#4 対人
ここはレオーネ共和国にある他国間最大貿易都市ボロハラン。
その為、日間最大人口密度はこの国の首都を大きく越えており、国により他国から集められた膨大な技術と情報は必ずここを通過すると言われている。
そんな都市に建っている、とある建物のとある部屋にて。
「ぐがぁーぐがぁー」(寝音)
「‥‥‥‥」
「ふぅごーふぅごー」(※寝音)
「‥‥‥‥」
「もぉげーもぉげー」(※※寝音)
「‥‥‥‥」
「Broooooooo‼︎ 、 Broooooooo!! 」(※※※寝音)
「‥‥ふん」(にぎぃ)
「ぎょえああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ななななな、何が起こった? 敵襲か、いや、それよりも俺の『ピー』が〜〜〜〜〜〜〜!!!!
俺の『ピー』が〜〜〜〜〜〜〜!!!!
崇星は長年連れ添った友の負傷に耐えあぐね、暫く友を抑えながらその他の身動きが取れなくなってしまっていた。
漸く痛みは治まってきたものの、やはりまだ名残が。ジンジンする。
ひょっとして明日から私は女として生きいくのかしら? しくしく(T_T)
理性が働いてきたところで、ふと目の前にいた見知らぬ女性に気がつく。
白いロングコートを着てミーシャと同じ猫耳を生やし、髪に軽くパーマのかかった、一言で言うと“お姉さん”という感じのタバコが好きそうな女性だ。
「どう?、良い目覚めだったかしら? 」
「起きて直ぐに気絶するところだったよ!! 信念で持ちこたえたが。」
「あら、そう。もぎ取るつもりでやったのに、残念だわ。」
え? 何この人? やばいって。命の危険を感じる。
と言うか、ミーシャは?ギルは? ひょっとして俺、捨てられたのか!?
何かあいつらが気に入らないことを俺はしてしまったのか? いやいや、俺はなるべくあいつらの機嫌をとる様に行動したはず。
いや、考えればこの世界の常識と地球の常識が同じであるわけが無い。俺が良きと思ってやった事が、こっちではすげー失礼な事だったのかもしれない。
現に此処にミーシャとギルの姿は見えず、やば女と俺だけの部屋で二人きりだ。
よく部屋を見渡すと、彼方此方に血の付いた剣や斧が立てかけられている。これで人の皮膚を剥ぎ、切断し、無惨な肉塊を作り上げるのだろう。
‥‥終わった。俺の身体はこの見た目美人の悪魔に解体され、世界を飛び回るのだ。
反撃したいのも山々だが、先の一撃が効いて身体が思う様に反応してくれない。
嗚呼女神様、お助けー。
「ミーシャとギルなら二人で今日の昼ご飯を買いに行ったわ。そして此処はレオーネ共和国の貿易都市、ボロハランにある冒険者ギルド『レクリエム』の特別冒険者専用宿泊施設の一室よ。
昨日、貴方が “私達のために”レッドジャギーの群れと闘って負傷しているから”と二人が此処に運んできたのよ。律儀ね。」
成る程な、此処にある武器は冒険者の物だったのか。ミーシャとギルも俺を見捨ててはなかったんだな。それどころか身体には手当の痕跡がある。取り敢えず安心した。
じゃあ、この女性は一体何者だ。
「私は只のミーシャの友達よ。だからジロジロ見ないでちょうだい、興奮するから。」
「見てねえよ。ってか最後の言葉は何だ!! 」
こんな事を恥じらいもなく淡々とよく言えたものだ。
「だから、私と貴方は今、誰も見ていない部屋で二人きり。変な気起こすなら今の内よ。」
何煽ってんだよ。それに言い方に色っぽさが無いから逆に不自然だ。
おっと、ここで足音が聞こえてきた。ミーシャとギルの御帰還か?
