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月の王子様が、人魚に恋をする話し

作者: 華月蒼.

「お話しをしてあげましょう」


 そう言って少女は、ジオラマの中から、人形を一対、つまみ上げた。

 片方は、一見何の変哲もない人間の男、もう一方は身体の下半分が魚の尾鰭のようになっている。


「月の王子様が、人魚に恋をする話し」


 少女は2つの人形を手にして、にっこりと微笑んだ。

 

 

 

 

 

 王子様はね、ある日、地球に来たの。

 軽いお散歩気分だったし、剣の腕も自信があったから、お供の人もつけないで、一人で来たの。


 元々、王子様は、月の人と地球の人のハーフだったから、月でも地球でも、自由に歩き回れたの。

 そうじゃなかったら、月の人は地球で真っ直ぐに歩けもしないし、地球の人は月では呼吸も出来ないの。

 だから、王子様が地球にお散歩に来るときは、いつも一人だったわ。




 人魚は、地球の海の、ごく一部でしか過ごせないの。

 何も混じっていない綺麗過ぎる水は、人魚にとってはむしろ毒。でも、汚すぎる海も、人魚には毒。

 だから、人魚は地球の中でも、本当にごくわずかな場所でしか生きられなかった。


 その人魚は、まだ若くて、綺麗な女だった。

 蝶よ花よと育てられた、とても綺麗な人魚だった。

 彼女が泳げば、珊瑚は色味を増し、魚たちは躍り出す。

 そのくらい、その人魚は綺麗だった。

 

 

 

 王子様は、興味本位で、今まで行ったことのないところに行ってみようと思ったの。

 地球の文明による都市や遺跡はもう、あらかた見て回っていたし、何よりも王子様は、地球の人であふれかえっている場所に辟易していたの。せっかく地球に来たのにこんなに人が多いんじゃ、月にいるのと変わりないってね。


 そして、王子様と人魚は出逢ったの。


 王子様は、辺境の森を散歩していた。そうすると、とても美しい歌が聞こえたの。

 歌声に導かれるままに王子様が進むと、そこには岩に腰かけた人魚がいたの。


 美貌と美しい歌声に、王子様はその人魚に恋をしたわ。

 

 でも、人魚は王子様に気がつかずに、日が暮れると海に戻ってしまう。


 そんな、一方的な逢瀬がしばらく続いた後、人魚はようやく、王子様に気がついた。

 王子様が、声をかけたの。


「美しい歌声だね」


 って。


 まさか、見られているなんて思わなかった人魚は、最初はあわてて海に戻ったわ。


 でも、来る日も来る日も、声をかけてくる王子様に、人魚もそのうち恋に落ちたわ。


 何日も何日も、王子様と人魚は一緒に過ごしたわ。


 でも、月の人と人魚では、そもそも生活する時間も、期間も、そして流れていく時間も、寿命も違ったわ。


 

 

 永い間一緒に過ごすようになって、人魚は、王子様が自分の姿と声にだけ惚れていることに気がついてしまったわ。王子様は相変わらず、人魚を愛していると思っていたのだけれどね。


 

 

 とうとう、月の人たちが、長い間留守にしていた王子を探しに、人魚の住む森に来たわ。

 たくさんの月の人たちの足が、武器が、怒声が。森に棲む花を散らし、動物たちを追い払って行った。


 人魚たちも、他の海に逃げて行ったけれど、王子に見初められた人魚の家族だけは残っていたの。

 彼女が既に王子への気が無いことを知りながら、その人魚の姉たちはそれでも待っていた。逃げ遅れれば、海の泡になってしまうと知っていても、その人魚の帰りを待っていたわ。


 月の人が王子を発見した時、王子は人魚を抱いて岩に座っていたの。

 月の人たちは急いで王子を月に帰そうとしたけれど、王子は頑としてそこを動かなかったわ。動かない、人魚の身体を抱いたまま。

 もう王子様には見えていなかったのでしょうね。


 その人魚は、既に、死体になっていることが。


 岩の上で歌っていた人魚が岩に上って歌っていたのは、ほんの短時間。それ以上を過ぎてしまえば、水の足りなくなった人魚の身体は干からびて死んでしまう。海の泡にもなれないで、醜い死体を陸に残したまま、朽ち果ててしまう。


 最初の内は人魚も自分の限界の範囲で王子様に付き合っていたわ。


 でもそれも、最初の内だけ。


 やがて、人魚は、我が侭な暴君王子により、海に戻ることすら許されなくなっていた。

 いっそ、王子様を殺してしまおうかとすら思ったけれど、水分の足りない身体じゃ、頭じゃ、そこまで出来なかった。


 それを、恋と呼ぶのか、愛と呼ぶのか。


 今となっては解らないわね。




 月の人によって岩から、人魚の死体から引きはがされた王子様は、その瞬間から、世界を呪う魔王になってしまったわ。彼にとっては、人魚以外に愛せる対象が居なかったのかもしれないわね。だから、死体になってまでもその存在に執着したのかもしれない。


 一方、人魚の姉たちは、妹の死を知らされぬまま、海の泡になって消えて行ったわ。王子様と月の人たちに対しての呪いを歌に込めて。姉たちにとっては、美しく、穢れを知らない妹こそが全てだったのかもしれない。だからこそ、自分たちから妹を引き離した王子様をも呪ったのかもしれないわね。




 ……何故、はっきりとした詳細がわからないか、ですって?




 だって、地球も月も、随分と昔に

 

 

 

 

 

 滅んでしまったじゃない。

 

 

 



蒼.さんは『月、人魚、箱庭をテーマ・モチーフにした、主人公が混血児』の物語を書いてください。 http://shindanmaker.com/157644


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