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無能な神の寵児  作者: 鈴丸ネコ助
聖母喪失篇
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第??話 いつか訪れる未来

「首尾はどうだ?」

「はっ、上々であります」


ここはとある戦場の臨設軍事テント。大きなテーブルに地図が広げられている一時期的な司令基地だ。司令官と副官が最終的な戦略会議を行っている。


「敵軍は魔人族の集まりだ。何をしてくるかわからんぞ」

「もちろんです。ですが、せいぜい200か300程度にこれほどの軍勢を用意する必要があったのでしょうか?」


副官の言う通り相手側である魔人族の陣営は多くても300人程度。

対する司令官側は25,000という大軍勢だ。


「うむ…国王陛下からの命令の上、なんでも特別な力を持った男が魔人族側に与したという情報があってな」

「なるほど…」


口では納得していながら渋々と言った様子の副官。だがそれも無理はないだろう。

一体どんな力を持っていれば100倍を超える戦力差を覆せるというのだろうか。


「よし、進軍の用意だ。全兵士に通達、これより通常作戦規定に則り、敵軍への進軍を開始する」

「ハッ!」


そして辺りに草笛のような音が響く。進軍開始の合図である。


「全軍、進軍せよ!目標は10キロ先の魔人族の集落だ!」


司令官の命令に雄叫びをあげる兵士たち。

だが、彼等に訪れるのは勝利などではない。


◇◇◇


「おい、なんだ?あれ」


それは一人の兵士の呟きだった。

微かに魔人族の村が見えてきた頃と同時にひとつの人影が視界に入った。

フードを深く被り顔は見えないが、美しい外套はかな身分が高いことが伺えた。


「何者なんだ…?」

「司令官、まさかあれが例の…」

「ふむ…かもしれん」


司令官と副官の会話に応えるように人影が動く。

風で靡いていたフードを後ろにやり、その相貌が顕になる。

美しい銀髪を後ろで纏め、静かに目を閉じ佇むその姿は性別という概念を見る者から奪い去る。


そして彼─彼女とも言えそうな人影は静かに右手を髪の結び目に持っていき、一言呟く。


「“起きろ、紅桜”」


一瞬光ったかと思うとゆっくりと元の位置に右手を戻す。

その手には薄紅色に輝る刀が握られていた。

そして、静かに目を開く。

薄紺碧の瞳孔は桜の形をしており、溢れ出る殺気は人すらも殺せそうだ。


殺気に反応し兵士たちが気色ばむ。


「全員構えろ!敵だ!」


だが、中には相手はたった一人だと馬鹿にし笑っている者もいる。そういう者の末路はだいたい決まっている。


人影は鞘から刀を抜き放ち、鞘を桜の花びらに変える。

そして、また一言。


「“桜刀廻天(おうとうかいてん)”」


その言葉で地面に散った桜の花びらは動き出し、刀へと変貌を遂げる。


「“刺し潰せ、紅桜”」


そして一斉に動き出す。

貫かれ、切り刻まれ、一瞬で100人近い兵士が沈む。

それにより軍に混乱が広がる。


「な、なんだよあの技…」

「魔法か?だが詠唱が─」


だが、その混乱を一瞬で沈める男が一人。


「狼狽えるな!相手は魔人族側に与する異端!妖しげな術などいくらでも使うだろう!」


その言葉で混乱は、仲間を殺された怒りへと変わる。

一斉に銀色の人影に向けて突撃する兵士たち。

別の集団は魔法の詠唱に入っている。


だが、人影─おそらく男と思われるそれは一切表情を変えない。

自分に向かってくる兵士たちを傍観し、ただ微笑んでいるだけだ。

それが尚更、兵士たちの恐怖を増大させる。


「死ねぇぇぇ!」


ようやく男の元にたどり着いた兵士が剣を振りかぶる。

だが、男はそれを柔らかく左手の親指と人差し指で受け止める。


「なっ─」

「踏み込みが甘いですよ。大上段から振り下ろすのは隙が大きくなりますし」


その言葉と共に兵士の剣を砕く。

たった二本の指で。


「ひっ、ば、ばけも─」


そして、兵士に目で追うことすら出来ない斬撃を放つ。

男が放った刀は男の両肩を砕き、血を噴き出させる。


だが、その血は地面に落ちることなく宙を漂う。

奇怪な光景に思わず足を止める兵士たち。


そして更なる衝撃が兵士たちを襲うことになる。


「“舞い散れ血桜、空華乱墜(くうげらんつい)”」


その鍵言(トリガー)により、浮かんでいた血は桜へと姿を変え兵士たちに襲い掛かる。


「おい!何だこれ、体が─」

「ぎゃぁぁ!腕がっ、俺の腕が─」

「くそっ!小さすぎて剣じゃ─」


桜の舞いによりさらに100人の兵士が命を落とす。


勝利に向かって歩を進めていた軍に一瞬で絶望が広がる

すなわち─負けるかもしれない、と。


そんな兵士たちの内心を汲み取り、打ち砕かんばかりの勢いで声を上げる男が一人いた。


「へこたれるな!あんな大技を連発はできん!攻撃のチャンスは今だ!!」


それと同時にスキルを発動させ、軍を鼓舞する。


「指揮官の言う通りだ!」

「あぁ、やるなら今しかねぇぞ!」

「突撃だ!」


男の首を我先に取らんという勢いで駆け出していく兵士たち。

それを見て男は残念そうに呟く。


「ふぅ…素直に帰って欲しかったな」


そして持っていた刀を背中に担ぎ魔力を込め、一振りする。

次の瞬間には右手に握られていた刀は大振りの鎌に変わっていた。

赤黒いオーラを迸らせ、禍々しい殺気を放つそれは、まるで死神の鎌だ。


そして首狩りが始まった。

5分もしないうちに25,000人いた兵士は5,000人を削られ20,000にまで減ってしまった。


だが、兵士たちに諦めは見えない。


「前衛、下がれぇい!魔法、放て!」


死神に地獄の業火が放たれる。

地面がひび割れ、ガラス状になる程の高温を有するその魔法は300人の熟練(マスター)の位を持つ魔術師(ウィザード)達によって構築されているのだ。たとえ、A+ランクの魔物の集団だったとしても塵も残さず消し飛ばすことが出来るだろう。

