#3 勇敢な男
『スクルウリ砂漠』
地の起伏が激しい「スクル地帯」と、水平に広がり土地の起伏がなく前者に比べ少し風量が多い「ウリ地帯」に分かれている。
ここの砂は金属分が豊富に含まれており、一部の冒険者が使っている武器や防具にはこれから造られているものもある。
危険度☆☆☆☆
俺はギルとミーシャと共にこの砂漠(スクル地帯)を馬車で走行している。
馬の脚では砂漠を走ることができない、と思うかもしれないが、馬のひずめの部分に特殊な器具を付けているらしく砂漠の中でも通常通りに走ることができるらしい。
なんでも砂漠を横断する為だけに馬を捨て、わざわざラクダやその土地の動物を買ったり借りたりする人間がいたためにこの器具が創られたとか。
馬車の中は結構退屈で昼夜問わず変わらない景色をただ長々と視野に入れる事しかできない。
夜は地球と同じく星座や月を見ることができるが、それに対する興味も数日で失ってしまった。
だがこれだけならまだ良かった。
「そして俺は20を超えるをゴブリンを次々と薙ぎ倒してったんだ。その姿はまるで武神のようだったと救ってやった村人が言ってやがったぜ。」
こんな自慢話を何分間、いや何時間、いやいや何日間も聞いているのだ。要するに、俺の精神は限界に近い。もう奴の声にアレルギー症状が出てきてしまう寸前である。
「もう黙れ!! ゴブリンだのコボルトだの所謂雑魚モンスターだけしか倒してねぇじゃねーか! ゲームで例えると、チュートリアルの町と森を抜けただけなのにラスボス倒した気になっている、初めてゲームやった爺ちゃんみたいなんだよ! お前は! 」
って言ってやりたい。が、頼み込んで慈悲で同行を許して貰っている分際でそんなことなど言えないのだ。
「何言ってるんですか。 ゴブリン20匹の内13匹は私が倒したんですよ。」
しかも話盛ってたのかよ、コイツは。女の子に戦績で負けてるくせにそれを横取りとか……最低だな。
「崇星、もうすぐでスクル地帯を抜けるぞ。そこから街まではすぐだ。やること考えとけよ。じゃあ最後に俺のとっておきの武勇伝を聞かせてやるぜ!」
そうか、異世界に来て初めての街か。そういえばやることはまだ考えてなかったな。取り敢えず定番どうりに職(冒険者とか?)を見つけて金を稼いで衣食住を確保するのが先か。いや、貴族様に気に入られて屋敷で執事兼護衛として過ごすか。どうしても何か異世界チックなことを期待してしまう自分がいる。
「雪山に現れた体長6メートルを超える雪男は俺の聖剣モロヘイヤによって見事討伐されたのでした。」
もう拍手だけでいいやー。ぱちぱち。
「あなたが倒したのはその部下の雪だるまーじゃないですか。雪男は誰か知らない冒険者が、気絶してたギルに代わって駆逐してくれたんです。」
また誰かの戦績を奪ったのかコイツ。懲りないなー。ってか気絶する冒険者ってダメだろ、仕事しろ仕事。
この時、俺は自分の中で何かファンタジー的なことが起こってほしいと思っていた。だが、起こってしまえばそんな悠長なことなど言ってられないのだ。
砂漠に響くのは吹き抜ける風と砂の流動音、動く馬車に俺たちの声だけだった。
だがこの時、俺たちに近づいてくる何かの音を俺の耳は確かに捉えていた。
「おいギル、ミーシャ 何か重い足音が聞こえないか?」
「「!?」」
二人の顔は今までのそれとは明らかに違った。食物連鎖の中過酷な環境を生きる危機を感じとった獣の顔をしていた。
「それは本当ですか!崇星? 」
「間違いない。数は30を超えてると思う。それに一匹一匹が凄く大きい。」
「私達獣人は他人族に比べて五感は敏感な方なのですが、崇星はいったいどうして…、いや今はこの状況を打破しないといけないです。」
五感強化は異世界補正のおかげだろう。
「ここに生息してるってこたぁレッドジャギーか?」
「ええ、恐らくは。ですがこの時期は水を求めてオアシスのある河口部に移動しているはず。もしかするとモンスターの生態系に深刻な問題が起こっているのかもしれません。」
「「「「「「グルルルルウゥアアアァァァァァァ!!」」」」」
「クソ来やがったぞ!」
そこには赤く爬虫類特有の堅牢な鱗を身にまとった体長16メートル程の巨大なティラノが三十数匹こちらを見ながら唾を垂らしていた。
「まずいな。囲まれちまってる。こいつら、俺らを1人も逃さないつもりだ。」
「こうなっては全員が助かるのはほぼ不可能です。私が風魔法で目眩ししている隙に2人は逃げてください。」
「馬鹿やろう!! お前だけ死ぬつもりか! ここは全員で戦って...「いけません!!」 」
「この数の敵にどうやって勝つつもりですか!! それにあなたは私より弱いでしょう! 貴方がしようとしているのは勇敢でも何でもない。ただの無謀です。………ここは私に任せて下さい。」
