第34話 アウトクラシア皇国
「よし、次。旅の目的は?」
「へいぃ…馬車の中の商品を売りに来ましたぁ」
「そうか、よし、次」
ここはアウトクラシア皇国、入国管理入口だ。
フィリアとシノアはフードを深々と被り顔が見えないようにしている。
「フィリアさん…手帳出さないとダメですかね?」
「ううん、顔の確認だけされてるし大丈夫だよ」
本来ならば冒険者手帳などの身分が確認できるものを掲示させ、身体検査をすべきなのだが驚くべきことに顔の確認をした後すぐに国に入れるようだった。
「なんでよ!どうして私達は入れないのよ?!」
「うるせえ!とっとと消えやがれ!」
その時、別の入国管理入口から怒声が聞こえてきた。
話を聞いているとかなり顔の整った娘を連れた家族が入国を許可されず、文句を言っているようだった。
「一体どうして…」
「あれは娘を攫われないようにさ。この国は腐ってるからな」
シノアの呟きに反応したのは前に並んでいた商人風の男だ。
その言葉に一応、納得するシノア。
「よし、次」
そうこうしているうちにシノアたちの番がやってきた。
「旅の目的は?」
「商品の買い入れです」
「ふむ?馬車などはないようだが?」
フィリアの嘘を訝しむ審査官だったが、フードを覗き込むと一瞬で黙る。
「…その顔でこの国に入るのはオススメしないぞ」
「お気遣いありがとうございます。自分の身は自分で護れますから」
審査官は小さく頷門の中へ入るように促す。
大きな門を潜りとうとう2人はアウトクラシア皇国に入国した。
アウトクラシア皇国─北海道に匹敵する85,000平方キロメートルという広大な土地に300万人の人口を抱える産業国家。
世襲天皇の絶対君主制を取っており、代々天皇家が司法、立法、行政の三権を握っている。
絶対君主制のためか、天皇の横暴がひどく周辺国家も悩まされている。
そんな国を何故わざわざ通るのかというと、シノアたちの目的地がアウトクラシア皇国の直線上にあるからだ。皇国を通らずに遠回りをすると予定より3ヶ月遅れて到着してしまうだろう。
「何だか…暗いところですね…」
「仕方ないよ。絶対的な権力に押さえ付けられて、重い税に苦しめられているんだから」
通りを歩く人々の顔を見て思わずシノアが呟くがそれも無理はない。人々の顔は暗く、絶望色に塗り潰されているからだ。
「とにかく、宿を探そう。そこで情報を集めなきゃ」
見ているだけで気が滅入る人々の表情に耐えかねて、シノアを連れて宿を探しに向かおうとするフィリア。
だが、そんなフィリアでも見過ごせない出来事が起こる。
「へっへっへっ、いいじゃねぇか。俺たちと遊ぼうぜ」
「イヤッ、やめてくださいっ」
女性が屈強な男3人組に囲まれ、腕を掴まれていた。よく見ると近くに男性が倒れており、何発か殴られたあとが見受けられる。
どうやら、女性に目を付けた3人組は邪魔な女性の夫を片付け、連れ去ろうとしていたようだ。
そんな状況を放っておくほどフィリアは冷たくはない。だが─
「やめろ!嫌がってるだろう!」
フィリアが動く前にシノアが声を荒らげながら止めに入った。
珍しく声に怒りを乗せ、顔も少し赤みを帯びていた。
「あぁん?何だてめぇ、文句あんのか?」
「俺たちゃ、コークーゴエーカンだぞ」
「逆らっていいと─ヘブゥ!?」
シノアの声に気色ばむ3人組だったが、突然1人の顔面にアッピュリオが恐ろしい速度の豪速球で投げつけられたことにより思考が停止する。
投げ付けられた男の顔にはりんごマークが刻まれていた。
フィリアとシノアが突然のことにポカンとしていると、どこからともなく少女が現れた。
「おい!そこのあんた、命が惜しかったらダンナ連れてとっとと逃げな!」
少女から声を掛けられた女性は放棄していた思考を取り戻し、地べたで寝ている男性を起こして路地裏へと消えていった。
