到着、所によりへたれ、後に抱擁
Ⅳ.
通りなれた道ですらマップがなければ結構な頻度で迷子になるセラフィムにとって一番の幸いは、情報提供者の二人が居た場所から双子が居る場所までは一直線に、ひたすら西進すれば良かったという事だ。
ただまっすぐ進めば良いのなら、さすがのセラフィムでもそうそう迷子にはならない。
聞いた話では馬車で片道二日の距離ということだったが、セラフィムは日が稜線に沈む前に目的地へと辿り着くことが出来た。
勿論これはセラフィムがレベルカンストプレイヤーであり、加えて魔法戦士職であることから来る魔法によるとブーストと、前衛職としてのステータスのゴリ押しによる結果だ。途中でエンカウントしたモンスターやら野盗の類いは轢き殺す勢いだったとも追記しておく。
そんなわけでやってきた場所は、話から想像していた以上に何もなかった。
瓦礫の山としか形容のしがいがない廃墟群は、しかし元街としてはあまりに少ない。
モンスターや獣の類いもおらず、ここだけくり貫いたように違っている。
まるで、絵画から一ヶ所を切り抜いたようだ。
日が沈む寸前であることもあってか、ゴーストタウンさながらの様相は不気味なことこの上ない。
しかしセラフィムはそんなことは知らぬ存ぜぬ関せぬとばかりにズンズンと進んでいく。
目指すは一ヶ所。これだけの破壊跡にあって唯一、辛うじて姿を保っている廃城だ。
どんな顔をして会おう。なんて声をかけよう。待たせすぎて嫌われていたらどうしよう。怒っているだろうか。
グルグル、グルグルと。
妹たちへの心配から一転、いざ遂に会えるという段になって今度は別種の不安が渦巻く。
怒られるのは良い。いざともなれば人生初の土下座も辞さない覚悟だ。だが、嫌われてたらどうしよう。
そこまで考えて、無休無補給の全力失踪で上気していた顔が一気に青褪める。
「……あ、ダメだわこれ。私死ぬかも」
最愛の妹たちが「お姉さまなんて◯◯◯!」と言うのを想像するだけで、今までちょっと感じたことが無いくらいに頭が、お腹が、心臓が、どこもかしこもがイタくなってきた。
何より心がヤバイ。軋む。軋み上げる。想像の中ですらその単語にフィルターが掛かって認識できない有り様だ。
ズンズン進んでいた脚が速度を緩め、遂には縫い付けられたように動かなくなる。
そして、
「ど、どどどどうしよう……」
あわあわと慌てふためきオロオロと狼狽を露にする。
普段は温厚だが戦時には称号に相応しい勇猛さを見せる。感情が昂りやすいセラフィムは、けれどその対人経験の低さから、いざという場面で面倒くさい程にヘタれるという本人も無自覚な症状を患っていた。
◇◆◇
「見て! ねぇ見てエリス! お姉さまよ! あたしたちのお姉さまが来てくれたわ!」
「ええ。見ているわケレス。貴女の言った通り、待っていて正解だったわね。行き違いになるなんて不幸が起きるところだったわ」
「でしょ! エリスはもっとあたしのこと誉めてもいいのよ!」
「ええ、そうね。けれど、わたしよりもお姉さまに誉めてもらいたいのではなくて? わたしでいいのかしら?」
「む~。エリスの意地悪っ! そりゃあお姉さまに誉めてもらいたいわ。けれど、エリスにだって誉めてもらいたいのは本当なのよ……」
廃城の尖塔に登った二人は、愛しのお姉さまが街に入ったのを視認していた。
基本スペックが並みのヒューマンを超越している二人は、たとえそれが指先ほどの小ささでもしっかりと判別しての視認可能だ。
薄氷色の瞳と目元の涼しい端正な顔立ち。長い暗灰色の髪を蝶の翅を模したリボンで括っている。血で染めたようにキレイな赤のドレスは戦闘に適するように要所でスリットが入り、見ようによって扇情的でもある。膝上までのミスリル銀のグリーブと一体になったブーツとの組み合わせによって、スリットから僅かに除く太股がことさら情欲をそそる。
