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眼の星  作者: 朝梅雨
弐人鏡
4/8

3

「おー・・・お・・い」

声が聞こえる。

俺を呼んでる?

薄く目を開けると白い何かで視界が覆われていた。

「ち、近っ!・・・たぁ~」

驚いて身体を起こすと額同士がぶつかり、俺の方は尋常じゃないほど痛かった。けれどもぶつかった人はたいして痛みがないのか平気そうな顔をして尋ねた。

「こんにちは。聞きたいんだけど、ここ何処か分かる?いや~恥ずかしいことに同業者に閉じ込められちゃってさ」

照れたように笑う。

包帯を眼のあたりに巻いたのが特徴のモブみたいなのが立っている。

「同業者?」

いや、その前に閉じ込められた?

「下駄箱の方に行けば、まだ鍵は開いてると思いますが」

「え、そうなの?だってこの階段から下は行けないんだよ」

階段から下は行けないわけがない。だって、降りればいいんだから。

一歩一歩、一段一段降りていく。

「あ、あれ?」

降りきったと思ったら、先程の人が立っていた。

目が見えなくても足音で場所を割り出し、こちらに近づいてくる。

「其処にはナニがあった?」

「いえ、別に何もないですけど」

普通に階段を降りただけだ。手すりや鏡はあったが、落し物や特別目立つようなものもない。

「まさか!其処には透明があっただろう。透明なナニカがいただろう?」

・・・透明なナニカ?

それは幽霊。妖怪。仏に神。

人が()えない。関われない。知りもしないナニカ。

触れることさえもできない何かが、彼はいるという。

「其処に突っ立ってる他人よ、教えてやろう」

「へ?」

「何もないんじゃない。君は透明を見れないだけだ」

言っている意味がわからない。

透明が見れないってなんだ?透明ってあれだろ。ガラスとか水とか。

「あ、そうだ。ワトソン君」

思いついたように指を立てる。

そのワトソン君って俺ですか?

