コント脚本『貧乏バカップル』
杏奈:美少女だが、少し天然。女、19才。
太郎:売れない芸人。男、30才。
○古いボロアパート(夜)
太郎がみすぼらしい服装で座っている。
窓の外を見ながら、ため息をつく太郎。
太郎「今日はクリスマスイブ……街ゆく恋人たちはみな、
豪華ディナーとか、一流ホテルでオールナイトとかで、
幸せそうだなあ……」
ドアが開いて、杏奈が入ってくる。
杏奈「ただいま~、やっとティッシュ配りのバイト終わったよ」
杏奈はみすぼらしい服装にニット帽。
太郎は杏奈の背後にまわり、上着を脱がしてやる。
太郎「すまないな、杏奈。俺が売れない芸人なばっかりに、
貧乏で、いつも苦労ばかりかけて……」
杏奈「いいのいいの! 太郎ちゃんが売れっ子芸人になるのは、
あたしの夢でもあるんだから!」
杏奈は窓をしめる。
杏奈「また窓開けてたの? 風邪ひくよ。体は大事にしてね、
芸人は体が資本なんだからね!」
太郎「うん、いつもありがとう……」
杏奈が疲れた感じで、ふう~と座ると、
太郎は立ち上がって、満面の笑顔をつくる。
太郎「いつもなにもしてやれないけど、今日はクリスマスイブ
でしょ。だから、杏奈にプレゼントがあるんだ!」
杏奈「え~! なになに? 嬉しい!」
太郎「じゃ~ん!」
太郎はシャツをまくって、お腹をだす。
ケーキの絵が描いてある。
杏奈「わあ、クリスマスケーキ! なまっちろい肌に、
ぽっちゃりお腹で、本物のケーキみたいで面白いよ、
太郎ちゃん」
太郎「いやいや、これだけじゃないぞ。吹いてごらん」
杏奈「え? う、うん?……」
不思議そうな表情で、杏奈が息を吹きかけると、
太郎は腹踊りのように、腹をゆらす。
杏奈「ウソでしょ! まるで本物のロウソクの火みたいだよ、
太郎ちゃん!」
太郎「すごいだろ、この日のために、芸も休んで、腹筋を
きたえてきたんだぜ!」
杏奈は満面の笑顔。
だが、急に不安な表情になる。
杏奈「でもさ、絵の具を買うお金、どうしたの?」
太郎「そ、それは……」
太郎は帽子に手をやる。
杏奈「太郎ちゃん、まさか……自慢のロングヘアーを売った
の?! 貧乏なカップルが、恋人の為に髪を売る
っていう、あの名作童話みたいに?!」
杏奈は、ウルウルとした瞳で太郎を見つめる。
太郎「うん、どうしても杏奈に、なにかプレゼントしたくて。
それで、」
太郎は帽子を取る。
太郎「ヤフオクで、髪を売ったんだけど……ここだけしか
売れなかったんだ!」
太郎の頭のてっぺんだけ、カッパのようにハゲている。
杏奈「太郎ちゃん!」
太郎「こんなになって、ごめん杏奈!」
必死で笑いをこらえる杏奈。
太郎「あれ? お前……笑ってる?」
杏奈は顔を手でおおってごまかす。
杏奈「ち、違うよ! か、感動で泣いてるんだよ」
太郎「いやいや、もしかして、カッパじゃん……って思って、
笑ってる?」
杏奈「い、いいじゃない! カッパすごいよ、強そうだよ!
