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立ち込める暗雲

Ⅹ.


 その村は腰の高さよりもやや高い程度の柵で最低限の防備を築いているような、小さな村だった。

 村の奥からは鶏や牛などの鳴き声が聞こえ、近くには森があることからこの村の生活形態がなんとなく察せられるだろう。

 だがそんな長閑な村は、セラフィムたちが立ち入る前から既に慌ただしく村民たちが右往左往していた。

 いや、よく見ると右往左往しているのは年老いた者たちばかりで、若者たちはどこか血気に逸っているようにも見える。

 どうしたのだろうか。そう思い、セラフィムは困り顔にやや諦感を滲ませたおばさんに声をかけてみた。


「なんだい、こんな時に……って、お嬢ちゃんたち!」

「あら、道具屋のおばさまじゃない。ごきげんよう――っていう様子でもなさそうね」

「どうしたの? またモンスター?」

「あれ、知り合い?」


 困り顔を驚愕に塗り替えたおばさんに、涼しい顔で挨拶をするエリスと眉を寄せて尋ねるケレス。そして、親しげな様子に間抜け顔のセラフィム。

 そんな三者三様の反応をする三人に、しかしおばさんは直ぐに表情を険しくする。


「ああ、なんだってこんな時に……。お嬢ちゃんたち、悪いことは言わない。早くこの村から出な。面倒なことになる前にね」


 急かすような言葉はこちらを慮ってのことだと理解できる。しかし、事情もわからずはいそうですかとはいかない。

 セラフィムにとっては初めて訪れる村でも、妹たちはお世話になったようだし、このおばさんともそれなりに親しい様子。それだけで、セラフィムにとっては話を聞くには十分な理由だった。


「落ちついてください。何があったんですか?」

「何って……あんたは?」

「あ、申し遅れました。私はこの子たちの姉で、セラフィムと申します」

「ああ、あんたがこの娘たちの言ってたお姉さまなんだね。よかったじゃないかお嬢ちゃんたち。ちゃんとお姉さまに逢えて。……けど、だからこそ早く村を出な」


 おばさんは双子へと人好きのする笑みを浮かべるも、それは一瞬。すぐに険しい顔に戻って三人の背を押すように村から出ることを強く勧める。


「ちょ、ちょっとちょっと! だから何があったんですかってば!? 私たちそれなりに強いし、困り事なら話くらい聞きますよ!」

「強い弱いは関係ないさね! もう少しでここらを治める新しい領主が来るのさ! それも、とびっきり悪い噂のお貴族様がね!」

「それとこれとどういう――」

「ああもう! わかんない子だね! あんたらみたいな良い娘が居たら、ロクでもない言い掛かりを付けられて連れてかれちまうって言ってるのさ!」


 あの娘たちみたいににね! そう言っておばさんが指指す先には、さめざめと泣く見目の良い村娘たちと、そんな彼女たちの傍で口論している男たちが居た。


「言いなりになる必要なんて無い! 今日の今日まで俺たちを放っておいた奴らなんだぞ!」

「馬鹿! だからって歯向かったらこんな村、直ぐに潰されちまう!」

「だから言われた通りに若い女をくれてやるのか!? こいつらを、ミーシャたちを犠牲にするってのか!」

「そうじゃない! そうじゃないが……」

「そういう事だろう! リガルド男爵の、あの悪徳奴隷商人の悪評くらいお前らだって知ってるだろう!?」


 喧喧囂囂の騒ぎを横目にしていたセラフィムの耳には、けれどしっかりと彼らの口論の内容が聞こえてきた。

 だからこそ、セラフィムは瞬間的に不快げな表情になり、流麗な動きでもってスルリとおばさんの手から逃れる。

 セラフィムはそのままずんずんと男たちの元に行くと、一言、声を掛けた。


「その話、本当ですか?」


 その声は決して大きくはなかった。

 けれど、男たちがピタリと口論を止める程度には良く通った。

 その声色は氷のように冷たく、鋭利な刃物を突きつけられたような錯覚を聞く者に与える。

 だからだろう。誰もが声を出せない。

 見ればわかる、突然現れた余所者。しかも片方だけとは言え翼を持つことから人族ですらない。加えて成人してるかどうかも怪しい小娘だ。

 普段の彼らならば言っただろう。余所者は引っ込んでろ。他種族が俺たちの問題に口を出すな。お前のようなガキに何がわかる。そんな心ない言葉を、今の切迫した状況だからこそ、強く口にしただろう。

 だが、出来ない。

 わかるのだ。わかってしまうのだ。

 目の前に居る娘は怒っている。その怒りは激怒とかそういう類いのものではなくて。

 あえて言うのなら、子供を取り上げられた肉食獣のそれだ。

 言葉など意味を成さない。どころか、下手な刺激はそれだけでこちらの身が危ない。

 口を噤み、青褪める男たちの様子に殊更不快げに眉を寄せるセラフィムを、けれど小さな手が押し止めた。


「お姉さま、そんなに殺気立っては話せるものも話せなくなりますわよ」

「お姉さま。お姉さまにそんな顔は似合わないの……」


 あ……、と。

 セラフィムは二人の妹たちの小さな手のやや低い温もりを感じることで、ようやく自分が怒りで周りが見えてないことに気づいた。

 急速にクールダウンしていくセラフィムは、ややばつの悪い顔をする。

 そんなセラフィムの様子に、エリスが一歩前に出て鈴の転がるような声で改めて問うた。


「さて、事情をお聞かせいただけますかしら?」


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