ただの人間相手には過剰戦力と言えた。

相手がただの人間であればの話だが。


果たしてその男は立っていた。変わらず余裕の笑みを浮かべ、傷どころか外套に焦げすら見当たらない。

あまりに常識外の光景のため指揮官は思わず呟く。


「バ、バケモノめ…」


そして男はお返しとばかりに魔法を放つ。だが、そこに詠唱などは存在しない。


指を鳴らし左手を前に突き出す、ただそれだけだ。

指音を合図に男を中心にして魔法陣が展開する。

直径10メートルの巨大なそれは、これから放たれる魔法がどれほど強力なものであるかを物語っていた。


神炎獄滅覇ディヴァイン・インフェルノ


男が鍵言(トリガー)を言い放った瞬間前衛15,000は赤く染まる。マグマすら生温いと思える灼熱が一切の生物の生存を許さず兵士たちを包み込む。


だが、それで終わりではなかった。


指をひとつ鳴らし自分の周りに結界を張ると今度は先程と違い、目を閉じて集中して詠唱を始めた。


「“聖なる力の奔流、創造神の加護、竜脈により護られ、神々に祝福されし、天上なる力、不遇なる存在、疎まれし者達へ、施しを与え、敵人なる存在、忌避すべき者達へ、審判を下す、定命に縛られながら、神の領域に届かんとす、我が慢心を許し、力を与え賜う、神敵を滅し、全てを貫く刃となりて、敵を滅ぼせ“」


その詠唱に混沌属性の光に適性のある指揮官は、まさかという表情を浮かべる。


「うそだ…ありえない…あれは…人間が、ひとりの人間が行使できる魔法じゃない!」


信じられない、信じたくないといった様子で取り乱す指揮官をよそに現実は訪れる。


絶対的審判アブソリュートジャッジメント


詠唱が終わり、訪れるのは審判。

何人も抗うことができない裁き()は平等に与えられるのだ。

兵士たちの上空に浮かぶ無数の魔法陣から降り注ぐ光の雨は見蕩れるほどに美しく、そして残酷だ。


雨が止み、残った子羊達は僅か100程度。24,900の兵は全滅した。


そして、それを成し遂げた死神がゆっくりと指揮官に近付いてくる。

そこで指揮官は思い出す。

その存在─たった一人で一軍に匹敵し、決して手を出してはならない相手。


「少女のような相貌と美しい銀髪…戦闘中のみ変化する蒼色の瞳…変幻自在の妖刀…」


指揮官の首に鎌が当てられる。


「蒼桜の死神…」


その二つ名を聞いた瞬間、半数近い兵士たちが泡を吹いて気絶する。自分たちが一体何を敵に回したのかを知って。


「ふふ…懐かしい名前ですね」


ふわりと微笑みを浮かべる青年だが、その身体から殺意は一切消えていない。


「なぜ…なぜだ!どうして人間族でありながら、魔人族に与するのだ!」


指揮官の質問に青年は少し、悲しそうな相貌を覗かせた。


「そういうの、バカらしいじゃないですか」

「バカらしい…だ、と?」


指揮官の言葉にゆっくりと頷き続ける。


「人間族だから、魔人族だから、そんな理由で争うなんて愚かですよ。同じ命に変わりないでしょう?」


諭すような口調の言葉に思わず聞き入る指揮官と兵士たち。

まるで教師が教え子を導き正すような光景である。


「それに─」


一旦、言葉を切り空を見上げる青年。


「それに、あの国は僕の友人の国なんですよ。また人間族を殺さないなんて決めて戦争をしたら負けてしまいますから」


“少し話し過ぎたかな”という言葉と共に視線を指揮官に戻し、ゆっくりと告げる。


「すみませんが、これでさようならです。紅桜の空腹を少しでも満たしてあげたいので─」


その言葉を最後に指揮官の意識は闇に包まれた。


◇◇◇


「また、君に汚れ仕事をさせてしまったね」


優し気な男性の声がテーブルを挟んで座っている青年にかけられる。


「この国を潰されたら困るからね」

「そう言って貰えるとありがたいよ」

「だけど、これで分かっただろう?いつまでも不殺なんて甘いことは言ってられないって」


青年の言葉に少し表情に影を落とす。


「僕はこの国の王だ。責任から逃れることは出来ないよ」


だが、すぐに表情を戻すとはっきりとした口調で青年に応える。


「そうか…まぁ、いいさ。もちろん、この国を守るのは君の義務だろう。けど、王がいなければ国は成立しないこともきちんと分かっていてね」


青年は少し呆れたように告げ席を立つ。


「もう、行くのかい?」


「あぁ、生徒が待ってるからね」


そういうとフードを被り歩き出す。

王はその後ろ姿を眺めながら静かに呟く。


「元気でね、シノア。助かったよ」


この日、死神の鎌は振るわれた。


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