007 苦渋の選択
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「はぁ、やっと一つ目の街か……」
長い馬車での移動を経て、アルたちは出発してから一つ目の街に辿り着いた。
さすがにルミアも疲れているのかいつものような罵声も飛んでこない。
「今日のところは早めに宿で休みましょうか」
「……そうね」
アルの提案にルミアが頷く。
その顔は幾分か気分が悪そうだ。
夕食時というときもあり人通りは意外と多い。
これははぐれないように気を付けなければとアルはルミアに少しだけ近づく。
因みに出来るだけ一目につかないように、ルミアには既に着替えてもらっている。
王宮にいた時は綺麗なドレスを身に纏っていたが、今は若干庶民よりの服装だ。
むしろ全身真っ黒のアルの方が周りからは視線を向けられている。
「あ、そういえば今回の旅費はルミア様に渡してあると伺ってますが」
「もちろんよ。あんたなんかに渡してどこかで落とされでもしたら困るじゃない」
「はぁ、そうですか」
アルがお金をそういう風に扱うことは絶対にあり得ないのだが、ルミアが言うのであれば仕方がない。
それにさすがのルミアもお金を失くしたりするなんてことはないだろう。
「……あれ?」
しかしその時、ルミアが困惑したような声をあげた。
アルはそんなルミアに視線を向ける。
ルミアは何かを探しているようで腰ら辺をぱたぱた叩いていた。
「……どうかしましたか?」
その時点でアルは嫌な予感がしてならなかったが聞かないというわけにもいかない。
「…………」
ルミアは気まずそうにアルから視線を逸らし、決して目を合わせようとしない。
そんなルミアの視線の先にアルは回り込む。
「お金、どうかしたんですか?」
「うっ……」
「早くしないと宿屋の部屋がなくなっちゃうかもしれませんよ」
「うぅ……」
アルは黙り込むルミアを急かす。
今アルが考えている通りの事態だったにせよ、出来るだけ早く行動を取るようにして損はない。
「お、お金がないのよ」
珍しく強気なアルに対して、遂にルミアが本当のことを話す。
既に半ば予想していたとはいえ、やはり本当にお金をなくしてしまったらしい事実はさすがのアルもどうするか悩む。
王宮を出発する際、アルはルミアがお金を持っていたのをそれとなく確認していた。
そして馬車を降りる際も何か忘れ物をしてないかとちゃんと確かめたはずだ。
それなのに今ルミアがお金を失くしてしまったということは、どこかで落としたか、或いは誰かに掏られたかのどちらかだろう。
どちらにせよこの人混みでは今更そのお金が帰って来るわけにもいかない。
「……まぁ俺ももうちょっと気を付けておくべきでした」
ルミアはお金の入っているだろう布袋を腰のベルトに絡めていた。
今思えば人通りの多いところで、そんなあからさまにお金をぶら下げていたら盗られてしまっても文句は言えない。
そしてそれを最初に指摘しなかったのは間違いなくアルの過失だ。
「そ、そうよ。護衛なんだからもっとちゃんとしてよね」
アルの言葉に少しは本調子になるルミアの理不尽っぷり。
それが面白くてアルはつい笑ってしまいそうになる。
しかしいつまでもそんなことは言ってられない。
お金が無いということはこれからアルたちは宿屋に泊まることはおろか、満足に食事を取ることも出来ないのだ。
「ひとまずは当面の旅費を稼がなくちゃいけませんね……」
「こ、こんな時間から……?」
確かにルミアの言う通りだ。
既に暗くなり始めている以上、闇雲に行動するのは良くない。
「…………」
アル自身、別の案が無いわけではない。
むしろ今の状況ではそれが最善策であることもちゃんと分かっている。
しかし本当にそれでいいのかと、アルは自分自身に問いかけていた。
「……はぁ、今日は早めに宿屋に行きましょう」
結局それ以上に良い案などアルには思いつかず、やむを得ざるを無かった。
だがルミアはアルの言葉に首を傾げる。
「え、でもお金は……?」
自分が失くしてしまったという自覚があるのかその声は若干弱弱しい。
そんなルミアの言葉にアルはローブの中から布袋を取り出す。
「実は俺も少しだけですが用意していたんですよ。たぶん三日分くらいしかありませんが。これで今夜は宿屋に泊まりましょう」
「へ、へぇ。案外気が利くじゃない」
しかし実はこれはアルにとって苦渋の選択だった。
なぜならアルはこれまで自分の研究のためにしかお金を使ったことが無い。
それなのに突然こんなことになり、他人の宿代を出すことになってしまっている。
それがアルにとってどれだけ悩みに悩んだ結果なのか、想像するに易しい。
けれど幸いルミアの機嫌は多少とることが出来たらしい。
もしこれでルミアが何か文句を言おうものなら、今日は野宿でもすることになっていただろう。
もちろん飯抜きだ。
アルはこれから自分の持ってきた布袋が少しずつ軽くなっていくことを考えると、憂鬱で仕方がなかった。