016 化け物の片鱗
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「ほら帰るぞ」
「……え、え?」
突然現れたアルにルナは戸惑いの色を隠せない。
しかもアルは普段の敬語ではなく砕けた言葉遣いをしていて、恐らくそれが自然体なのだろうが、ルミアはどうしても違和感を感じてしまう。
そんなルミアに気付きながらもアルはルミアの手を取り、自分の身体に寄りかからせる。
そしてそのまままるで敵を無視するかのような足取りで暗殺者たちの隙間を潜り抜けようとする。
しかし暗殺者たちもそんな二人を黙って見ているだけではない。
当然行く手を阻む。
「ど、どうしてあんたがここにいるの?」
ルミアはアルに身体を寄せながら聞く。
それは少しだけ責めるような口調だ。
ルミアにとってアルという人間の評価は確かに少し上がっただろう。
しかしそれはあくまでも人間性での話だ。
アルは確かにルミアを良く気遣ってくれる。
ただそれだけであって、別にアルの実力を認めたわけじゃない。
むしろ実力に関してだけだったら宮廷魔導士でも最底辺のレベルではないかとさえ思っている。
そんなアルが自分を追い詰めている暗殺者たちをどう相手にしようというのだろう。
もしかしたらアルは護衛だからという理由だけで、逃げずにこんなところまでやって来たというのだろうか。
もし本当にそうだったとしたら今すぐに逃げてほしい。
ルミアは自分に関わったせいでアルの命が危なくなるなんてことにはなってほしくなかった。
「ルミアがここにいるからだろ?」
しかしルミアの質問に対してアルの答えは、ルミアの想像していたものとは異なっていた。
護衛だからここにいる、というものと似ているようで違う。
護衛対象だから、仕事だから。
そんな答えとは比べ物にならないほど温かいアルの答えに、ルミアは思わず拳を握った。
何としても、アルだけはここから逃げて生きてもらいたい。
こんなところで無駄死にしていいような人ではないのだ。
自分が危険な目に遭うのは仕方ない。
ここまで自分のことを考えていてくれたアルに対して、散々な態度をとったから、罰が当たったんだ。
ルミアはとっくに尽きてしまった魔力を何とか絞り出そうと力を込める。
一瞬でもいいからアルが逃げられるだけの隙を作りだせば、それでいい。
ルミアの祈りが届いたのか、尽きていたはずの魔力が身体の中心に集まって来るような気がする。
それを感じたルミアはアルに、自分が隙を作る間に逃げてと伝えるため、アルを見上げる。
『大丈夫』
その時、アルと目が合う。
アルは何かをしようとするルミアの耳元に口を寄せると、小さく呟いた。
そしてその頭に手を置く。
それだけで、それまでルミアが必死に掻き集めていた魔力たちが霧散する。
何が大丈夫なのかルミアには理解できない。
しかしアルの瞳を見た瞬間、あぁ大丈夫なんだ、と無意識のうちに理解してしまったのだ。
「おい、お前たち。一応聞いておくが依頼人は誰だ?」
アルは辺りを見回しながら暗殺者の面々に尋ねる。
しかし当然のことだが彼らがアルの質問に答えることはない。
アル自身も答えてもらえるなど期待はしていなかったので、念のために聞いてみただけだ。
「なら、もう消えてくれ」
「——ッ!?」
その時、一瞬だけアルの魔力が垣間見える。
それだけで暗殺者たちは身震いを禁じえなかった。
この男はやばい、自分たちの敵う相手ではない。
普通からしてみればそれだけでもこの暗殺者たちが相当な熟練者だったことが分かる。
しかしそれでも、それに気付くのはあまりにも遅すぎた。
暗殺者たちは咄嗟にアルから距離を取ろうと試みる。
だがどういうことだろう。
身体が動いている感覚がない。
それどころか妙に視線が低く感じる。
低く感じた視線をあげてみると、そこには頭の無い身体がいくつも呆然と立ち尽くしていた。
首からは血が噴き出しいて、自分の頬に血の雨が降る。
暗殺者たちは今自分たちが見ている頭の無い身体が誰のものか悟った。
そして自分たちがこの後どうなるのかも。
いつの間になんて感じる暇すらあり得ない。
アルが消えろと言った瞬間には既に、魔法は放たれていたのだ。
ろくな予備動作もなければ、その強大な魔力すら感じることが出来たのは一瞬きり。
もしかしたら自分たちはとんでもない化け物の尾を踏んでしまったのではないだろうか。
暗殺者たちがそのことに気付いた時、彼らの命は既にこの世から消え去っていた。