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道具屋

作者: 五福モモ

過去に、執行官が処理仕切れない程の、差し押さえ強制執行があった時代がありました。

執行官は、書類の束を持ち、事務的に、処理していきます。

これは財産もなく、差し押さえにあうのは、現在使っている家財道具しかない、そんな家庭の、借金の顛末現場の話です。


私は52歳、中学生の男の子と、高校生の女の子と、妻がいる。


私は仕事先にはいつも質素な服と、目立たない髪型で臨み、周囲の反感を買わない態度を心掛けている。


私の仕事場は、日常の普通の安らぎとは 全くかけ離れた 緊張した空気に包まれている。

時にその場に子供が居れば、最悪だ。


そこには今にも頭の神経が切れそうな 物凄い形相の奥さんや、憔悴しきったご亭主、あるいは開き直って太々しい態度の人、空威張りの顔、投げやりな顔、妙に卑屈な顔、腑抜けた顔、様々な不自然な様子の人間達がいる。


さて、今日はどんな家庭だろう。


私の仕事は道具屋だ。


こんな御時世なので、最近は、一般家庭での家財道具の買い取りも多い。

家庭から依頼された物だけでなく、差し押さえられた家財道具を、安く買い付ける。


ああ、でも、ただの道具屋ではない、誠実で筋の通った、本物の道具屋だ。


人の気持ちも考えず、自分の利益だけが大事で、冷酷で、ちゃらついた、浅はかな若造とは違う。

(今このまんま旅行に行けますぅー)みたいな格好をして、人の家に土足で上がりこみ、すぐ金になりそうな物だけもってさっさと帰る、そんな手合いとは、断じて違う。


私は正真正銘、正しい道具屋なのだ。


そして、今日の家族は と言うと、自営業のご主人が仕事で作った借金で 差し押さえになったらしい。


奥さんとご亭主がいる


子供が多いのか、洗濯物が多い。沢山の小さな洗濯物がソファーに山積みになっている。

奥さんは何かを必死に耐えているような強張った顔をしている。

ご亭主は、ニヤニヤ意味不明な薄ら笑いを浮かべ、なんだかわからないが、変に格好つけた態度だ。


私は心身ともにきっちり仕事モードに入っている。


今回の執行官は、永年の仕事の経験で、身辺に少しばかり人情味を漂わせた小太りな六十代半ばの男だ。

私はその男の横にぴったり寄り添い、鉛筆と大学ノートを両手に、大きめの身体を前かがみに折って、出来るだけ小さくなって、正座して侍る。


そこに私がいるのが当たり前のように。


そして誰にも見えない空気のように。


私がそこに居る必要があるのか。

ある。

私の家族を守る為に。


目立たぬ服を着て、ありきたりの頭をして、私はきっちり空気になる。

やがて、執行官が物品に金額をつけ、一つ一つ読み上げると、わたしは、間髪を入れず、誰も聞いていないのに、晴れやかな明るい、好感のある声で復唱する。


練習しているのだ。

何時も一人の時に。


私がここでこうしている、この緊張がわかるか?

胃の縮むようなこの緊張がわかるか。


目ぼしい家財に値段が付き、いよいよ最後の仕上げだ。

競売だ。

執行官が査定した金額に少し色をつけ、私は買い取り、そののち、良心的な値を上乗せで付けて、家人に買い取ってもらう。

その差額が私の利益だ。

家人は私の言い値で買い取る物、買い取らない物を、決め、私は現金と、物を、その日持ち帰る。


幸い、子供達が学校から帰って来る前に、全ての仕事は終わった。


終始ニヤニヤ薄ら笑いを浮かべ、腹の内が分からぬ、この家のご亭主と対照的に、無表情ではあるが、また一つ区切りがついたかの様に、落ち着いた様子の奥さんが、私に近づき小さく言った。


『道具屋さんにはご家族がいるんですか? 』と。

私は正直に『高校生の娘と中学生になる息子と妻がいます。』と答えると、『ご家族は御幸せですね。』と奥さんはしみじみ言った。


嫌味とは思えない、今まで幾つも苦労を乗り越えてきた奥さんの表情は、確かに本音で言っているように、私には受け止められた。


そうです。


家ではいつも苦労をかけている家内と、またまだお金のかかる高校生の娘と、食べ盛りの中学生の息子が、待っているのだ。


私は私と私の家族を守る為に今ここに居る。


私は 真面目な道具屋だ。


決して ハイエナなどではない。


横車大造 52歳 妻と子供二人。

職業 道具屋。


私は弾じて私の家族を守るのだ。

これからも、守り続けるのだ。

人生に滅多にない緊張する現場に、日々の糧を得る為、努力して、無理矢理入り込む、真面目な道具屋さんの、家族を守る心温まるお話でもあります。

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