決着……?
ⅩⅤ.
完全なる無拍子。金属の塊そのものと言っても過言ではない、身の丈を超える大剣はまるで、木の枝か何かを振るように不意を打って繰り出された。
しかし、その程度を食らってくれるような相手ならば苦労はない。
「先ずハ見事ダと言っておコウか。シかし、些か礼儀ニハ欠けるナ」
銅鑼を叩いた時によく似た、空気がビリビリと振動する硬質な大音が辺りに響く。
使徒の身体と大剣の間では空間が撓むように波打ち、その刃が使徒に触れるのを完全に阻んでいた。
「魔力障壁……まぁ、持ってるわよね」
忌々しげに呟くセラフィムに、使徒はツルリとした貌を愉快げに歪めた。もちろん表情など現れようのない顔である。これはセラフィムが気配からそう感じたというだけのことであり、だからこそ、セラフィムもその慢心を馬鹿めと言外に嘲笑う。
「『貪り喰らえ』」
「ヌ――!?」
セラフィムの呟いた言葉に、大剣が脈打つように鳴動した。
瞬間――
大剣の刃を完璧に阻んでいた魔力障壁が急速に衰えていくのを使徒は感じた。まるで底の抜けた瓶に水を汲むかのように、維持と脱力の比率が釣り合わない。
早々に障壁の維持を放棄した使徒は、駄目元で障壁を爆裂術式に変換。刃が振り抜かれる寸前で跳び退る。
しかし回避にこそ成功したものの、変換された術式は起動することなく霧消していた。
「偶然なんだけど、私の勘も捨てたもんじゃないわね」
言ってセラフィムは大剣を両手で持ち腰だめに構えた。
セラフィムが振るう大剣は銘を【餓え渇いた王 (ベルゼビュート)】。あるイベントに於ける七体の王のうち、暴食王を倒すことで得られる素材から製作可能な魔剣である。
武器のレアリティは上から“神器”・“聖剣”・“魔剣”・“宝剣”・“名剣”・“無銘”と他の装備品とは異なる独特な分類で区別されており、どのような種類の武器でも◯剣という風に表される。(神器のみ特殊カテゴリーのため例外)
この内“魔剣”以上のレアリティの装備品には一つから三つ、武器そのものにスキルが付与されている。それらはアクティブ(任意発動型)なものもあればパッシブ(常時発動型)なものも存在する。
【ベルゼビュート】に付与されているスキルはアクティブとパッシブが一つずつ。アクティブスキルの効果は口訣と呼ばれるコールによって起動するもので、『刀身に接触している非物質吸収』である。
例えば岩塊を叩きつけるような魔法は無理でも、炎や風等の魔法であれば接触している限り吸収し装備者のMPに還元できるのである。“魔力”障壁は言うに及ばずである。
セラフィムは跳ねるように使徒へと突撃し、もはや重さという概念など知らないかのように大剣を縦横無尽に振り回す。
使徒はこれを手に持ったステッキで巧みに逸らし、払い、パーリングしていくが、それでもその余波までは完全に防ぎ切れず、着ている悪趣味な貴族服が切り裂かれていく。
「『ネイル・グラヴィトン』!」
大上段から叩きつけられた大剣を使徒はステッキで受け止めるも、余波だけで立っている地面が押し潰されるように陥没する。
その衝撃でステッキから滑り落ちるように大剣は地面を深く切り穿った。
「『ジャイル・タービュランス』!」
返す刀で振り上げられた大剣は音を置き去りにし、それによって生じた衝撃波と切り裂かれた空気が格子状に牙を剥く。
先の一撃で姿勢を崩していた使徒は回避にも防御にも僅かに遅れ、その身を浮かせるという隙を晒してしまう。
「『オーバーエッジ』! 『スラスデッド・スライサー』!」
その隙を逃さず、空かさず刀身を魔力で強化しながら、跳躍。纏う魔力で幅と長さ肥大化した大剣を横一文字に振り抜き、間髪入れずに唐竹割りに振り落とした。
