妹たちの今日まで。新たな事実。
Ⅵ.
ぐずぐずに溶けてしまいそうな多幸感からなんとか回帰を果たしたセラフィムは、「もっと!」と不満をぶつけてくる妹たちを宥めてから、話を聞くことにした。
「お話ね! えっとね! えっとね、お姉さま! あたしたち、いーっぱいお話したいことがあるのよ!」
「そうね。沢山あるわね。けれど、お姉さま、ケレス。こんな所でお話なんて趣に欠けるわ。お部屋に行きましょう?」
急かすケレスに押され、横に並ぶエリスに手を取られ、セラフィムはあれよあれよと言う間にお部屋に連れて行かれ、ソファへと腰かけていた。
廃城の外見にそぐわぬ豪奢で手入れの行き届いた一室。元は城主の書斎か私室だったのか、広めの部屋からは薄れてはいるものの、どこか生活感のようなものを感じる。
「――それじゃあ、なにから話しましょうか」
用意した紅茶とお茶請けのクッキーをテーブルに置いたエリスは、セラフィムの左手側に座るとそう切り出した。
「あー、うん、そうね……。ところでケレス。なぜ私の上に?」
「だめー?」
しょぼんとした悲しげな顔で言われてダメと言える者が居るだろうか? 少なくともセラフィムには無理である。
「全然おっけー!」
「やったー!」
膝の上できゃっきゃとはしゃぐ妹の姿に思わず顔が綻ぶセラフィム。
一方でエリスが酷薄な微笑みでそんな二人を眺めている。
「本当に……。ケレスのその大胆さはなんなの? うらやましい……」
「エリスも座る?」
呟いた羨望の声はしっかりとセラフィムの耳に届いた。
セラフィムはケレスの脇に手を通して少しだけずらすと、空いた左脚をぽんぽんと叩く。
エリスは呟きを拾われた羞恥心と嬉しさで顔を朱に染めるも、セラフィムの膝に座る程の大胆さを見せる勇気が持てず。
「こ、これで……」
きゅっ、とセラフィムの左手を自分の手に絡めて顔を俯かせた。ふわふわとしたピンクブロンドから覗くちょっとだけ尖った耳が、髪色以上の赤味を帯びていることは言うまでもないことだろう。
セラフィムは本日何度目かの何もかもがどうでも良い気分に陥りかけるものの、なんとか瀬戸際で持ちこたえることに成功した。
「えーっと、そうね。まず、二人は何時からここにいたの?」
「……ここ、というのは“この世界”ということで良いのかしら?」
「うん、そうだね。っていうか、やっぱりここは――」
「ええ。ここは『閃律のスペクトラム』ではないわ。それを模した異世界、ということになるのかしら」
まだ顔が赤いエリスは、それでもしっかりとセラフィムの問いに答えていく。
「わたしたちが目覚めたのは三ヶ月程前。すぐにここが『スペクトラム』ではないと気付いたわね」
「え、それはどうして?」
「簡単よ。わたしたちには、確かに“感情”が在ったから。お姉さまが傍に居ない不安と寂しさと悲しさ。お姉さまに逢いたいという願望と欲求。あの世界で“そういう風に”定められていたものとは全く違う、張り裂けそうな程に苦しい想い。胸の奥がとても痛くなって、世界から色が抜けるような虚無感。どれも初めて感じる、二度と味わいたくない気持ち。これが感情なんだって、気付くのは当然でしょう?」
泣きそうな顔で言うエリスの手をぎゅっ、とセラフィムは握る。ごめんね、私はここにいるよ、もう二度と二人と離れないから。そう言うように。勿論、ケレスを抱える手も同様に力が込められて。
それから少しだけ無言になる。
お互いに、お互いがここに確かに居るのだと確認するように。
「――っと。ごめん、変な空気になっちゃったね。それで、それからどうしたの?」
「お姉さまが居ない喪失感に悲嘆していたわたしにケレスが言ったわ。お姉さまはその内来るから、それまで良い子で待っていよう、って。悲嘆して、絶望して、何もかもがどうでも良くなっていたわたしにとって、ケレスの明るいその言葉は何よりの希望になったわ。本当に、ケレスが居なければお姉さまにもう二度と逢えなかったかも……」
そう言って慈愛に溢れた優しい笑顔をケレスに向けるエリス。
そんなことを思わせてしまった己を内心で罵倒し、呪うセラフィムは、けれどそんことはおくびにも出さず先を促す。
「わたしたちが居たのは荒野のフィールド。こんな所に居てもしょうがないからって行く宛も無く適当に歩き出したのだけれど、そこでわたしたちは思いがけない出会いをすることになったわ」
「出会い?」
「ええ。きっとお姉さまも驚くわ。なんとね、ブラドおじさまがいらしたのよ」
「……はぁっ!?」
プレイヤーネーム、ブラド・ドラクル。
『閃律のスペクトラム』でも有名なプレイヤーの一人だ。
その名前からもわかる通り本人はワラキア公ヴラド三世の熱烈なファンであり、キャラクターの容姿は勿論、ロールプレイも完全にヴラド公を演じる程。
彼を知る多くのプレイヤーたちの度肝を抜いたのが、ハイエンドプレイヤーだけが一つだけ創作可能なクリエイトスキルを、威力も効率も何もかもを無視した、ヴラド公の代名詞と言っても良い串刺しの顕現術式として設定した事だろう。その発動条件も方法も極端に限定されるスキルは、確かにヴラド公の伝承の顕現に相応しいが、一体何時使う気だと言わざるを得ないようなピーキーに過ぎるキワモノスキルだ。
また己のギルドホームをワラキアに類似性のある場所に設定し、そこを自らの領土としてギルド名もワラキア興国に変更。(公国と名乗るのは畏れ多いとか何とか)
以降彼はギルド侵攻戦で防衛率九割という怪物性を魅せつけたのだ。
「――、あのブラド!?」
「長い説明ご苦労様ですわ。ええ、そのブラドおじさまよ」
究極のハイエンドロールプレイヤー、ブラド。
しかしそれほどにまでにゲームに入れ込んでいた彼は、凡そ一年程前から一切ログインしていない。
「それが、こんなところに……」
「ええ、わたしたちも吃驚したわ。けれど、お姉さまとブラドおじさまが知古であったことが幸いして、わたしたちは一時彼のワラキア興国に身を寄せていたの」
「うぇっ!? ギルドホームもこっちに来てるの!?」
「いいえ、ご自分で国を興したそうよ」
とんでもない言葉が飛び出した。