良かった。こんな女と同じ部屋にずっといるなんて『ピー』が幾らあっても足りない。
部屋に一つしかない、装飾の凝った天使の描かれた扉が開かれた。
「只今帰ったぜぃ。」
「只今帰りました。」
二人は部屋に入って直ぐに崇星が起きている事に気がついた。その瞬間を待ち望んでた様だ。
「おうおう、やっと目が覚めたか!! 4日間もそのままだったから、こっちは超心配してたんだぜ。」
「そうです。崇星が起こした大爆発の後、偶々馬がジャギーに怯えてその場から逃げてしまっていたのか、離れたところでちじこまってましたので、爆発に巻き込まれず物資は無事だったんです。
そこから街まで崇星を運んでくる間も一度も目を覚さなかったので死んじゃったんじゃないかと本当に不安でした。」
色々と迷惑かけてたんだな俺。砂漠で飯も寝床も全部任せてしまってたしな。素直に礼を言っておこう。
「ああ、心配かけてごめん。二人共ありがとな。」
「いいや、助けられたのは俺たちだ。当然の事をしたまでだ。」
さあ、ここで本題に入ろうと思う。ここにいるもう一人の変態女の事だ。ミーシャの友達とか言ってたが、俺にはどうも反りが合いそうにない。
「ところでお二人さん、そこに居る白いコートのお姉さんは一体誰だ?」
「「……‥」」
一瞬沈黙が走る。何だ、俺変な事言ったか?
「はあぁぁーーーー!!!
常識が通用しないのは分かっていたけど、お前この方も知らないのか?」
「‥‥ま、まあ。」
「この方はなぁ、ギルドマスター副総監督、兼モンスタースポット対策係総長のレギーナ・ジネットさんだ。普通はお目にかかる事すらないんだぞ!!
冒険者の中に限らずレギーナさんを知らない奴なんていねぇよ。そんぐらいは知っとけ、というか今覚えろ!!」
‥‥え? この人そんな偉い人だったのか。 見た感じでは判断できない凄みもあるのか。世の中見た目じゃないのな、難しい。
まだギルが女性について長々と語ってやがる。話の長さは健在だな。
「なら何でお前達はそんな偉いお方を残して飯買いに行ったんだよ。そういうの無礼になるんじゃないのか? その前に何故そんな人が此処にいる?」
「少年、それは私が説明するわ。
私とミーシャは昔から近所付き合いがあったの。歳は違えど、この子は何か私に通ずるものを持っていてね…」
そう言いながらミーシャの頭を撫でる。いいなぁ、俺も猫ミミに触れたい。
「…暇があれば一緒にいて、二人で遊んだものよ。それから私はこの職に就いて中々会える機会が少なくなってしまったんだけど、今日偶々このギルドで会えたの。」
「じゃあ、ミーシャにお願いされて俺の看護を?」
「何言ってるの、違うわ。私がミーシャにお願いしたのよ。」
「ではその理由を御伺いしても?」
「久々に良い体したティーンを目近で見るチャンスだったからよ。」
ダメだコイツ、変態の極みだ。一体どこにコイツとミーシャに通ずるところがあるんだよ。ミーシャたんが汚れるわ!!
「ところで少年、レッドジャギーの群れを素手で駆逐するとは中々の実力を持っているわね。どうだい?ギルド付属の闘技場で私と少し手合わせしないかい?」
おっと此処にきて初めて勝負を持ち出されたぞ。今迄の俺なら“結構!!”の一言でお断りだが、あいにく今の俺にはまな板女神から授かったチート級の力がある‥‥あるはず。
魔法はミーシャに教わっても何一つ使えるように成らなかったが、大トカゲ共を退けた筋力と身体の頑丈さがあるから人間相手なら大丈夫だろう。
「いいぜ。その手合わせ、のった!! 」
***
闘技場に着くまでにこの国の様々な建物を見た。中世ヨーロッパ風の趣が感じられるが、その中に思考を凝らした近世風の建物もちらほら見られる。流石はこの国最先端の街だ。
さて冒険者ギルドに立つ闘技場は東京ドームの四分の一の大きさがあり、他の建物に比べ、異なった気配を放っている。
正門には天使の彫り物堂々と掘ってある。
しかしよく見ていると似ている、あのまな板女神に。
中に入ってみると大理石の様な材質で作られた広大なリングになっていた。此処ならちょっとやそっとで崩れる事は無さそうだ。
「さあ、始めよう。少年。」
「崇星でいいぜ。レギーナさん。」
「そう、崇星。なら貴方も“さん”はつけなくていいわ。
ではルールの説明をするわね。ルールはいたって単純。時間内に貴方が私に一撃でも加えられたら貴方の勝ちよ。私が一撃でも貴方の攻撃を受けたら私の負け。そして負けた方は勝った方の言うことを一つ聞く。どう?貴方にしてみればこれ以上ないってルールじゃないかしら。」
「随分舐められてるな、俺。そんなに油断してていいのかよ。俺がめっちゃくちゃ強かったらどうすんだ?」
「なーに、油断しない為にこのルールを作ったのよ。貴方が強かったら強かったで別にいいわ。あっはーんな事やうっふーんな事、色々溜まったものを私にぶつけなさい。」
いやいやそれが狙いだろ。あんた。仮に勝ってもそんなことは絶対にしないわ!!
