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001 その宮廷魔導士、暗殺者につき

新作始めて見ました。

他にも色々あげてるのでぜひ一読ください。


「退け! 退けぇ!」


 敵の指揮官らしき男の指示が聞こえてくる。

 軍の司令官であり大将の男は、敵の陣営がどんどん崩れていくのを見て頬が緩まずにはいられなかった。


「どんどん蹴散らしてしまえ!」


 そんな状況に男は気分を良くし味方へ指示を出す。

 そして指示された仲間たちも大きく声をあげながら逃げる敵を追いかける。


 今は何年も前から敵対する隣国との戦の真っ最中。

 戦況は明らかに自軍が優位に立っており、このまま戦に勝利してしまうのも時間の問題だろう。

 こうなればどれだけ損失を押さえるかが勝負どころ。

 それは誰の目から見ても明らかだった。


「……あ?」


 だから大将の男は一瞬のうちに起こった出来事に気付くことが出来なかった。

 今の今まで自分を守って来ていた直属の護衛たちの首が地面に転がっている。

 血飛沫が雨のように男の頬を滴る。

 そこで男は自分の視界とちょうど同じ高さにその首があることに気が付いた。


 恐る恐る視線をあげる。

 そこには自分の甲冑を身に纏う胴体だけの身体が立ち尽くしていた。


 その瞬間、男は自分の命の灯が一瞬にして消え去っていくのを感じた。

 そこには一切の猶予もない。

 男の暗くなっていく視界の先は――――遥か彼方の敵軍の最後尾。

 そこでは一人の男が欠伸を噛み殺しながらこちらへ手を伸ばしてきている光景が見えたような気がした。


 ◇   ◇


「はぁ、疲れた……」


 日も沈み始めた夕暮れ。

 王宮の敷地内にある中庭で一人の男が大きなため息を吐きながら歩いていた。

 男の名前はアル=ヨルバン。

 黒髪黒目というこの世界では少し珍しいその容姿は、黒いローブと相まって更に異色を放っている。


「先輩先輩! 今日も大活躍でしたね!」


「……あぁ?」


 そんなアルは突然、澄んだ声で声をかけられる。

 振り返った先には一人の少女が立っていた。


「なんだ、リアか」


「なんだとは失礼ですね! 可愛い後輩がこうして声をかけてあげているというのにっ」


「はいはい可愛い可愛い」


「むぅー!!!」


 リアと呼ばれた少女はアルのずさんな対応に不機嫌そうに頬を膨らませる。

 しかしアルはそんなリアのことなど知ったことではないという風に歩き続ける。


「ん、もしかして今から今回の報奨金を貰いに行く感じですか?」


「……そうだけど何?」


 思い出したように呟くリアに、アルは嫌な予感を覚えつつも頷く。

 リアの指摘するようにアルは今、つい先日行われた戦の報奨金を貰いに行こうとしていたのだ。


「先輩なんですからご飯とかおごってくださいよー」


「断る」


 リアの言葉に即答する。

 アルはこれまで何度も同じことを言われてきたがその都度今のように断っていた。


「一回くらい良いじゃないですかー。だってきっと今回もかなりな金額が入ってるんでしょ?」


「…………」


「なにせ先輩は敵の大将を討ち取ったんですから」


「おい馬鹿やめろ」


 アルは突然そんなことを言うリアの口を塞ぐ。

 そして誰にも聞かれていないか周りを確かめ、誰もいないことが分かるとホッとしたように息を吐く。


「お前、そんなこと誰かに聞かれたらどうするんだよ」


「……別に隠すようなことじゃないと思うんですけど」


「俺は隠したいの。対策とか練られたくないし」


「……むぅー」


 アルの言葉にどこか残念そうに俯くリア。

 そんなリアの姿を見てアルは溜息を零す。

 だがそれでもアルは現状を変えようとは思わない。


「……だって先輩、皆からも噂されてるじゃないですか。『宮廷魔導士』なくせして、ろくに活躍もしない腰抜けだって」


「その通りじゃないか」


 アルはリアの言葉に満足そうに頷く。

 しかしリアにはそれが納得できなかった。


「違います! 今回の戦だって先輩がいなかったら――っ」


 そこでリアは言葉を止める。

 アルがそれ以上は言うな、という視線をリアに向けてきていたのだ。


「俺が宮廷魔導士なのに軍の最後尾にいるっていうのは事実だし、それを不満に思うやつだっているさ」


 宮廷魔導士。

 それは魔法を使う者にとって何よりも名誉ある称号だ。

 もしその称号を与えられたならば、それだけで生活するには十分な資金が入り、国内においても確かな地位が確立される。

 だからこそ、その地位にありながらろくな戦功を残していないアルは周囲からの風当たりが強かった。


「それに俺がちゃんと働いてるってこと、リアは分かってくれてるだろ?」


「あ、当たり前です!」


「それならそれで十分だよ」


「……っ」


 アルはリアの頭を撫でる。

 アルにとっては自分のしたことなんて、知っていてほしい人が知ってくれているならそれだけで十分だった。


 だが、リアは仲間の兵士たちがアルに対して酷い言葉を向けているのは聞くに堪えない。

 出来ることならアルの本当の功績を声高に叫んでやりたいと何度思ったことか。

 それでもリアがそうしなかったのはアル自身がそれを望んでいないから。


 皆の知らないアルは本当は恐らく誰よりも味方の勝利に貢献しているだろう。

 軍の最後尾にいるのは、そこからでも十分に攻撃が届くからだ。

 毎回、戦で劣勢になった時、アルが風魔法を放てばそれだけで味方の勝利が決まる。

 アルが敵の大将を殺してくれるからこそ、リアたちは負けないのだ。


 もしアルの風魔法の存在が明るみになれば、敵は少なからず何かの対策を練って来るだろう。

 そうなれば軍の勝敗に関わってくる。

 だから軍の上層部は高い報奨金をアルに支払ってまで、あえて無能の仮面を被ってもらっているのだ。


「……じゃあ誰にも言わないのでご飯奢ってください!」


「断る!!」


 しかしそんな上層部の思惑は正直アルにとってみればどうでもいい。

 高い報奨金が貰えるのであれば何だってするし、あえて無能を演じ、周りから何と言われようとどうってことはない。

 何故ならアルは自分の研究のための費用を集められればそれで良いのである。

 だから人にご飯を奢るなんてもっての他だ。


「俺は空を飛びたいんだ」


 アルは飛行魔術の研究に、これまでの報奨金のほとんどを費やしていた。

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