そんな、二人が待ち望んだ愛し人の姿にテンションが上がらないわけがない。
何時もよりもずっとはしゃいでいるケレスは勿論、常にクールなエリスも口数が僅かに多くなりついついケレスをいじってしまう。
そんなエリスのからかいにケレスは頬を膨らませ、唇を尖らせる。
「もう、知らない! エリスがいじめるって、お姉さまに言いつけてやるんだから!」
「ああ、ダメよケレス。そんなことをしたらわたしが怒られてしまうわ。そう、わ・た・し・が」
「? ――ああっ、ずるい! そういうのずるいわエリス!」
揶揄するような口ぶりに最初は理解が及ばなかったケレスも、ややをしてその意味を知りプンプンとエリスを責める。
そんな可愛らしい半身の姿に苦笑しながら、おもむろにエリスはケレスを抱き締めた。
「冗談よ、ケレス。貴女には何時も救われているわ。特に今回はとても、ね。さすがはわたしたちの愛しのお姉さまの妹、わたしの半身。大好きよ、ケレス」
「~~っ! エリスのそう言うところ、やっぱりずるい」
蚊の鳴くような声で呟き、ケレスもまたエリスを抱き締め返す。
抱擁は数秒。どちらからともなく離れると、再びお姉さまへと視線を向ける。
「けど、どうしてお迎えに行かないの、エリス?」
「あら、決まっているじゃない」
そう言って小さく笑みを作るエリスに、ケレスはどういうことだろう、と首を傾げる。
「こうやって、しっかりとお姉さまを視認して、落ち着いてからじゃないと、嬉しすぎて心臓が止まってしまうわ」
そんなことを、涼しい顔で宣った。
良く見ると、エリスの顔は赤らみ今も冷静さを装うためか胸に両手を当てていた。
「エリスってさ、たまにお姉さまそっくりになるよね」
「あら、それは最高の褒め言葉よ」
珍しくケレスが呆れを見せる。けれどそれを受けたエリスは本当に嬉しそうに笑みを深めるだけだ。
二人の視線の先では、愛しのお姉さまが面白いくらいに狼狽え右往左往していた。
◆◇◆
狼狽し憔悴し、落ち着きなく見事なまでのへたれっぷりを披露したセラフィムはようやく腹を括ったのか、キッと端正な顔を決意の色で染め、大きく深呼吸をするとにわかに走り出した。
そう、正しくセラフィムは決意を胸に、覚悟を決めたのだ。
たとえ二人から◯◯◯! と言われても踏ん張り耐えて死なずに生き残るのだと。
要するに、にっちもさっちもいかなくなって無策で飛び出しただけとも言うが。
ともあれ、見る影もない城門跡をくぐり、廃城の入り口を抜け、エントランスホールを走る。
どこに居るかは【魔眼:蒼】を使えば用意に知れることだ。効果時間は数秒しかなく、透過効果の範囲が狭いことが欠点だが、廃城の中から全貌を見通すくらいは可能なのだ。
階段を二段飛ばしに駆け上がり、二階の渡り通路から塔へと向かう。
監視塔だったのか、内部は上までの螺旋階段が続くだけだった。
所々段差が朽ち欠けた螺のような階段を、踏み外さないように気をつけながら駆け上がり、頂上の扉を開け放つ。
そして――。
――あっ、と。
風に棚引くピンクブロンドの髪。大きな、宝石めいたオッドアイ。並ぶと鏡映しのように同じ顔の、けれどしっかりとそれぞれ別個に見分けの付く愛らしい顔立ち。
「エリス! ケレス!」
色々言いたいことはあったし、言われる覚悟もあったけれど。
それでも、名前を叫ぶように口にして、抱き締めること以外に出来ることを思い付かない。
もう二度と離さない。
そんな無茶な決意を表すように、セラフィムは力強く二人を抱き締めた。
その顔には涙が流れていたが、それでも、残更のように優しい笑顔が浮かんでいた。