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幸先良く曇った道程 / その頃の妹たち

Ⅱ.



 群青色のローブを羽織った女性がエリナ。

 赤銅色のフルプレートを着込んだ男がランディル。

 

 少女――セラフィムの自己紹介に二人はそう名乗り返した。

 そうして事情を聞くと、どうやら二人は護衛以来を受けて街から村へと行く途中だったらしい。

 行き先である村と言うのがランディルの故郷であるらしく、この辺りの地理に詳しい彼が近道を提案。それを受けて森を突っ切ろうとしたところ、馬車が鳴り子に引っ掛かり、この辺りをテリトリーにしていたゴブリンに襲撃されたらしい。


「それはまた、災難でしたね」

「いやはやまったく。一月程前に通ったときはゴブリンなどおりませなんだが……」

「ゴブリンはゴキブリと一緒。何処にでも涌くものだわ」


 酷い言い種だがその通りでもある。

 殆どのゲームでもそうであるように、モンスターの生息域はある程度決まっているものだ。ゴーレムなら迷宮や遺跡、ワイバーンならば山岳地帯、アンデッドならば沼地など。けれど、『スペクトラム』に於けるゴブリンにそれは当てはまらない。奴等は何処であっても暮らせる高い適応能力と順応性、フットワークの軽さを持つ。

 何より、ゴブリンは単独で活動することは決してない。常に集団で行動し、数が足りないと見るや仲間を呼んでワラワラと増えていく。そして、それを為せるのがその繁殖能力の異常な高さだ。それこそ「一匹みたら~」という格言の示す例の黒い悪魔の如く。


「それで、その護衛の商人さんは?」

「彼なら馬に乗って逃げたわ」

「いやぁ、あの体型にしては素早い身のこなしでしたな! 素早く壊れた馬車から馬を外し、制止の声を上げる前に飛び乗っていかれた手際には、思わず関心しましたぞ!」


 そう言って呵々大笑するランディル。人が良いのか暢気なのか。

 呆れるセラフィムだが、彼の相方であるエリナはそうもいかない。


「バカ! なに笑ってるのよ! アタシたちを囮にしたってことよ!」

「まぁまぁ落ち着きなさいエリナ。あの状況では仕方ありますまい。それにこれは迂闊な提案をした自分の落ち度。護衛が護衛対象を危機に晒すなど、あってはならないことです。貴女も解っているからこそ荷を護り通したのでしょう?」

「そうよ! わかってるわよ! けど、ムカつくじゃない!」


 怒れるエリナを冷静に諌めるランディルだが、当の彼女はそれでも納得がいかないのか地団駄を踏んでいる。

 そんな二人のやり取りを仲が良いなぁ、と微笑ましく思いながら眺めていたセラフィムだが、世間話が目的ではないし、善意だけで助けたわけでもない。

 そろそろ良いだろうかと口を開く。


「ところでお二人にお訊きしたいことがあるんですけど」

「おお、なんですかな? 危ないところを助けて頂きましたからな。なんなりとお訊きください。答えられることならばお答えしますとも。……ほら、エリナも」


 何よ!? と未だ憤懣やる方ない様子のエリナからは視線を剃らしつつ、心なしランディルの方を見ながらセラフィムは口を開いた。


「人を探してるんです。半吸血鬼ダンピールの双子の姉妹なんですけど。見た目は十歳くらいで、長いピンクブロンドにゆるふわセミショートと、アシメントリーのツーサイドアップで、二人ともオッドアイなんですが……」


 それはセラフにとって、色褪せた記憶に埋没した両親や、毎日顔を会わせていた叔父以上に、彼女にとって家族と言える愛しい二人の妹。ゲームの中ではデータでしかない彼女たちも、この世界ならば――。