「崇星止めといた方がいいぜ。その人はもう人の域を超えてる。これまで多くのベテラン冒険者がレギーナさんにやられて自信を無くしてる。お前でも多分勝てない。まだ間に合うからここは一旦退こう、な。」
「いいや、俺も俺の力が人相手に何処まで通用するか試してみたい。折角の機会だ。逃す真似はできない。」
「お、おう、そうか負けても落ち込むなよ。」
「二人とも頑張って下さいね。制限時間は2分です。
それでは試合開始!!」
その声と共に俺は背後に回りしゃがんで彼女の足を狙って払い蹴りを繰り出す。レギーナはそれを飛んでかわすが、それが狙いだ。空中なら身動きが取れない。一気に畳み掛ける様に相手の腹部へボディーブローを決める。だが彼女はそれを手で払い、掴みそのまま身体を捻り俺を片手で投げ飛ばした。リングの壁に背中を強く押しつける。
「ゲホゲホ、なら、真正面からだ!!」
壁を力強く蹴りレギーナ目掛けて突進する。俺が出せる全速力でだ。だが彼女は避けるそぶりを見せない。アッパーを食らわせようと思ったが止めた。技を身体の進む向きに平行で最短に繰り出せる、今のスピードを利用した突きで確実に仕留めることにした。
狙うは喉、人間の急所だ。
だが俺の一撃が届くことはなかった。攻撃した俺の手首は彼女に掴まれていたからだ。
「惜しかったな崇星。」
避けるのでは無く、掴み取る。しかもノーモーションでだ。確かに格が違う。
「‥‥へへ。」
「何で笑っているのかしら? 」
だが、この勝負に限っては俺の勝ちだ。一撃加えればいい。ルールはただそれだけだ。拳で一撃とも武器で一撃とも言ってない。因みにその一撃がどれ程の威力なのかも言ってない。
「さっき壁に激突した時咄嗟に砕けた石掴んで正解だったぜ。」
「!? 」
そう、俺は突きをする振りをして、手を出し広げる時に掴んでいた石ころを思いっきり弾いていたのだ。
「この石ころが毒針や爆発物なら立派な一撃だぜ。レギーナ。」
「はは、してやられたわ。頭も使えるのね。ルールの穴を利用するなんてね。いいわ。私の負けよ。」
「し、試合終了です。」
「マジかー。崇星の野郎、ハンデありとはいえあのレギーナに勝っちまいやがった。」
ミーシャとギルが崇星に駆け寄り祝福を送る。
「しかし、本当に強いんだなレギーナは。ハンデが無かったら俺なんてまだまだあんたの足元にも及ばないぜ。」
「しかし負けは負けね。
さあ、私の身体を好きなだけ貪るがいいわ。」
「しねーよ!! そんなこと!!!!」
こうして俺の初の対人戦闘は終わった。
その帰り道。
「崇星、貴方は少し魔法を覚えた方がいいわ。魔法を使えば武術への応用は無限大、今使えなくても練習すれば貴方ならすぐ使える様になるわ。諦めずにミーシャに習いなさい。
それと、私は暫くここに滞在する予定だから、何か一つ願いがあればいつでも言ってちょうだい。」
「ああ、そうするよ。その時は頼む。」
「別に二人きりで今夜でもいいn「結構だ!!」よ。
あ、そう。つれない男ね。
じゃあ私はこれから仕事だからまた今度ね三人共。」
そう言ってレギーナは再びギルドへと戻ってった。お勤めご苦労様です。
三人はそれぞれが部屋に戻り、その後を自分の自由時間にした。
そして就寝、変な奴ではあったが実力は確かだったレギーナに勝てる様、魔法を本気で練習してみようかなと考えている崇星だった。