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姉の矜持(なかった)

Ⅷ.


 セラフィムは目蓋の上から突き刺す明るさにたまらず目を覚ました。

 むくり、とふらふらとする上体を起こしあまり透明度の高くない窓を見る。

 分厚い遮光カーテンはきちんと閉じていなかったようで、少しの隙間から差し込む陽光が運悪くセラフィムに直撃したようだった。

 小さく欠伸を溢し、呆とするのも数秒。

 すぐに慌てた様子で己の左右を確かめると、セラフィムの腰の辺りにしがみついて眠るエリスと、右脚を抱えて眠るケレスを視界に収めた。

 愛しい妹たちがちゃんと居ることにホッとする。


「よかった。夢じゃない……」


 心底安堵した様子のセラフィムは、けれどその直後に顔を真っ赤にして俯いた。


「い、妹たちに……あんな……あんな…………」


 昨夜の情事を思い出したらしい。

 一つを思い出すと連鎖して次々とひっきりなしに思い起こされる己の恥態。

 幼い二人の妹に良いようにされて、最後の方は思いっきり嬌声とか挙げていたのである。

 それどころか甘えるような声でねだったりとかしないなかっただろうか……?

 そこまで思考が及んだ所でセラフィムは耳まで真っ赤にした顔で再び倒れてしまった。

 

 一応注釈しておくと。

 セラフィムたちが行っていたのは吸血行為であり、双子姉妹が血を啜り、セラフィムは二人から吸われていただけである。

 その行為に幾つかの副次効果があったことは事実だが。

 そもそもセラフィムには“そういう”知識が乏しい。どころか、子供がどうやって生まれてくるのかを未だに理解していない無知さも有している。

 それでも恥ずかしいものは恥ずかしい事に変わりはなく、そうでなくとも“いけないこと”をしているという感覚は抱くものだが。


 ともあれ、起床したセラフィムは二度寝をしたのだった。

 羞恥心が許容量をオーバーして気絶したことを二度寝と称するのなら、だが。




「もー! エリスのわからず屋!」

「静かになさいケレス。お姉さまが起きてしまうわ。それに、これは昨夜決めたことよ」

「て言うか起こそうよ! お姉さまが起きてくれないとつまんなーいっ! それにあたしそのこと知らないもんっ!」

「ダメよ。わたしはまだまだお姉さまの寝顔を堪能したいもの。知らないのは眠ってしまったあなたの不覚よ。諦めなさい」

「それじゃあ、エリスがお姉さまの首にしか口づけできなかったのは、エリスがへたれだからじゃない!」

「――っ! い、言ってはならないことを……っ! それを言うなら太ももの内側とかお腹とか二の腕とか、最終的にはお姉さまのむ、むむむむ胸にまでいこうとしてたあなたは変態よ! そもそも途中から吸血じゃなくて舐めたり吸ったりしてただけでしょう!?」

「変態じゃないもん! お姉さまが美味しいのが悪い!」

「い、言い切ったわねこの娘……」


 そんな喧しく、ちょっと聞いていられない口論の声にセラフィムは目を覚ました。

 起きたセラフィムがなんとなく声のする方へと顔を向ければ、なぜか勝ち誇った顔のケレスと、愕然としながら身を戦慄かせるエリスが。

 ――え、なんだこの状況。

 ちょっと直ぐには理解の追い付かない状況にセラフィムはぽかーんとするものの、まぁいいか、と。


「おはよう二人とも。朝から元気だね」

「あっ! おはようお姉さまっ! うんっ、あたしはいつも元気だよ!」

「ハァ……。おはようございます、お姉さま。もうそろそろお昼でしてよ?」


 ぱぁっと華やぐような表情のケレスと、呆れを滲ませたエリス。

 それぞれにもう一度「おはよう」とあくび混じりの挨拶をして、寝ていたソファーから身を起こす。

 寝るのに適さない場所で横になっていたせいで身体が若干凝っていたものの、二度三度と身体を体操のように動かすとすぐに楽になった。

 これにはセラフィムの身体が高レベルだからだろうか、とそんなことを考えた。そうでなければどうなっていたことか。

 そんなセラフィムの内心を知ってか知らずか、ケレスが元気に話しかけてきた。


「お姉さま! まずは王国に行くって本当?」

「え? なんで?」

「エリスが言ってた」


 セラフィムはそんなこと言ったっけ? とエリスを見る。


「まぁ、お姉さまったら。昨夜王都まで脚を伸ばしましょうとお話したじゃない」

「あー……、ああ! そう言えば」


 紅茶を飲んだくだりをピンポイントで思い出したセラフィム。だが人の記憶はそんな都合良くは機能してくれない。

 連想ゲームのようにその前後のことが思い出され、セラフィムは熱を持ち始めた顔を隠すようにそっぽを向く。


「……まぁしかたないわね。あの後はあんなことがあったのだし?」


 目敏くセラフィムの変調に気づいたエリスがわざとらしくそんなことを言う。具体的に明言することを割けて自分で思い出させようとするあたり、エリスも人が悪い。人じゃないけど。


「うんうん、お姉さま美味しかったし、かわいかった!」


 エリスの思惑に乗った……わけではいだろうが、ケレスが続けてそんなことを言うものだからセラフィムは昨夜のあれやこれをすっかり思い出してしまう。

 しかし妹たちの手前、ここで無様を晒すわけにはいかぬとセラフィムは顔から火が出そうになりながらもグッと耐えた。


「そ、そう? そ、そそそそれじゃあ、か、かかか可愛い妹たちのために今後も血を吸わせてあげるわ」


 どもり噛んで声が上擦り語尾が不自然に上がっていたが、セラフィムは姉の矜持としてそう強がって見せた。

 言うまでもないが、セラフィムは今や顔どころか耳や首まで赤くしている。

 だがそれを聞いてエリスは嬉しそうに手を叩いた。


「まぁ! それなら今夜もお願いしますわ。半吸血鬼ダンピールとは言え、飲めるのなら毎日でも血は飲みたいもの。ね、ケレス?」

「うん! お姉さま、ありがとう! 今夜が今から楽しみっ!」


 小悪魔めいた微笑のエリスと、天使のように無邪気な笑みを見せるケレス。対照的な二人だが、この時のセラフィムには二人が淫魔とかそういうあれに見えた。

 そしてなにより、毎日あんな目に合うのか、と考えて胸が高鳴った自分に一泊遅れて気づき。


「か、か、顔あらってくるーーーーーっ!」


 そんな捨て台詞を置いて部屋を飛び出した。

 姉の矜持なんてなかった。第三者がいたら迷いなくそう言い切れるほど、脱兎の如く見事な逃走であった。



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