「でも!!!」
「ギル。私の最後、かっこいい武勇伝にして語って下さいね。」
そう言ってミーシャは囮となる為に魔法を唱える準備をする。呼吸は荒い。覚悟を決めても己の死はそう簡単には割り切れるものではない。が彼女に躊躇は無い。
「『吹き襲え「避けろ!!!」 ...え!? 」
今ミーシャがいた所は砂ごと大きく抉られていた。レッドジャギーが彼女を捕食しようとしていたのだ。
仲間を守ることに戸惑いが無いのは彼もまた同じである。彼がミーシャに飛び込み、レッドジャギーの軌道からずらしていなければ、彼女は今大トカゲの腹の中だった。
「悪いな。俺はお前の命の犠牲の上でなんか生きたくねんだよ。これはお前がどうこう言おうが変わらねぇ。死にてぇなら勝手にしろ。だが俺は……
絶対にお前を死なせやしねぇからな!!!
これが俺の武勇伝だ !!! 」
ギルの足は小刻みに震えている。だが彼女を守ると決めた彼の姿には決して折れない芯が通っていた。無謀でもいい。実力が無くてもいい。自分が折れない間は、自分が闘っている間は、死ぬまでは、ミーシャを死なせないと。
そして彼の勇姿は既に奇跡を起こしていた。
何故ならこの場には
『覇神』がいるのだから。
先程まで様子を見ていたジャギー達も一斉にギルとミーシャに襲いかかろうとする。だがその内の一匹が不意に吹っ飛んだ。
他のジャギー達も何が起こったかを理解が追いつかなかったのだろう。この瞬間動いていたのは一人を除いて、一匹もいなかった。
「ギル! お前、今最高に勇敢いぜ!!!
見直したぞ!じゃあ後は俺に———」
崇星は新たに一匹を標的に定めた。地面を強く蹴り上げ砂埃をあげながら突き進んでいく。
崇星の拳はジャギーの顔面を狙っていた。
「———任せとけ!!! 」
拳が叩き込まれ「バキバキ」と、鱗に亀裂がはしる音が聞こえてくる。そのままジャギーは20mは吹っ飛んだ。
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俺は夢を見ているのか?
東雲崇星 ———奴は俺達が馬車でスクル地帯を抜けてる時に目にも止まらない速さでこちらに駆けて来やがった。
はじめは盗賊の一員じゃないのかとか、人の顔したモンスターかもしれないとか、とにかく怪しい奴だと思っていた。
だが、会話を繰り返しす中でコイツの心の純粋さに触れ、遂に疑うことは無くなっていた。
奴はミーシャの好奇心を擽るのも上手く、どこから仕入れたのかそんな情報、というような話を言い聞かせていた。
確か、あにめ?とか、げーめ?とかいってたな。ほんと不思議な奴だった。
それがだ、奴は今俺の目の前で数多の獰猛なモンスターを前に善戦以上の闘いを繰り広げている。
ジャギー等の攻撃を避けながら確実に一匹ずつ仕留めており、戦闘慣れしている動きでは無いが、ジャギーの弱点である2本の脚を狙った攻撃や持ち前の頑丈さから繰り出される重い拳で着実にダメージを与えていやがった。
———まさか崇星がここまですげぇ奴だったとはな。
俺もいつか本当に強くなって、どんな逆境の中からでもミーシャを守れる男になろう、そう強く誓った瞬間だった。
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おいおい、まさかここまで俺自身の身体能力がUPしているとは。
腕と脚は確かに転移前の俺よりも軽く感じるし、そこから生み出される瞬発力が格段に違う。それにちょっとやそっとの攻撃では、痛みは感じるもののそれ程の傷にはなっていない。
だがこの大トカゲ、思ってたよりもずっとタフだ。弱点を積極的に狙っているのにどれだけ攻撃を浴びせてもすぐに復帰してくる。
それに、今は避けられているが、遠心力を利用した尻尾の攻撃は当たれば只では済まなそうだ。
チクショウ、このままじゃ拉致があかない。何かこいつ等を一網打尽に出来る方法は無いものか…。
…そういえば群れにはボスがいるはずだ。そいつを戦闘不能にしてしまえば、この大トカゲ共の群れは機能しなくなるに違いない。
そうして周りを見渡すと一匹だけ他のトカゲとは違い、全体的に黒いコントラストで額に大きめの角が生えた奴がいる。
明らかにこいつがボスだろう。
どうして気がつかなかったんだ、俺。
そうして、角トカゲを一発で仕留めようと助走をつけてそいつに向かって飛び上がる。
「気をつけて下さい!! 群れのボスは炎を吐きます!!!」
「……え?」
時既に遅しとはこの事だ。空中で動けるわけが無い。
角トカゲと目が合う。コイツ!!今俺を鼻で笑いやがった!!