かっこいいよ!」
太郎「そ、そう……かな? まあ、杏奈が気にいってくれた
んなら、いいや!」
杏奈「あ、そうだ! クリスマスイブだから、あたしも
プレゼント買ってきたんだ~」
杏奈は鏡二枚を、自慢げに出す。
太郎「鏡を二枚も? なんに使うんだ?」
杏奈「これはね、ただの鏡じゃないよ、魔法の鏡なんだよ~」
太郎「魔法? 世界で一番きれいな人がわかるの? 僕みたい
に?」
杏奈「もっとすごい魔法だよ~、うふふ」
杏奈は鏡を、窓の外に吊るし、もう一枚の鏡を、」 ちゃぶ台の上に置く。
太郎はハッと驚く。
太郎「ああ、確かにいま、魔法が起きてる! ちゃぶ台の上に、
フライドチキンが現れたぞ!」
杏奈「そう! 鏡を使って、隣の部屋の晩ごはんを、この
ちゃぶ台の上にうつして、その味を想像しながら、
ごはんをかきこむのよ!」
太郎「杏奈、お前は貧乏の天才だな!」
杏奈「えへへへへ~」
太郎は、杏奈の帽子に目がとまる。
太郎「でも、その帽子……そういえば、最近ずっと帽子
だったけど、まさかお前も、自慢の黒髪を売って、
この鏡を……」
杏奈はうつむいて帽子を取る。
自慢の黒髪は短くなっている。
太郎「杏奈! 俺なんかの為に!」
杏奈「いや……ぱるるに似てるって言われたから、嬉しくて、
同じ髪型にしてきただけ。一万八千円」
ズッコケる太郎。
太郎は目を細くして、じっと杏奈を見ている。
太郎「自分ばっかり、ブツブツ……」
杏奈は吹き出して笑う。
杏奈「ウソよ! 本当は、ヘアカットのモデルをやったの。
そのバイト代で鏡を買ったんだ」
太郎「なあんだ~」
杏奈「鏡、二万円もしちゃった! いい鏡って高いんだね」
太郎「え? あ、ああ……それだけあれば、フライドチキン
山ほど買っても、お釣りが……」
杏奈はニコニコして、太郎を見ている。
太郎「ま、まあ、いっか!」
杏奈「ケーキにフライドチキン! 今日はスゴイごちそう
だね! もう、明日、世界が終わってもいいね!」
太郎「うん、まったくそうだね! さあ、食べようか!」
二人は、鏡のごちそうを見ながら、時々、腹ケーキも
見ながら、無心でごはんをかきこみ始める。
太郎「フライドチキンを想像しながら食べれば、ごはんだって、
チキンの味がしてくるはず!」
杏奈「太郎ちゃん、おかしいよ!」
太郎「どうした、杏奈!」
杏奈「やっぱり、ごはんの味しかしないよ!」
太郎「杏奈、脳をだませ! 視覚と嗅覚で脳をだますんだ!」
杏奈「わかった! チキンを見ながら、匂いもかぐんだね、
クンクン!」
太郎「くそっ! 匂いがここまで来ない」
杏奈「太郎ちゃん、壁に穴をあけちゃおうか?!」
太郎「やめとけ。お前なら、まちがってトイレに開けそうだ!」
鏡に、隣のおっさんが覗きこむ顔がうつる。
杏奈「ぶはっ!」
杏奈はごはんを吹き出し、太郎の顔はごはんだらけ。
杏奈「やだ! 怖い!」
サッとカーテンをしめる杏奈。
太郎「いや、自分の部屋を見られながら、無心でごはんを
食べられたお隣さんの方が、よっぽど恐怖だった
だろうけどね……」
二人は、ため息をつきながら、あお向けに寝っ転がる。
太郎「あ~あ、せっかくのクリスマスイブなのに、本物の
ケーキもごちそうも、おまけに髪もない」
杏奈「太郎ちゃん、お腹すいたよ~」
考え込む太郎。
太郎「そうだ、いい方法がある! 昔、TVで見たんだ。
人間は同時に、二つの事に集中するのは難しいらしい」