杖で横の一撃を辛うじて防ぐも、次いで落とされた一撃をまともに受けた使徒は爆音を伴って大地へと強打された。
上手く決まったコンボを誇ることもなく、休む暇など与えないと追撃を掛けようと着地の反動をそのままに攻撃態勢に移り――
ゴッ! と言う破裂音が強かにセラフィムを打ち付けた。
「剰リ……調子二乗るナ!」
総身から気炎を迸らせ、今やその正体を完全に表した使徒が吼えた。
腕の一振りだけで立ち込めた砂塵を一掃。
そこにいたのは、ヒトに類似した形をしていながら、各部位が決定的に異なる怪人のそれだ。
両の腕には肘から手首にかけて板が折り重なったような翼を備え、手首から先は杭のように鋭く長い五指が付いている。
総身はまるで延焼と言う概念が焦げ付いているかのように赤銅色に染まっている。
そして、何よりも見る者に強烈な不快感を叩きつけるのが、首から上以外の全身の至る所で蠢く無数の多種多様な眼だろう。
ヒトのようなものがある。
虫のような複眼がある。
魚のようなものがある。
獣のようなものがある。
鳥のようなものがある。
爬虫類のようなものがある。
多種多様の雑多な眼がギョロギョロと蠢く様は吐き気すら催しそうになる。
しかし、そんなことはお構い無しと言わんばかりに、氷で形作られた刀剣が、槍が、鎌が、矢が、鎚が雨霰と使徒へと降り注ぐ。
使徒はそれを予め予見していたように、氷細工の凶器のよる豪雨を杭のような両の五指で打ち砕いていく。
「まぁなんて醜い! そんな醜態を晒して……恥ずかしくはないのかしら?」
短杖【輝聖銀】を手遊びながら、エリスが嫌悪感も露にそんな言葉を吐き捨てる。
そしてそのまま嘲りの言葉を続けるような調子で、次の魔法を紡いだ。
「『マルチプル・レイ』」
指揮者が指揮棒を手繰るような流麗な動きで振るわれる短杖を起点に、幾つもの光線が使徒へ向けて出鱈目な軌道で殺到する。
その光線群は今しがた使徒が自身の手で破壊し、空中で浮遊散乱している氷細工の破片に乱反射を繰り返しながら四方八方、縦横無尽、完全なランダム軌道で襲いかかっていく。
無数の眼がその動きを見極めようとしているが、そんな暇はない。視認可能な動きを既に超えているのは明らかだ。それはどのような眼で、どのように視ていようと変わらない。
しかしそれでも、対象を絞り一瞬であるのならばその限りではないのも確かだ。
幾条もの光線群の包囲網。鏡面反射して無秩序に襲いかかるそれらは確かに視認は困難だ。だが、全てではなく確実に追えるものに絞ってしまえば活路は見出だせる。総身を覆う眼は飾りではないのだから。
使徒が光線の檻から脱する。防護魔法などを使わず離脱を選択したのはこれ以上敵に調子付かせるのを嫌ったためだ。
魔法にしろスキルにしろ、使用には一瞬の隙が生じる。ましてや全周防護魔法なんて高位魔法ならばなおさら。
だが、離脱ならば行動と行動を連続させることが出来る。脱し、逃れ、そのまま攻撃に転じれば良い。
故に、使徒が脱した方向は後ろでも横でもなく前方。地面すれすれを這うように翔び、まずは術者を――。
右手五指の杭を束ねた槍のような貫手が、エリスを刺し貫かんと抉り込まれた。
瞬動めいた一瞬の虚をついた動きは、攻撃型魔法使い系統の固定砲台が見切れるものではない。なまじ見切れたとしても身体が十二分に動く道理もない。
そう、魔法使いならば。
「……おばかさん」
「――っ!?」
「死ね」
それは瞬きを一瞬とするのならば正しく半瞬の交錯劇。
繰り出された必殺の一撃はエリスに当たる寸前。
残像を残す程の超高速移動によってインターセプトしたセラフィムの大剣が、下から打ち上げることで妨害。