「見えないなら視えるようになればいいんだもんな。うん」

一人で納得している。

「あの、えっと。俺マナブです。ワトソンはやめて下さい」

「ん?あぁあぁ、そうだなマナブ君。ほんとにアレが視えないんだよね」

「はい」

アレ自体が何か理解できない。

でも、見えないんではなく()()()()というところに突っかかった。

何も無いんじゃない。視えていないから何も無いだけで、透明という何かが其処にある。

「視えるようになる前に、此処から帰らないとな。マナブ君、カゴメカゴメは知ってるよね」

「籠の中の鳥はってやつですか」

「そのとうり」

彼は目に巻いていた包帯をゆっくり外す。

彼は目を開いた。中には、眼球が無かった。

無い。無かったんだ。其処には何も。

内部の肉も構造も見えない。人がその目を見て言えるのは黒。何も無いにイコールをつけて黒。

「マナブ君、まだ君にはまだ視えないか。俺の眼が」

「・・・・・」

言葉が見つからなかった。

「俺もね、一度だけカゴメやってみたことがあるんだよ。後ろにも囲んでた奴らも、見えなかったけど」

包帯を巻きながら、子供の頃にね、そう言って階段を降りていく。ゆっくり。

見えていないのに視えているように見えた。

彼は手を差し出した。俺に。

こっちへ来いと、歩けと、此処へ向かえと。

「弐人鏡だっけか、これ。二人で鏡の前に立つだよな」

帰る行程でも確認しているのだろうか、近づいてもブツブツと独り言を呟いている。

「うん。あーマナブ君は一人で引きづり込まれたんだっけ」

「はい。試そうっていった本人が逃げたので、俺も帰ろうとしたらガッシリと」

「時間は?」

「多分六時ぐらいですね」

「・・・マナブ君。真夜中って何時くらいだと思う?」

「十二時とか、一時あたりです」

「じゃあ今が陸時半前あたりか・・・。じゃあ君は鏡の前に立ってくれ。俺は鏡に映らず肩掴んでるから」

「え」

俺の肩を手探りで探し出し、ガシッと強い力で掴む。

「待ってください。これって、二人じゃなきゃ」

「そうだよ?弐人鏡だからね。でも君だけで事足りるじゃないか」

だからこれでいいのと肩を押されて俺だけ鏡の前に立つ。

「運がいいよ~マナブ君は。下手をしたら何時間も待たなくちゃいけないなんてことにもなるから」

「うわ~マジですか」

自分の運に感謝しなければ。

・・・今その自分を見つめている訳だけど。

不意に笑ってみても片手を少し動かしても、鏡の中の自分は動くことがなかった。

其処に固定されたかのように無表情で俺の目だけを見る鏡の自分に、違和感しか感じなかった。

「ん?」

鏡の自分の目が笑った。

爽やかさや美しさが感じられるものでは無い。

それは・・・憎しみや苦しみ。無理矢理な投げやりな笑顔。

煩い喋るな近付くな見るな。色々な拒否反応は自分の自我を否定するようにいやらしく。

「マナブ君。目を背けず、時が来るまで見続けなさい。こんな名も知らない異常者レベルのやつを信じるお人好しなんだぞ君は。それくらいできるだろう」

嫌そうなのは、向こうだけど。

というか自分を異常者っていう異常者っていないだろ。

「君は思っていることが口に出やすいんだな。小声でも聞こえてるからな」

「マジですか」

「・・・そうだな。孤立は嫌だろう?人は少し感性が違うだけで他人を遠ざける。その点、君はその感性で人を判断しない」

「見た目や性格だけで判断するってことですか?」

「ちょっと言葉が似てるだけだよ、それ。俺はねぇ、他人がずっと変に見えてたんだよ。あぁ目は見えなかったけどね。それが俺の唯一だ」

彼は言葉を続ける。

「異常者は周りが変で自分が正しいと思って生きている。他人の普通を知った時、自覚を得た。不思議だよね、知ったのにも関わらず人の語る普通の人になろうとも演じようともしなかったんだ」

「それが一番良いんじゃないですか。人によって普通は違うでしょう」

「鏡見ながらイケメンなこと言うねぇマナブ君は。でも、君みたいな人滅多にいないよ」

「・・・まさか」

「面白いよ、ホントとっても。弐人鏡は()()いることが条件なんだ。もう一人は喰われたと思ったんだけど、さっきの言葉は本当っぽいしね」

「変だと思いますか」

「いや?君は俺とは違うタイプだ。自分の中の異物って言うのは否定されるしかない。受け入られることなんてない。だって煩いだろ。存在が。でも君は自分は()()()()()()と言うように、振る舞い生きている」

肩に手をのせたままそれ以降黙った。なんと間が悪いのだろうか、返答を待っているのだろうか。

誰にもバレないで生きてきた。いつも、自我がある。意識がある。俺が俺じゃなくなったことなんて一度もない。

「俺はを(おれ)否定したことないです。嬉しいことも嫌なことも全部(おれ)は中でそれを感じて満足してる」

「じゃあ君は、()()()()()()入れ替わってることにも気付けないんだね」

「何言ってるんですか」

「マナブ君の言いたいこと口に出して話した感覚。全部君が変わりに言っている。本人が気が付かないくらい上手いのは常習犯だからか」

まって、やめろ。出てくるな。

「まぁ、別に。バレても変わりませんよ。話は此処から出たらで良いですよね」

話すな、俺の代わりに。

「今まで一度もバレないからこうやって上手くやってきたのに」

不機嫌そうな顔をする自分が、鏡に映ってる。自分の意思じゃない。初めてだ、こんな不快感は。

「初めて、自分に否定されました」

「受け入れとはまた違ったか。そりゃ申し訳ない事をしたな。でもお陰で自由に慣れたじゃないか」

「ふーん、そういう反応するんですね」

「マナブ君には悪いが、縛られたり封印されてるものは助けてあげたくなる優しい心の持ち主だからね」

「自分で言うな、異常者。なんか凄いムカつきます。俺も混乱してるし、帰ります」

彼の手を肩からどけて、鏡に向かって手を当てる。

身体の主導権さえも握った(おれ)に、俺はとてつもなく申し訳無くなった。さっきまであんなに不快感が頭を覆っていたのに。

こんな小さな視界の世界しか、(おれ)にはなかった。人は人と触れ合うものだ。感情や考えを持つものだ。俺が育つ十何年もの間、何も考えず感情も持たずこんな場所に。

「君とマナブ君がいないと、俺帰れなくなっちゃうんだけど」

「自分で帰れるでしょう」

「そこにいる存在に、視えない君がどう対処するってんの?まさか視えるのか」

「視えませんよ。ただ俺は戻る為の道を見るだけです。そこにいるナニカになんて関わってられません」

ゆっくりと身体が鏡に呑まれていく。変な感覚だな。これ。

「全く、否定するならずっと否定してほしいのに何で俺なんかに申し訳ないなんて・・・やめてほしい」

全部呑み込まれる寸前に、小さい声で(おれ)が小さな声で何かを呟いた。

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