「てめぇ…何しやがんだ!」
女性が消えたことにより、口を開けてあほ面を晒していた男二人が少女の方へ向かっていく。
だが、それを許すシノアではない。
男の前に立ち塞がり、腹に正拳突きを叩き込む。それだけで男は泡を吹いて倒れる。
「て、てめぇ…やりやがったな!」
仲間2人が倒れたことにより焦った男は、背中に背負っていた両手斧を構える。
それを見てシノアも刀を用意する。
右手を髪の結び目に持っていき、目を閉じる。わずかに光を発したかと思うとゆっくりと右手を元の位置に動かす。
だが、先程とは違い手には刀が握られていた。その刀身はわずかに紅く、光沢を帯びていた。
ヴァルハザクから授けられたその刀をシノアは桜小町と名付け大切にしている。普段は髪留めに変形させているため、傍から見れば武装しているようには見えない。
髪留めを変化させたことによりまとめていたシノアの美しい銀髪はバラけ、風になびいている。
そんなシノアを見て気持ちの悪い笑みを浮かべ、舌舐めずりをする男。
「へへっ、てめえよく見たらいい女じゃねえか。ぶちのめして俺の嫁にしてやるよ」
背中を毛虫が這うような悪寒を感じ、思わず身震いするシノア。
それを恐怖で怯えていると勘違いした男は調子に乗り両手斧を振り上げる。
それを見た住民たちと少女は思わず目を閉じ、肉が断ち切られる音を待った。
だが、予想に反して訪れたのは金属同士がぶつかる甲高い音だった。
「っ!…このアマ…」
「なんだ、大したことないですね」
おそらく男のプライドを最も傷付けるであろう言葉をわざと発するシノア。
もちろん本心である。
シノアの言葉に声も出さず、口をパクパクさせる男。
呼吸中の金魚のようで滑稽だ。
そして男の猛攻が始まるが、シノアは表情も変えず捌いている。1年間フィリアを相手に稽古をしているのだ。その辺のゴロツキなど相手にもならないだろう。
約束組手のように完璧な対応を見せるシノアに住民達は思わず魅入っていた。
一方フィリアは─
(うんうん、捌き方も自然だし、刃を傷付けないように立ち回れてるね)
師匠的な立ち位置から観察していた。
何度か打ち合い、とうとう決着がつく。
隙をついて放たれたシノアの手刀を受け止めきれず、両手斧が砕けたのだ。生身の人間が斧を手で砕くという、一体なんの冗談だと言いたくなる光景が実際に目の前で起こってしまった。
「グハッ!な、なんだと?!」
ありえない事象に男が思わず目を見開く。
だが、シノアがそんな隙を見過ごすはずもない。
「せいやっ」
気の抜けた掛け声で放たれたとは思えない程の速度の柄頭突きが男の脳天に直撃した。
脳震盪を起こし、倒れ付す男。
「ふぅ…」
“やってやったぜ!”というすっきり顔のシノアとは対照的に街の人々の顔は暗い。
「ま、まずかったですかね?」
「うーん…どうだろう」
不安そうにフィリアに尋ねるが、フィリアもこれで良かったと思っている。
実際シノアが行かなければ自分が行っていただろう。
だが、街の人々の反応は芳しくない。
「なんてことだ…皇宮護衛官を…」
「俺達は全員処刑されちまう…」
「くそっ…なんてことを…」
中にはシノアに敵意むき出しの視線を向けるものもいた。
そんな中少し低めの女声が辺りに響く。
「はっ!腰抜け共め!あんたらみたいに虐げられる現状に満足してたら腐っちまう!」
声の主はシノアが男を止めに入った時に現れた少女だ。
シノアと同年代に見える彼女はこの国の住民には珍しくとても整った顔をしている。
「あんたのやったことは正しいよ。よくやってくれた。良かったらうちに来るといい。この辺のやつの家に泊まったんじゃ寝首掻かれちまうからな」
シノアに向けて堂々とした態度で言い放ち、路地裏へと消えていく少女。
いつまでも敵意に塗れた視線の中にいるのも不快だと感じ、フィリアとシノアは彼女に着いていくことにした。