あ、やだ、どんどんと角トカゲの口の中にオレンジ色の炎が溜まっていってる。
「グロオオオオオォォォォァァァァ!!!!」
その直後炎は俺の目の前で発射され、目の前が真っ赤になる。
「「崇星(さん)!!!」」
二人は炎に飲み込まれた崇星を見て絶望を表わにしていた。
が、
「うぇあ、あ、熱ーーーー!!!」
「「!?」」
そこには多少腕に火傷に負った程度で、未だ無事な崇星の姿があった。
「嘘だろ。今の攻撃を受けてその程度かよ。」
「私達の尺度で測ってはいけないんですよ、おそらく。」
今のはマジやばかった。咄嗟に腕で防いで正解だったな、でないと顔をやられてたぞ。
しかしあの炎は面倒だ。そろそろ俺のスタミナも切れかけてるしここで勝負を決めたいな。
よし! 確証は無いがあれをやってみるか!
「ミーシャ!! お前のとっておきの風魔法使ってくれないか? 」
「 !?…構いませんが、…私の魔法には殺傷能力はありませんよ。」
「それでいい。全力で撃ってくれ!! 頼んだ!!」
「はい。それでは…
『吹き襲え-剛風 !!!』 」
彼女のさけび声と共に砂漠に風が吹き荒れ、周りの砂を吹き上てしまう。それも目の前さえ見れないというレベルだ
確かにその風自体に殺傷力は無い。だが、ただ目眩しに使ったわけでもない。
「おいトカゲ野郎、粉塵爆発って知ってっか? 」
粉塵爆発---可燃性の一定濃度の粉塵が空気中に漂っている条件下で、一部火種が原因となり次々と発火現象が連続して巨大な爆発が生まれる現象
つまりこの金属性の砂が吹き荒れている空間全てが爆発対象であり、余裕を持ってトカゲ共を駆逐出来る範囲だ。
そして爆発の火種となるのは……
「グロオオオオオォォォォァァァァ!!!! 」
「お前の炎だ!!! 」
ジャギーの炎が切っ掛けとなった爆発は連鎖的に起こり、その光は、熱は、辺り全てを飲み込んだ。その威力は元の炎を何十倍も超えていた。
爆発が静まり砂漠に立っていたのは激戦を制した3人の人間達だった。
ジャギーの群れは赤かった特徴的な皮膚を黒く染め、息を引き取り横渡っていた。
あの時、ミーシャはギルを引き込み、最後の力を振り絞って風魔法を唱えていた。
あの爆風に真正面から立ち向かう類の魔法ではミーシャの実力では歯が立たない。だから彼女はその風の流れに逆らおうとはせず、風を自分達からそらす魔法を使ったのだ。
だが、崇星だけは爆風をもろにくらっていた。身体は傷つき、数カ所流血もしていた。意識は朦朧とし、立っているのもやっとの状態だった。
「悪い…な。俺が…出来る事…はやっと‥いた…から後は‥頼むわ…。」
そう言って崇星はその場に棒が倒れるようにバタンと倒れこんだ。
そしてこの闘いの3日後、崇星は異世界初めての街、ボロハランに足を踏み入れることとなる。