妹キチ・セラフィム走る
Ⅲ.
セラフィムは颶風のように草原を疾りながら、聞いた話を胸裡で思い返す。
街から街、あるいは街から村へ。
そんな交易の要として栄えた都市は、いつの頃からか魔族によって裏から支配されているという噂が立つようになっていた。
表では普段通りに交易が行われる一方で、人拐いや人身売買。毒性、中毒性の高い薬物の取引などがひっそりと、けれど確実に行われていたらしい。
それでも決定付ける程の証拠は無く、また住まう人々からの不平不満の声も聞こえなかった。
隆盛を誇る領地への地方領主たちのやっかみ。
そんな風に処理され、噂は噂として風化して都市は変わらぬ隆盛を約束される筈だった。
ある時、件の都市に幼く、愛らしくも美しい双子の姉妹が訪れる。
何かを探しているらしい二人の噂は瞬く間に都市を駆け巡り、ついには領主の耳へと入ることになった。
どういう経緯か、領主の居城へと招かれた双子は快くそれに応じたらしい。
だが、そこから何もかもが崩れ出す。
双子は何を思ったか領主を手にかけたのだ。それに激した兵士や雇いの傭兵、用心棒が双子を捕らえようとするも、その悉くを殺害。
それに呼応するように、いつの頃からか都市の周囲では見かけなくなったモンスター達が急襲。その中には明らかに生息域の異なるモンスターも含まれており、兵士や傭兵などの戦力を欠いた都市は瞬く間に蹂躙されてしまう。
双子はその時に大規模な戦略級魔法を使用したらしく、周囲へと小さくない被害をもたらしながら都市の一切を薙ぎ払てしまった。
双子とモンスターたちの関係性は不明瞭なものの、領主殺しそれ事態は事実だ。
当然のようにその後、度々王国の騎士団や傭兵団、数々の勇敢な者たちが双子の討伐に向かうも帰ってくる者は一人として居らず、ついには王国は都市を放棄。
幸いなことに、双子はこちらから手を出さない限り何をするでもなく、時おり思い出したように近隣の町や村へ訪れては嗜好品を買って帰るだけらしい。
それを聞いた感想は一つ。
「なにやってるのよ、あの娘たちは!」
真偽の程はともかく、なんとなく事情は察せる。
大方、双子はその地方領主に何か気に障ることをされ、うっかり殺してしまったのだろう。
ただでさえ基本スペックが人間族――ヒューマンよりも高い半吸血鬼族だ。しかもレベルは二百を超え、装備類もハイ廃プレイヤーのセラフィムが揃えた見た目と性能が共にレベル相応に高い次元のものである。
レベルの概念がこの世界に活きているかどうかはともかく、一般人と較べれば生体兵器にも等しい者が注意を欠いて抵抗なんてすれば、結果は火を見るより明らかである。
そこまでは良いのだ。それは仕方ない。セラフィムの大事な大事な二人の妹に何かをしようものなら、それこそセラフィム自身が黙ってはいない。
セラフィムの脳裏にかつてPKギルドを単身で壊滅に追い込んだ時のことが思い起こされる。
その時もとあるPKプレイヤーのパーティからちょっかいをかけられていた。
キャラメイクに拘り抜いた結果、絶世の美少女と言っても過言ではない容姿になっているセラフィムたち三人にしつこく絡んできたのだ。それらの処理事態は恙無く終えたものの、奴等は報復なのか、違法ツールを駆使して三人のスカートの中を盗撮。それを掲示板に拡散したのである。
勿論そういったハラスメント行為は禁止されており、厳重に管理されている。しかし、こういったものは鼬ごっこが基本だ。恐らくは対応前の最新のツールだったのだろう。
とは言え行為事態は幼稚なものである。幾ら美少女と言ってもそれは仮想体――つまりは実際の身体ではなく、しかもたかが下着。
それでも禁止行為は禁止行為。当然それを行ったプレイヤーはアカウントの停止措置を喰らうことになった。
だが、セラフィムの怒りはそんなことで静まらない。自分は良い。前述したように仮想体なのだから。だが、妹たちは仮想体こそが実体なのだ。許せるわけがなかった。
セラフィムが行った報復行動は苛烈かつ凄惨を極めた。
『スペクトラム』に於いて単身でレイドボスを打倒し得る者たち、ランキングの常在トップランカーたちに贈られる称号【Liberator】を有するに相応しいガチ装備でもって、件のPKプレイヤーたちの属していたギルドがホームとして使用していた古城を単身襲撃。メンバーの全てを殺し“続けた”のである。
復活しても執拗なまでに見敵必殺を繰り返し、デスペナルティーにより弱体化したPKたちは狩る側から狩られる側へと堕ち、終には一つのPKギルドが壊滅に追い込まれるに至った。