杏奈「へえ~」
太郎は部屋のすみから、洗濯バサミを持ってくる。
太郎「だから、杏奈。これを顔にはさむんだ」
杏奈「どうして? そんな事したら、痛いよ」
太郎「それでいい。顔が痛くなれば、空腹なんか気にならなく なるのさ!」
杏奈「そっか! 太郎ちゃんすごい、もうプロの貧乏だね!」
太郎「ふふ、杏奈も頑張って、俺みたいになるんだぞ」
杏奈「うん!」
お互いに、顔に洗濯バサミをつけていく。
杏奈「痛っ……これ、なかなかの衝撃だね」
太郎「ああ、思ってたより来るな」
杏奈「ああ、だめだよ、太郎ちゃん。あたし、まだお腹すいて
るよ」
太郎「よっしゃ、洗濯バサミ、大盛だ!」
太郎は、洗濯バサミをさらにつける。
顔が洗濯バサミだらけになった二人。
全ての洗濯バサミにヒモがついており、太郎がその」 ヒモを持っている。
杏奈「も、もう、いいんじゃなひ?……」
太郎「そうらな、これ以上は、顔がもたなひ……」
太郎「じゃあ、いくぞ。メリー……」
太郎は手をあげ、洗濯バサミをひっぱる用意をする。
太郎「クリスマ~~ス!」
太郎はいきおいよく、洗濯バサミをひっぱる。
バチンバチンという大きな音とともに、二人は、
ビーンとえびぞりになる。
杏奈「いっ……た!」
太郎「はひいっ!」
二人とも、あまりの衝撃に、しばらく、
ピョンピョン飛び回ったり、顔をあおいだりしている。
太郎「杏奈、まるで赤鼻のトナカイみたいだぞ!」
杏奈「こんな所で、クリスマス感でてこなくていいよ~」
二人はまだ、痛さで飛び回っている。
杏奈「太郎ちゃん! おかしいよ! やっぱり空腹な上に、
顔も痛いよ!」
太郎「杏奈、俺もそうだよ。苦痛が、ムダに増えただけだ!」
二人は座り込んで、顔を見合わせる。
だが、お互いに大笑い。
赤くはれた顔で、あお向けになるくらい無邪気に
笑っている。
それは、お互いにとても幸せそうな表情だった。
杏奈はハッとして、両手をパンと叩く。
杏奈「あ、そうだ! あたし、太郎ちゃんにわたしたい
物が……」
杏奈はバッグに手を入れる。
太郎「え? なになに?!」
ドアが開いて、イケメンの男性(24才)
が入ってくる。
振り返る、杏奈と太郎。
男性「こんばんは~突然、おじゃましますよ」
太郎「だ、誰だ? しかも靴をはいたままで!」
男性「失礼、物置かと思ってね」
杏奈「あ、昼間、会った人……」
太郎「杏奈、知っているのか?」
男性「私は、ティッシュ配りする杏奈さんに、一目ぼれ
してしまってね。それでプロポーズしに来ました~」
太郎「うぬぬぬ……帰れ帰れ! そもそも、こんな先の
とがった靴をはいた奴は、信用ならん!」
男性「杏奈さん、こんな貧乏芸人より、私を選んだ方が
いいですぞ。私はIT企業の社長だし、田園調布に
豪邸も持っている。ウホホホホホ」
男性はセンスで自分をあおぐ。
太郎「なに?!」
太郎は、男性をなめまわすように見る。
太郎の心の声(そうだよなあ。俺なんかといるよりも、この
金持ちと結婚した方が、杏奈は幸せになれるんだ……)
杏奈「あのう、帰ってください。あたしには彼が……」
太郎「いけよ」
杏奈「太郎ちゃん?!」
太郎「こう見えて、俺はモテるんだ。杏奈がいなくなっても、
八股の一人がいなくなるだけさ」
そう言う太郎のこぶしは、キツク握られ、震えている。
杏奈「ウ、ウソだよね。太郎ちゃんはそんな人じゃないよね」
