008 失われる研究費
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「すみませーん、部屋を借りたいんですけど空き部屋はありますか?」
宿屋に着いた二人はカウンターの奥で仕事をしている店主に声をかける。
店主は声に気付くと笑顔を浮かべながらカウンターにやって来る。
「いらっしゃいませ、空き部屋ならいくつかありますよ」
アルはその言葉を聞いて内心ガッツポーズをする。
実はこれまでも何軒か宿屋を回ったのだが時間帯が遅いだけにどこも全滅だったのだ。
これでようやく休むことが出来るとアルはホッとする。
「部屋は一つで構いませんでしょうか?」
「あ、それで「二つよ」……は?」
店主の言葉にアルが頷こうとした瞬間、それまで黙っていたルミアが口を挟む。
アルは思わず固まってしまうが直ぐに我に返る。
「いやいや何でですか、一つで良いですから」
アルはルミアの言葉を即座に否定し、店主に伝える。
しかしそれを許さないのがルミアだ。
「はぁ!? あんた何言ってるの!? なんで私があんたと一緒の部屋で寝なくちゃいけないわけ!?」
確かに年頃の女の子が、男と一緒の部屋で夜を過ごすなんて普通に考えたらあり得ないだろう。
しかしそんなことアルにはどうでもいい。
アルはただ出来るだけ自分の金を他人のために使いたくないのだ。
「ただでさえお金がないのに一人一部屋だと無駄です。二人一部屋で十分です」
「うっ……」
こんなことを言っているがそんなの建前である。
アルは単純に、他人のために一部屋を借りるなんて許せなかっただけだ。
ルミアも自分が旅費全てを失くしてしまったのを自覚しているのだろう。
アルを睨みながらもそれ以上は文句を言ってこない。
「……えっと、一部屋でよろしいですね?」
「あ、はい。それでお願いします」
そんな二人に店主がおずおずと聞いてくる。
アルは笑顔を浮かべながら、それに頷いた。
「ってやっぱり無理!」
「今更そんなこと言われても……」
店主に教えられた部屋へやってきた二人。
すると突然ルミアが声をあげる。
しかし既に部屋も用意してもらった以上、店主に二度手間をかけさせるのも申し訳ない。
「だってベッドだってこんなに近いじゃない!」
ルミアは部屋に置かれてある二つのベッドを指さしながらそう言う。
確かにルミアの言う通り、ベッドの距離が近いような気がしないでもない。
内心頷くアルにルミアは畳みかけるように言葉を続ける。
「そ、それにお風呂に入れるのはいいけど、脱衣所も何もないじゃない!」
ルミアは顔を真っ赤にしながらアルを睨む。
この部屋はルミアが強く希望したために普通よりも少し高めのお風呂付の部屋にしてもらったのだ。
本当だったらそんなことアルは認めないのだが、アルも疲れていたし、汗を流せるのであればとルミアの希望通りにしている。
しかしどうやら脱衣所がないらしい。
つまりこのベッドがある部屋で色々と準備して、それから浴室に行かなければいけないということである。
もちろん着替えを浴室に持っていくという手段はあるが、それでは湿気で湿ってしまうだろう。
「うぅ……!」
ルミアは唸りながらアルを睨む。
しかしそんなことを言われてもアルだってこの部屋がそんな作りになっているのは知らなかったのだ。
「あー……じゃあルミア様が着替える時は、部屋の外で待っておくので。それでどうですか?」
そこでアルは妥協案を出す。
それならばルミアも心配することなく着替えることが出来るだろう。
ルミアはアルを睨みつつ、それなら……と頷く。
どうやら部屋の変更はしなくてもいいようだとアルはホッと息を吐く。
『……ぐぅ』
その時部屋の中に誰かの腹の虫が鳴き声を上げる。
アルは思わず自分のお腹を見つめるが、そこまで腹が減っているというわけでもない。
ということは、とアルはルミアに視線を向ける。
「……な、なによっ」
するとそこには顔を真っ赤にするルミアがいた。
どうやらお腹の音を聞かれたのが恥ずかしかったらしく、不機嫌そうに眼を逸らしている。
「えっと、じゃあ俺そろそろお腹も減ったんで下で何か食べ物貰ってきますよ。その間にお風呂入ってくれてたらいいですし」
アルはそれ以上何かを言うでもなく、部屋を出る。
視界の隅で驚いたような顔のルミアが見えたような気がしたが、アルは気にしないことにした。
確か先ほどカウンターで店主と話していた時に、食堂のようなものがあったはずだ。
そこで何か頼めば、部屋に持っていくくらいのことなら許してもらえるだろう。
アルはそこまで食欲があるわけじゃない自分のお腹に手を置きながら、どんなメニューがあるのか考えていた。
「ルミア様ー、入っても大丈夫ですかー?」
アルはお盆に乗った料理を持ちながら部屋の中へ声をかける。
もしここで何の確認もせず部屋へ入って、裸のルミアと鉢合わせなんてことになったら後が怖い。
「……? まだ浴室なのか?」
しかし部屋の中から反応がない。
アルは廊下においてあった小さな机にお盆を置き、部屋の扉を背もたれにして座り込む。
「あー、俺の研究費がー……」
これまで宮廷魔導士の後輩であるリアにでさえ奢ったこともなかったのに、それがこんなところでお金を使わされるとは思っていなかった。
アルは小さくため息を吐きながら視線を落とした。
『————』
その時、部屋の中から大きな音がしたかと思うとルミアの叫び声のようなものが聞こえてきた。