実行者たちは既にアカウントを停止されている以上、これは完全な八つ当たりだ。だがセラフィムから言わせれば連帯責任である。波及し増幅した怒りは「そもそもお前らがいなければ」という所にまで及んでいたのだ。
セラフィムは基本的に普段は温厚だが、キレると止まらなくなる悪癖があった。
それはセラフィム自身も重々理解しているため、常日頃から冷静でいるように努めているが、それがいつも奏功するわけではない。
もしも今回、まかり間違って愛しい双子の妹が疵ものにでもされようものなら、国が滅んでいたかもしれない。そうでなくとも甚大な被害が出ていただろう。
現状の装備が武器以外は魅せ装備であるとか、武器以外の装備変更が出来ないとか、死んだらどうなるかわからないとか、そういう一切合切を無視して断行していただろう。
それを思えば、都市一つで済んだことは行幸だったと言える。
閑話休題。
セラフィムが頭を悩ませているのは別のことだ。
正当防衛とは言え、国が差し向けた全てを漏れ無く殺しているという事実が不味い。
「どう考えても国と対立してるじゃないの……」
全力疾走しながら頭を抱える。
聞いた話だと、二人については干渉禁止の触れが出されてる一方で、莫大な懸賞金が架けられているという。しかも、ご丁寧に二つ名と魔王という称号まで戴いて。
確かに降り掛かる火の粉は払うものだ。とは言え、皆殺しは……。もっと、こう、穏便な方法はとれなかったのか……。そんな風に己を棚上げして思う。
難しい顔で考え込んでいたセラフィムは頭を振ると、考えても仕方がない、と思考を切り上げ、駆ける脚のギアを上げた。
今はともかく、早く二人に会いたい。
その考えが何よりも大きい。
寂しい思いはさせてなかったかしら? 不安に泣いていないかしら? 喧嘩したりはしていないかしら? 誰かに傷つけられたり……の心配はしなくても良さそうだけど、ともかく不安と心配は尽きない。
セラフィムの二人の妹は、『閃律のスペクトラム』に於いてはファミリアNPCという一つのアカウントで二体まで購入可能な自己学習型AIを搭載したサポートキャラクターである。
金額が十段階に分けられており、最高額は二万五千円。また五段階目以降のグレードの購入については有料会員登録が必要という、とにかく金が掛かるものだ。
だが、それだけに最高グレードのファミリアはプレイヤーキャラクター以上にエディット可能項目、範囲が広い。
そして、最高グレードのファミリアだけが人格の詳細設定まで可能なのである。
セラフィムは当初、どうせだから程度の理由で最高グレードのファミリアの購入を決め、ついでだから、という理由で二人まとめて購入したに過ぎなかった。
けれど、いざ購入しエディットに至ると凝り性な性分が顔を出し、気づけば殆ど丸一日を費やしていた。
そうして、まるで己の孤独を埋めるように二人の人格に妹としてのキャラ付けを行った。
気分が昂するとその時々でロールプレイまでするような彼女にとって、姉として振る舞うことにぎこちなさや拙さという部分はなく、いっそノリノリで姉としてのロールプレイを行い、ファミリア二人を本当の妹として扱い続けた。
そんな彼女と共に在った二人は、本気でただのデータに過ぎない自分達を妹として接してくるセラフィムへ、同じように設定以上に全力で応えるべく学習し――。
エリスケレスとケレスエリスという、セラフィムの本当の妹へと昇華した。
本来、ファミリアはソロプレイヤーの支援や、生産職系プレイヤーへの助っ人等を目的とされている。
その為ファミリアをパーティとして同行させる為には条件があり、またNPCの各ジョブ毎のレベルキャップ解放条件や、上位ジョブ移行についても面倒な条件のクリアが必要なのだ。
にも関わらず。セラフィムは二人を現行のレベルキャップにまで押し上げる……には至らなかったものの、二百レベルオーバーにまで高め、ジョブもメイン・サブ共に最上位職と、最上位には届かないまでも上位プレイヤーと遜色が無いほどにまで熟させている。そしてこれはあくまでステータス上の話であり、装備とアイテム、戦術次第では十分に最上位陣とも戦えるのである。
かつてセラフィムは、最難関でこそ無かったもののそれなりの難度のレイドを三人だけでクリアしたこともある。と言えばその異常さがわかるだろう。
そんな思い入れの非常に強い二人の安否だけが、セラフィムの中で大きく意識を占める。
ここがゲームの中でも、ゲームを模した異世界でも、夢でも何でも構わないのだ。
そんな些末事を考えるのは二人の安否を確認し、いつものように一緒になってから考えても遅くはないのだから。
あるいは、そんなことを考える必要すら――。
夕方頃にもう一回更新予定です。