太郎「まだ気づかないのか、この天然女が! アハハハハ!」
杏奈「太郎ちゃん、ひどい!」
杏奈は走って出ていく。
男性「じゃあ、杏奈さんをゆずっていただく。という事で
よろしいのかな?」
太郎の心の声(人から見れば、バカがつくほどのお人よしだと
思われるかもしれない。だけど、本当に杏奈を愛してい
るから、こうするしかないんだ……)
太郎「ああ、もっていけ」
男性は出ていく。
二つの足音が、少しづつ遠ざかっていく。
太郎はへなへなと力なく座りこむ。
ぼうぜんとして、ただ部屋をみわたす太郎。
太郎「杏奈のいない部屋……さっきまで俺は、世界一幸せ
だったのに……」
太郎はいつまでもぼうぜんとしている。
太郎は、ふと杏奈のバッグを見つける。
太郎「忘れ物だ。まったく。あいつ、最後まで天然だよな……」
太郎はバックを持って立ちあがる。
すると、バッグの中から、なにか黒い物が落ちる。
太郎がかがんでよく見ると、それは、杏奈の黒髪で
あんだマフラーだった。
太郎「ひっ!」
マフラーにそえられたカードを見る太郎。
太郎「『これで風邪ひかないようにね! 大好き、ずっと一緒
だよ!』……」
太郎は黒髪マフラーを見つめると、ギュウッと
胸に抱きしめる。
太郎「これ、ちょっと怖いけど、夜中動きだしそうだけど……」
太郎の目から、スーッと一筋の涙。
太郎「世界で一番……あたたかいよ」
太郎はガックリと膝をつく。
太郎「やっぱり俺、杏奈がいなきゃダメだ! 杏奈じゃなきゃ ダメだ!」
太郎は泣きながら叫ぶ。
太郎「杏奈あーー!」
うつむいた太郎の視界に、すっと白い足が入ってくる。
杏奈「呼んだ?」
杏奈がドアの所に立っている。
あわてて涙をふく太郎。
太郎「な、なぜ帰ってきた? お、俺は八股男だぞ……」
杏奈「うふふ……あんたみたいな、バカがつくお人よし、
好きになる人なんて、あたしぐらいしかいないでしょ!」
太郎「杏奈……」
我慢していた太郎の目から、また涙があふれ出る。
杏奈の目からも涙が一筋、流れ落ちる。
杏奈は大きな箱をだす。
杏奈「はい! これ、買ってきた」
太郎「え?! これは本物のクリスマスケーキ、しかも有名店
の! お、お金はどうしたの?……」
杏奈「それはね……」
帽子をとる杏奈。カッパになっている。
杏奈「あたしもここ、ヤフオクで売っちゃった!」
太郎はあぜんとしている。
だが、その表情はゆっくりと笑顔に変わる。
太郎「もう……お前だって、バカじゃん!」
かけよって、抱き合う二人。
熱く熱くずっと抱きしめ合う。
杏奈「でもさ、太郎ちゃん。カッパの頭で抱き合ってたら、」
杏奈は、太郎の腰をつかむ。
杏奈「やっぱり、お相撲したくなるよね。カッパといえば
お相撲だもんね」
太郎「おい杏奈? やめなさいよ、ね……俺の後ろには
ケーキが……」
杏奈「うっ! むっ!」
杏奈は腰をつかんだまま、太郎を押しはじめる。
太郎「ち、ちょっと待て! いきなりガチ相撲?!」
杏奈「とおりゃああ~!」
杏奈は太郎を投げ飛ばす。
太郎はケーキの上にドスン。
太郎「うわあ! せっかくのケーキがあ……お前、本物のバカ
じゃん! いたたたた……」
杏奈「ごめ~ん、つい!」
杏奈を軽くにらむ太郎、杏奈は両手を合わせてゴメン
のポーズ。
太郎はプッと吹き出すと、二人は顔を見あわせて、
また無邪気に大笑い。
つぶれた高級ケーキを投げ合い、いつまでも無邪気に
じゃれる二人であった。