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013 アルという男


「はい、確かに。こちらが翼竜討伐のクエストは達成報酬です。もちろん追加報酬も含まれていますので安心してください」


「ありがとうございます」


 アルは頭を気を利かせてくれた受付に礼を言いながら報酬を受け取る。

 これなら恐らく一週間ちょっとは大丈夫そうだ。

 たった一個のクエストで一週間暮らせるというのは大げさかと思うかもしれないが、翼竜自体そもそもモンスターの中では強い部類に含まれる。


 宮廷魔導士やそれと同等のレベルの魔法使いであるからこそ一瞬で倒せたが、普通の冒険者たちならもっと数を積んで挑むのが定石だ。

 そう考えると今回の報酬も妥当だろう。


「ひ、ひとまずは昼食にしようか」


 アルは苦笑いを浮かべながらルミアに提案する。

 ルミアは相変わらず不機嫌そうな顔を浮かべながらも、空腹には勝てないのか頷く。

 アル自身、帰って来るまでに何度お腹が鳴ったか分からない。

 ぶっちゃけ昼食を買っておいた方が良かったと後悔したほどだ。


 二人は商店街を歩きながら良さそうなお店がないか探す。

 結構お腹も空いているし、出来ればちゃんとしたものが食べたい。


「あ、ここなんかどうですか?」


「良いんじゃない? 美味しそうな匂いもいい感じだし」


「じゃあここにしますか」


 そう言って二人が選んだのは一軒の定食屋。

 どうやら豊富なメニューが人気の定食屋らしい。

 店の中は既に配給し終えた料理を美味しそうに頬張る客がたくさんいる。


「俺はこれにします」


「じゃあ私はこれで」


 二人は注文を聞きに来た店員にそれぞれ食べたいものを伝えると、料理が来るのを待つ。


「…………」


 待つ間特に話題もない二人の間は無言に包まれている。

 話そうと思えば話せなくもないのかもしれないが、無理に話をして、空気が悪くなる可能性だって少なからずあるだろう。

 それならこのまま無言でいる方が二人にとっても得策だろうとアルは無言で料理を待ち続ける。


『ぐう……』


 その時、アルのすぐ近くからお腹の鳴る音が聞こえてくる。

 しかもそれが他の客たちの話声の中でも聞こえてしまうほど大きな音で、だ。

 音のした方へ視線を向けてみればルミアが恥ずかしそうに顔を真っ赤にして俯いている。

 だがお腹が鳴るのも無理はない。

 アルも気を緩めたらすぐにお腹が鳴ってしまいそうだ。


「……っ」


 しかしやはりルミアも女の子である以上、アルが感じる以上の羞恥があるのだろう。

 そんなルミアを見て、アルは一度だけ気を緩める。

 もちろん周りからの殺気や敵意というものにはちゃんと注意を向けているので大丈夫だ。


『ぐぅ』


 その直後、アルのお腹が鳴る。

 ルミアほどではないにせよ、すぐ近くくらいだったら恐らく聞こえるだろうレベルの大きさだ。

 そしてそれはもちろんルミアの耳に届いているだろう。


「…………」


 ルミアは少し意外そうな視線をアルに向ける。

 まだ少しの時間しか一緒に居ないが、それでも誰かの前でお腹を鳴らすような人ではないと思っていたのだ。

 しかしすぐにそうではないと気付く。

 アルは恐らく自分が恥ずかしがっていたから、わざと気を緩めてお腹を鳴らしたのだ。


 それに気づいたルミアはもう一度アルに視線を向ける。

 アルはお腹が鳴ったことを恥ずかしそうに苦笑いを浮かべている。

 もしかしたらこれまでもこういうことがあったのかもしれない。

 ルミアは自分がこの苦笑いに知らず知らずの内に頼っていたのが分かった。


「…………」


 その時、料理が運ばれてくる。

 アルは肉料理、ルミアは魚料理。

 もしかしたらこれさえもアルは自分のことを考えていたのだろうかともルミアは思ってしまう。

 ついさっきルミアたちは翼竜の討伐を終えた。

 そして今昼食をとるということになった時、恐らくルミアは無意識だが肉料理を避けていたのだろう。


 それにいち早く気付いたアルが店の前に肉や魚の絵も描かれていたこの店を選んだのかもしれない。

 実際のところそれがルミアの考えすぎなのかどうなのかは分からないが、一度考えだしたら止まらない。

 もしかしたらアルは自分が思っているよりもずっと自分のことを考えてくれているのだろうか。


「……いや、そんなはず」


 そんなはずない。

 アルが実は良い人かもしれないなんて、自分の勘違いだ。

 ルミアは首を振る。

 アルという男は、戦の時も軍の最後尾に引きこもってるだけの腰抜けで、宮廷魔導士という位に満足しているだけのろくでもない男だ。


 だからルミアはアルを頼らないし、何も望まない。

 ルミアの父であるシリス王から護衛として付けられていなければ、そもそもアルなどルミアと関わることもないだろう。

 だが護衛として付けられている以上、仕方なく行動を共にしているだけだ。


 ルミアは自分の目の前に置かれてある魚料理を見る。

 良い匂いは食欲を駆り立て、手を付けずにはいられない。

 そしてアルはというとルミアが食べ始めたのを見てから、自分の料理に手を付けている。

 また、そういうことをする。

 ルミアはアルのそういう姿を見て、アル=ヨルバンという人間が一層分からなくなった。

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