甘えてくる妹と蕩ける姉 / 塔の上で
Ⅴ.
どれだけの時間をそうしていたのか、愛しい妹二人と抱擁を交わしていたセラフィムは、ようやく精神が平時の落ち着いたものにまで降りてきた。
そうしてから漸く、おや? と疑問を抱くに至る。
「どうしたの、ケレス? そんな顔をしていたらかわいい顔が台無しよ?」
ぎゅっ、と抱きついているケレスは、けれど何故か頬を膨らませて「あたし不機嫌です!」と言外に訴えていた。
そんなケレスの様子に、エリスは直ぐに合点がいったと小さく苦笑する。
一方のセラフィムは忘却していた幾つもの懸念事項が再び浮上しそうになり、心中ではパニック寸前だった。
「お姉さま、ケレスはわたしの名前を最初に言ったから拗ねているのよ」
石化や麻痺の状態異常にでもかかったかのように硬直して顔を青くするセラフィムを見かねたエリスが、そっと耳元で囁いた。
くすぐったさと、幼い声音に反して妙に色っぽさを感じてセラフィムは若干背筋を震わせながらも、自分の考えていた様な幾つかのことが原因でないことに安堵した。
「もう、仕方ないなぁケレスは。……ねぇ、ちゃんと貴女のかわいい顔を見せて」
優しい声音と暖かな口調で諭すように言うセラフィムに、けれどケレスはより強くセラフィムを抱き締めてその胸元に顔を押し付ける。まるでいやいやと隠すような仕種で、何よりも母親に甘える幼子のようでもある。
そんな妹の姿に思わず胸がきゅんとするセラフィム。ついつい顔が綻ぶのも無理からぬことだろう。
しかしここで面白くないのがエリスだ。先程浮かべた苦笑とは違う笑みを浮かべている。
「……ふぅん。お姉さまはケレスの方が大事なのね。いいわ、なら邪魔なわたしは寂しくティータイムしてるもの」
そう言ってセラフィムから離れてしまうエリス。
「ええ!? そんなことないよエリス! ほらこっちおいでってば――って、ケレスなにを自然に位置調整してるのよ!」
慌てて呼び止めるセラフィムが右手側をオープンにしてハグスタンバイするものの、エリスが退いたことで空いたスペースを埋めるように、ケレスが抱きついたまま位置を調整してエリスの場所を塞ぐ。
とは言え見た目は十歳程度の小さな体躯だ。それでも十分にスペースはあるが、そういう問題じゃあない。
これにはクールで知的、を自称するエリスも青筋を立てざるを得ない。
あまりにケレスばかり構うものだからちょっと慌てさせよう、程度の軽い気持ちで行ったことをこのような形で利用するとは……。これはエリスからしてみれば半身の裏切り行為である。
「ええ、そう。ケレスってば、お姉さまを一人占めしようなんて……。けど甘いわね。前はあげるわ。けれど、こっちは――」
そう言ってエリスはたたっ、とセラフィムの背後に回り込む。
そして。
「わたしがもらうから」
後ろから抱きつき、首筋に顔を埋める。そしてスンスンと香りを嗅いで待ち焦がれた愛しいお姉さま分――双子的名称、セラフィニウムの補給に努める。
「ああ――! お姉さまの匂い。甘酸っぱい、すもものような香り。これが、おねぇさまの……」
「んっ、ちょ、ヤ……っ、エリス、くすぐったい」
肩に手を置いて、自分の胸を押し付けるようにしながら、ゆっくりと、味わうように、エリスは今まで知ることが出来なかったお姉さまの香りを身体中に染み渡らせるように愉しむ。
たまらないのはセラフィムだ。体重をかけられていることは全く苦ではないし、触れあえることは嬉しいが首筋でゴソゴソされるのは堪らない。微妙なくすぐったさに変な声が出てしまっている。
「っ! あー! エリスずるーい!」
状況を察したケレスが顔を上げてエリスを非難するが、当の彼女はケレスを一瞥することもなくしれっと言い放つ。
「ずるくないわよ。ケレスだって、お姉さまの香りをたのしんでいたでしょう?」
「服越しだもん! エリスは直接じゃない! ずーるーいー!」
妹サンドイッチ状態のセラフィムはこの状況を楽しめばいいのか苦しめばいいのか判別がつかない。とりあえず、ケレスが駄々をこねている様はかわいくて、エリスの積極性がちょっと意外で、くすぐったさはどうにかならないものか。
そんなことを思うセラフィムの頬は僅かに上気している。
ぷんぷんと、ずるいずるいと言って騒いでいたケレスはそこで妙案を閃いた。
にぱっ、と笑顔を作るとだっこされるような感じでセラフィムに抱きつき、セラフィムの顔に自分の顔を近づけた。
「「ちょっ!?」」
大胆と言うにも生易しい暴挙に、セラフィムは単純に驚き、エリスは唇を落とす心算かと半身の勇気に戦慄した。
「おねぇさまのお顔がちかーいっ」
ケレスは無邪気にそんなことを宣いながら、セラフィムの頬と自分の頬をくっつけてニコニコと満足そうにしている。
「えへへー、すべすべー」
「くっ、ケレス……さすがね。それはちょっと、……だ、大胆すぎるのだわ…………。わたしにはムリよぅ……」
セラフィムの位置からは微妙に見えないが、エリスの顔は売れた苺のように真っ赤になっている。弱々しく敗北宣言を告げると、見てられないとばかりにセラフィムの長い髪に隠れるように俯いてしまう。
「えーっと、なんだこの状況。天国か」
なんかもう色んなことがどうでも良くなったセラフィムは、とりあえずこの極楽浄土超え確実の多幸感に浸ることを決めた。
今邪魔とかされたらグランドクエストのエンドボスでも余裕でソロ討伐間違い無しね。とか大真面目に考えている辺り、現状への満足度が窺えるだろう。