一時的にで排除した敵による、別ベクトルへの動作妨害。
二重の不意打ちよって容易く右手が腕ごとかち上げられた。それは敵に己の胴体を差し出すに等しい愚行。
使徒は己の愚を理解するよりも早く、反射によって魔力障壁を胴体部へと展開する。
その試みは奏功し、セラフィムの切り上げから横一文字の斬檄に間に合った。
――間に合った、だけだった。
甲高い音が響き、次いで破裂音にも似た轟音が哭いた。
魔力障壁が叩き斬られ、その勢いを一切減じることなく振り抜いた大剣が使徒をブッ飛ばしたのである。
「強かに吹き飛ばされたように見えましたけれど、大事ないですか、お姉さま?」
「ん? 大丈夫だよ。ケレスのバフが効いてたしね」
言葉ほど気にしていないような様子で問うエリスに、セラフィムもケロッとした顔で応える。
『スペクトラム』の魔法にはスペルキャストシステムが存在するが、別に詠唱しなければ発動しないわけではない。
詠唱した方が利は多いが、詠唱せずにコールした方が良い場合もある。例えば、相手に知られずに発動可能である事とか。
ケレスは最高方で村人たちを護ると同時、戦闘を俯瞰的に観察することでセラフィムへと都度効果的なバフ――支援魔法を絶えずセラフィムへと行い続けていたのだ。
「ところで、気付いた?」
「……ええ。あの使徒、第三位階種にしては…………」
「うん。弱い、と言うか頭が悪い?」
セラフィムのレベルがカンストしており。武器は最高峰のものを用いていて。オーバー二百レベルの魔法の支援があった。
とは言え、セラフィムの現在纏っているドレスは魅せ装備である。確かに高レアリティの装備であり、その効果も強力だが、決してボス戦に耐えれるような性能ではない。
セラフィムの着ている赤いドレス――【鮮血亂染の舞踏服 (ディープブラッド)】はその効果こそ『一撃毎に魅了し、倒す毎に惹き付ける』という、チャームとヘイトチャージ・ブーストを戦闘中絶えず発動し続けるものだ。レベリングなどの通常戦闘でこそ効果的な装備だが、対ボス戦で使う類いのものではない。そもそも上位の使徒にデバフの殆どは無効なのである。
にも関わらず、セラフィムはケレスのバフが効いていたとは言えほぼ無傷であり、戦闘中も目の前で攻撃しているセラフィムに夢中だった印象があった。それは攻め手がエリスに変わったときも同様だ。
ゲームのモンスターなんてそんなもの。そういう話は既に昔の話である。それこそ、自立思考しないプラグラム通りの敵性体なんてものはVR普及当初にまで遡る。
無個性で思考しないNPCなど存在しないのだ。
そもそも、此処はゲームじゃない。少なくともセラフィムたちはこれを現実だと認めている。
ならば、よほど頭が悪くない限り対多戦闘で目の前の敵に夢中になるなんて愚は、起こす筈がない。
吹き飛ばされ、転がり、もうもうと砂塵を巻き上げている使徒からは未だにリアクションがない。
魔力障壁ごと叩き斬ったとはいえ、その程度で決着がつく筈がないのだが……。
セラフィムは警戒したまま、ケレスのバフの上から自らもルーン魔術によるバフをかける。
タッ、と跳ねるよう二、三歩ほど大剣を地面を擦るように脇構えにしたまま駆け出した。
「『スラッシュザンバー』!」
駆け足の勢いを活かしたままに、身体ごと回転する勢いで大剣を振り回す。
大剣の軌道をなぞるように射出された斬檄が砂塵を凪ぎ払っていく。
けれど、そこには既になにも無く。
ただ、枝というには太く、薪というには長い枯れた木の棒のようなものが転がっているだけで……。
遅くなり申し訳ありません。
キリ良く切れなかったためちょっと長めでした。