通なのだろうが生憎彼女は普通ではなかった。
微かに褒めた頬を両手で包み「あぁ、なんて強くて素敵なんだろう…」と蕩けた表情になってしまっている。
恋は盲目と言うが彼女の場合、感覚器官と心全てに布当てでもされているようだ。
「それで止めというのは本気?」
「ハッ…ほ、本気です。その獣は私たちの里が崇拝してきた物です。ならば、最後の後始末も我々がするべ…きぃ…でしゅ…」
シノアが言葉の真意を問うためにリリィに視線を向け、彼女はそれに答えようとしたが、だんだんと言葉が聞き取りづらくなり最後の方はもはやゴニョゴニョ言っているだけだった。先ほどまで見つめあって二人きりで会話していたというのに、いざ意識し始めると目すらまともに合わせられないようだ。
そんな彼女の様子を、掟に逆らっても良いのかどうか逡巡しているのだと勝手に勘違いしたシノアは突然彼女の手をとり、その瞳を覗き込んだ。
無論リリィの心拍数はぐんぐんと上昇していき顔はゆでダコも真っ青な程赤くなっていく。
「なら、一緒に。僕が奴を押さえるから君は出来る限り高威力の魔法を。見た限りあいつは魔法にそれほどの耐性を持っていないみたいだし。いいかな?」
シノアの言葉に超高速で首を縦に振るリリィ。そんな様子をシノアはクスクスとおかしそうに笑うと立ち上がり、腰に差していた紅桜を抜刀した。
禍々しい殺気を放つ刀の登場にさすがのリリィも気合を入れ、出会ったときのような凛々しい表情へと変わった。
共同戦線である。
「“深緑の源、聖なる大樹の百合籠、優しき弔いの光、美しき生命の泉、永年の時の中蓄えられし、大いなる命の灯火たちよ—」
(へぇ…さすがはハイエルフね、原初属性である樹の禁術を使おうとしてるわ)
(それに詠唱破棄に加えて、周囲の魔力を利用して魔法の威力を高めようとしてますね。ハイエルフなんて本でしか見たことなかったけど本当に魔法に関して天才的な素質を持ってるみたいだ)
聖獣を相手取りながら横目で観察していたシノアと紅桜は、リリィの魔法構築力の緻密さと膨大な魔力量、さらに自動的に展開される魔法陣に素直に感嘆していた。
転移者であるシノアにも勝るとも劣らぬほどの腕、いや今の段階ではリリィが一枚か二枚上手だろう。
「魔法の完成まであと10分ってところかな…それまで少し遊んでもらうよ」
そう言うとシノアは紅桜を大上段に構え、一気に振り下ろした。
するとそこには先程までの刀に似た紅桜の姿は無く、禍々しい瘴気を放つ大鎌があった。
彼が命を救われた恩人だと思っている堕天使の武器を真似して、紅桜を変化させたのだ。
「さ、さすがに紅桜さんの形状変換はきついなぁ…形を変えただけなのに流れ込んでくる魔力と殺気が強すぎて死にそうだ…」
ただ武器の形を変えただけ—傍から見ればそれだけのことだが、扱う本人には尋常ではない負担がかかっている。
常人には抜くことすら叶わない超常の力を持った妖刀。その力を我がものとし更にはその器すら変化させる力量。それらはシノアの飽く無き努力と紅桜との信頼関係により培われたものだ。
これにより彼の通り名である“死神”はより世間に広まることだろう。
(大丈夫?あまり無理をすると魂まで磨耗するから注意しなさい)
「は、はい。一応死なない程度に練習できればと思って」
自身の魔力を迸らせ身体に纏うシノア。その圧倒的なまでの威圧感に近くで見ているリリィだけでなく、聖獣までも微かな怯えを隠しきれていないようだ。
「さぁ、ショータイムだ!」
前世の漫画で見た、言ってみたかったセリフを声高に放ちながら聖獣へと向かっていくシノア。それを阻止するため全力で捻り潰そうとする聖獣だったが、元々のサイズが違いすぎて狙いが定まらないようだ。
押し潰そうにも俊敏性に長けたシノアを捕らえられるわけもなく、吹き飛ばそうと前脚で使っても大鎌に受け止められてしまう。
そしてシノアは、そんな聖獣を練習台に大鎌を器用に扱い小さな傷を大量に負わせていった。本当に微かで動くには支障のない程度の傷。だが小さくとも着実にダメージとなる絶妙なバランスの傷。
荒削りだが舞のように美しい死神の演舞に、詠唱に集中しなければならないのにも関わらずリリィは思わず見惚れてしまう。
そしてその演舞の相手である聖獣は、いつのまにか口元からヨダレではなく血の混じった唾を垂れ流していた。
狩る側だったはずの聖獣がいつの間にか狩られる側にシフトチェンジし、あまつさえ遊ばれている始末。
先ほどの長老や守護隊の者達が見れば発狂するような場面であろう。
そうこうしているうちにリリィの魔法が完成し、シノアの遊びを兼ねた練習も終わりとなる。
「“我に世界樹の導きあれ、霊木神導活撃覇!”」
そして神々しいまでの光が聖獣へと降り注いだ。