 セラフィムにとって妹たちのことは何よりも重大な問題だ。幾ら二人が二百レベルオーバーとは言え、そんなことは安否を問わない理由には成り得ない程に。


「半吸血鬼……ですか。失礼ですが、お名前を伺っても?」

「ケレスエリスとエリスケレスです」


 二人の名を口にした途端、ランディルはヘルムに陰る顔を痛ましいものに変え、イライラした様子だったエリナが顔色を変えて目を見開いた。

 尋常ではない様子にセラフィムの胸中に嫌な予感が拡がる。


「なにか、知ってるんですね?」

「知ってるもなにも……。失礼ですが、貴女は二人の……?」

「そんなことより、何か知ってるなら早く教えてください!」


 歯切れの悪い台詞に、何かを知っている風なのに遠回りをしようとしている様子。

 今はどんな情報でも欲しいセラフィムにとってそれは酷くもどかしい。

 思わず掴みかかりそうになったところを、エリナの鋭い口調の言葉が止めた。


「まずは答えなさい! アンタは二人のなんなの!?」

「お姉ちゃんよ! あの二人は、私にとってかけがえの無い妹で、家族なの! お願い、二人のことを知っているのなら、何でも良い、教えてください……!」


 詰問調の言葉に思わず喧嘩腰に返すセラフィムだったが、話す内に抑えていた不安が鎌首をもたげる。途中から涙声になり、薄氷色の瞳からは涙が溢れていた。

 その様子にランディルは顔を難しいものにしながらエリナへ視線を投げる。

 エリナは舌打ちをすると、大きくため息を吐いてから口を開いた。


「アンタの探してる奴かは知らないけれど、その名前は耳にしたことがるわ」

「っ! 本当ですか!?」

「ええ。たぶん、アタシらみたいな者で知らない奴はいない筈よ。いいこと? 落ち着いて聞きなさい」


 そう言って睨み付けるようなエリナへと頷きを返すセラフィム。

 それを確認したエリナはゆっくりと口を開いた。


「『血染(ブラッディ)めの双麗ドール』。そんな二つ名で語られる童姿の魔王。それがアタシらの知る件の二人と同名の存在よ」




◇◆◇


「聞いて! エリス」

「まぁ、どうしたのケレス。レディが大声なんてはしたないわ」


 ぬいぐるみ。お人形。

 クッキーに紅茶。

 毛の長い絨毯。オークウッドの椅子と、氷水晶から削り出したテーブル。

 広い部屋にはそんな子供らしさと贅の凝らされた上質さが内在していた。

 何をするでもなく、椅子に腰掛け漫然と紅茶を楽しんでいた、ピンクブロンドをセミショートに整えた少女。

 そこへトタトタと軽い足音を響かせ、ノックの一つもすることのない荒々しさで扉が開けられる。

 扉を開けたのもピンクブロンドの少女であり、二人の容姿は良く似ていた。こちらは左右で異なる長さのツーサイドアップに左目が琥珀色で、右目が朱色をしていた。

 紅茶をテーブルに静かに置いた少女が閉じていた瞳を開く。こちらは左目が朱色で右目が琥珀色だ。


「もう、そんなことどうだっていいの! それよりもね、あたし、とっても良い夢を見たの! ねぇ、聞きたい? 聞きたいかしらエリス?」

「そういう貴女は言いたくて仕方ないのでしょう? ええ、いいわ。聞かせてちょうだい、ケレス」


 諌めるエリスに頬を膨らませたケレスは、けれど次の瞬間にはニヤニヤとした笑顔で可愛らしく首を傾げて見せた。

 そんな半身の姿に小さく微笑を落としたエリスは優しく続きを促す。


「お姉さまの夢を見たの!」

「まぁケレスったら。わたし達がお姉さまの夢を見ない日があるの?」

「無いけど、違うの! えっとね、お姉さまが、あたしたちに逢いに来てくれるのよ!」

「! それは、ただの夢ではないのね?」

「当然じゃない! お姉さまはきっと、もうすぐあたしたちに逢いに来るわ!」

「……そう。ようやく、お逢いできるのね…………」


 輝かんばかりの笑みを一杯にはしゃぐケレス

 エリスは無邪気に喜びを表すケレスの様子に、それが真実なのだと理解し、染み込ませるように小さく呟く。


「泣いてるの? 泣いてるのねエリス。でも大丈夫。ここにはあたしが居て、そして、ようやくお姉さまも! もう、寂しいことなんてないのよ!」

「ええ……。ええ、そうねケレス」


 くるくるとその場で踊り出すケレスへ、涙を溢しながら噛み締めるように返すエリス。

 

「嗚呼、お姉さま。お姉さま、おねえさま――! 待っていました、この時を、ずっと。ずっと! やっと無為な時間が終わる。色の無い世界に彩りが生まれる」

「そうよ、そうよねエリス! こんな世界、もう壊しちゃおうと思ったけれど、その必要も無いわね! そんなことをしている場合じゃあないもの! いっぱい、いーっぱい可愛がってもらいましょう!」

「ええ、ええ。ケレス、いっぱいお話をして、いっぱい愛でてもらいましょう。そして――」

「うんっ! そして――」


『うーんと愛をお返しするのよ!』


 

 栄枯盛衰。

 かつては多くの賑わいを見せたその街に、今や住まう者は一人もいない。

 焼け、崩れ落ちた家々や石畳。

 鬱々とした空気は、動物はおろか虫さえも寄り付こうとしない。

 そんなゴーストタウンの様相にあってただ一つ、辛うじて姿を保つ建造物が在った。

 ポツンと街の中心部に佇むのは、当時この街を支配していた領主の居城。かつては立派な構えを見せていたそれも、今ではその三分の一を抉られ廃城というに相応しい有り様だ。

 そんな陰惨な場所に、幼い声が響く。

 どこまでも明るく無邪気な声色。

 鈴が転がるようなそれは、場所が場所ならば聞く者に微笑みを与えるだろう。

 だが、この場所にあってそれはあまりにもちぐはぐだ。

 けれど、それを誰が気にするというのか。

 残響する幼声は虚空へと漂う。ぐるぐると。ぐるぐると。



◆◇◆



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