Thinking Tim
ⅩⅠ.
先の童姿の魔王出現と、それに伴うモンスターの襲撃でこの辺り一体を治めていた領主が不在になった。
と言うのも、件の交易都市の領主こそがこの辺りを治める貴族であったのだと言う。
それまではモンスターの襲撃等もほぼ無く、それに伴い賊落ちする者もあまりいなかったためこの辺りは比較的平和だった。
しかし、先の事件以降モンスターの出現が日増しし、幾つかの小さな村は蹂躙され残った者たちの多くが賊に身をやつしたのだという。
貴族への嘆願もなしのつぶてであり、この村ももうダメかと日々を震えて居た所に幼い半吸血鬼の双子が立ち寄るようになった。
双子はそこらのリベリオンたちよりも余程強く、彼女らのお陰でモンスターに襲撃されることなく、また賊の被害にも遭わず今日まで平和に暮らせていた。
ところが、あれだけ出していた嘆願書がピタリと止まったことを不振にでも思ったか、先日とある貴族の遣いだという者が表れ村民に事情聴取を始めた。
村民たちは貴族には逆らえぬ、と双子に類が及ばないように言葉を濁しながら、ぼかしつつも事実を語った。
それにより平和になったと判断したらしい貴族――新たな領主は、また違う使いを出してこう言ってきた。
「慰問・慰撫のために近隣の村々を周る。ついては各領民は若い娘を数人用意しておくように」
と。それは隠す気もないような娘を差し出せという酷薄なお触れ。
今日まで無視しておきながら、いざ問題が解決したと見るやこの命令。
これで唯々諾々と従っていられるか、と貴族への反乱の気勢を上げる若者と、貴族に逆らっては先がないと諦め若者たちを宥める年寄り、という事態が現状なのだという。
そんなことをセラフィムは件の双子の片割れ、エリスから聞いて。
――頭を抱えていた。
「前領主が居なくなったのは妹たちのせい。村を救っていたのも妹たち。若者たちが血気に盛っていたのも妹たちを頼っての事……。私の妹たちの影響力すごすぎぃ……」
冗談めいた言葉にも張りがなかった。
セラフィムに妹たちを糾弾する気はさらさら無い。
そもそも亡くなった領主が妹たちにちょっかいを出さず、また裏で悪魔と取引なんぞしていなければこんなことにはならなかったのだ。
誰が悪いか? 亡くなった領主が悪い。では妹たちに責任はないのか? ある訳がない。
それがセラフィムの個人的な感想である。
セラフィム個人の感情としては妹たちに責任なんか一つも無い。正当防衛と善意からの行動であり、若者たちが頼りにしたのも仕方がないとは言え、自力で出来ないようなことを企てるなという話だ。
しかし、これを視点を変えて村民たちの側に立って考えればそうも言ってられない。
悪魔と取引をしていたというのは噂と、妹たちの言以外に証明するものがない。
正当防衛の件にしても、それを証言する者が一人もいない。何せその場に居た者は皆死んでるのだから。
客観的に見た場合、妹たちは果たして悪くないのか否か……。
ちなみに、悪魔の件……と言うか領主及び都市破壊の件について聞くのをすっかり忘れていたセラフィムは、そこら辺も改めてさっき聞いたばかりである。
なんか忘れてる気がするなー、と思いつつも、妹たちと合流出来た嬉しさとその後のドタドタで忘却の彼方だったのである。廃墟とか『スペクトラム』では別段珍しくもないし。
妹たちにしても、既に終わったことなので全く気にしていなかった。彼女たちも彼女たちで、基本的にお姉さまのことばかりが頭と心を占めていたので。
閑話休題。
セラフィムは“考える人”を越えるよじれっぷりで頭を悩ませていた。
介入すること事態は決定事項である。妹たちもお姉さまのお好きなように、と反対はしていない。
セラフィムにとっては【自由】とは、非常に得難く、尊く、侵してはならない絶対不可侵のものである。
セラフィムには――セラフィムというプレイヤーの少女には自由が無かった。白く清潔な部屋から出ることを許されず、好きなものを食べることも飲む事も出来なかった。
凡そ自由というものが無い彼女の世界で、唯一自由だったのは眠ることのみ。その後に得た自由にしても『閃律のスペクトラム』というゲームの中の虚構・架空の世界のことである。
彼女にとって自由を侵すものは押し並べて悪である。奴隷など、その最たるものだと言っても良い。
新たな領主であるところのリガルド某男爵。僻地にまで悪評轟く商人上がりの貴族であり、扱う品物は専ら奴隷であるという。
もしもこれがゲームならば、セラフィムはこちらから打って出て男爵一行を殲滅していたであろう。
思考を放棄した、力こそパワーとでも言うような脳筋ばりの所業だが、ゲームであるならばそれで事足りたのだ。
倒された悪には倒されるべき理由があり、それらはゲームの仕様として倒されることが是とされていた。そうでなければPKプレイヤーの様な悪人PCが賞金首として列挙され、打倒者に賞金が入ったりしないのだから。
けれど、ここはゲームではなく、悪人を勝手に殺して良いという法は無い。いや、もしこれが賊だとかならばそれでも良い。所詮は庶民の、しかも落伍者。正当防衛が罷り通るだろう。
だが今回は一国の貴族である。悪評が轟いていようが、国がそれを取り締まっていない以上、また奴隷というものを認めている以上、それを貴族でもない王族でもない一個人が勝手に判断して殺して良い等という事はないのだ。
セラフィムは確かに一般教養や常識に疎いところがあるが、それでもその程度はわかる。その程度は理解して悩むだけの冷静がまだ在る。
ここで問題の貴族を殺し、その責をセラフィムが被る。それ事態は別にどうでも良い。気にしない。けれど、それが村人たちにまで及ばないとどうして言えるのか。
そしてそれ以上に、そんなことで妹たちまで後ろ指を指されるようにはしたくはないのだ。
その妹たちは今、若者たちが血気に逸って自棄にならないように見張ってもらっている。
セラフィムは例の道具屋のおばさんに頼んで一室借り、一人うんうんと頭を捻っているのである。
どうすれば村人たちみんなが無事で、妹たちにも責が及ばず、貴族を排せるのか。
セラフィムにとって一番大事なのは妹たちであることは言うまでもない。だけれど、だからと言って知ってしまったことを見逃せる程、人でなしでもない。冷たくはなれない。
だが、時間は有限だ。猶予は無いのだ。
だからまぁ、先に言ってしまうのなら。
下手の考え休むに似たり。
それは起きるべくして起こった。
そもそも忘れてはならなかったのだ。
セラフィム・ソルフェージュはキレ易く、動き出すと止まらないのだ、と。
そして、それは彼女のみに当てはまる事柄ではない――。
今日はもう一回更新したい(願望)




