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妄想怪談お伽話  作者: 狐道まひる
6/9

来る女の怪 【中】

『……これ、マジで中に居るんじゃないか?』


 放課後、帰宅せずそのまま立ち寄らせてもらった青葉家の自宅を見上げ、マサが呟いた。


 青葉の家は比較的新しい二階建ての一軒家だった。確か、青葉が小学生の頃に建てた家だと以前聞いた覚えがある。

 俺がここに来た理由は、あの後聞いた青葉の夢に危機感を抱いたからだ。

 



 今朝、青葉が見た夢。そのスタート地点は問題の橋から少し離れた住宅街……青葉宅に近い場所だった。


 青葉は思った。この場所はもしかして、弟が転んで止まってしまった場所ではないかと。後ろからは声。女の声。想像していたより、声の距離は近い。同じ単語を繰り返し呟く。振り向く勇気はなかった。


 安心できる場所といえば、自分の家しかなかった。走る。振り向かず走る。すぐに自宅が見えてきた。ドアノブを掴む。

 夢の中だからだろうか、玄関の鍵はかかっていない。飛び込んで、後ろ手に鍵を閉めた。


 走った距離は大したものじゃない。けれど、動揺しているのだろうか。息切れと目眩が酷くて、青葉は強く眼を瞑って顔を右手で覆って。


「くる?」


 聞こえた。

 顔面を覆った自分の右手に、誰かの吐息がかかる。いる、そこにいる。


「くる?」


 見てはいけない、と思った。なのに、青葉の右手は顔から外れ、瞼がゆっくりと持ち上がる。


 眼。


 密着せんばかりに近い距離で最初に見えたのは、濡れたスーツでもなく裸足の足でもなく、血走った目。彼女の唇が動いて、青葉の家族が忘れた言葉を青葉ははっきりと聞いた。


「くる?くる?くる?くる?くる?くる?来る?来る?来る?来る?来る?来る?来る?来る?来る?来る?来る?来る?来る?来る?来る?来る?来る?来る?来る?来る?来る?来る?来る?来る?来る?来る?来る?来る?来る?来る?来る?来る?来る?来る?来る?来る?来る?来る?……ねぇ」


 来る?


 呪詛のようなそれを聞きながら、夢の中で青葉は意識を失った。




 

『それだけ聞くと、家の中に入って来てることになるんだけど……。自分が入る為にドアを開けた場合、招き入れる行為になるっけ?』

 どうだろ。家人が家に入る時、一緒に入ってくるって話も聞くけどな。心霊関係は信憑性無いしなぁ。

『なんだろう。視えてる人間が心霊現象否定するとか、変な感じだわー』


 隣に青葉がいるため、頭の中だけで会話する。青葉が玄関の鍵を開けて、ただいまーと声をかけた。


 開けられた扉の先から、妙にじっとりと湿った空気が流れ出てきた。つい顔が険しくなったけれど、先に上がる青葉に変わった様子はない。

 つまり、青葉はこの家の中の異変を感知していない、という事だ。


「どうした?遠慮なく上がってくれていいぞ?」

「青葉。この家、加湿器つけてる?」

「うちに加湿器はないぞ?家族に乾燥肌も喘息もいないし……」


 そこまで答えて、青葉の顔色がすうっと青くなっていった。湿気から水、びしょ濡れの女と連想したんだろう。


「え、いるの?なぁ、まさか家の中にいるのか……?」

「いや……確定じゃないけどさ……今のところ、どこにも視えないし。とりあえず上がらせてもらうわ」


 お邪魔します、と言って靴を脱ぐ。玄関に入ると目の前には廊下があって、左手側に二階へ上がる階段が。廊下の突き当たりはリビングだろうか。そこは磨りガラスの嵌め込まれたドアがあって窺い知れない。


 青葉は廊下のど真ん中に突っ立って、顔色の悪いまま周りをきょろきょろと見回していた。正直、霊感のない人間が目視で警戒してても無駄な気がする。


「あのさ、ここにいても仕方ないと思うんだけど」

「でも、うちのどこかにあの女がいるかもしれないんだろ?無理。俺、あの女絶対無理」

「ホラー的外見の女が好みの奴なんて、ただの変態だってば。いいからリビングなりお前の部屋なり、荷物置けそうな所に案内してよ」

「う、うん……。じゃあ、俺の部屋に行っといて。二階の一番奥の部屋だから。飲み物と食いもん持っていくわ」

「了解、上がらせてもらう」


 青葉から鞄を預かる。突き当たりの扉、やはりあそこがリビングだったようだ。そちらに向かう青葉を見送って、二階への階段を登った。

 登りきった先には真っ直ぐな廊下。右手側に扉が三つ並んでいる。これの一番奥の扉が青葉の部屋なんだろう。手前二つは弟たちの部屋だろうか?


 特に気にせず通り過ぎようとして、俺の斜め後ろを歩いていたマサが立ち止まった感覚がした。見れば、真ん中の部屋の扉をじっと見つめている。


 どうした?

『……音。この部屋からするな』

 音?


 耳をすます。小さな、本当に小さな音を拾えた。


カリ…………カリ……カリ…………


『これ、ドアを中から爪で引っ掻いてる音じゃないか?』

 やめて、それ本当にホラー定番じゃんか。本当やめて。

『俺にそんなこと言っても、現実は変わらないと思いまーす。ところでこの部屋、青葉弟の部屋だよなぁ』

 弟くんの部屋の中にいるってことか……。でもなんで、弟くんの部屋の中に閉じ込められてるような状況なんだろう?

『人に憑いてないってことは、物に憑いてるんだと思う。なんか、ヤバイもの拾ってきてるんじゃない?』


 そのパターンか、と思った辺りで玄関からテンションの低い「ただいま」の声が聞こえてきた。

 待ってみれば、近所の中学校の学ランを着た子が階段を上がってきた。上の弟だ。


 弟くんは一瞬、見知らぬ俺を警戒したみたいだったが、兄と同じ制服を着ていたからだろう。自分の兄の友達と判断したのか、小さく会釈した。


「初めまして。君のお兄さんの友人で、宮本です。この部屋って、君の部屋かな?それとも小学生の弟くんの?」

「あー、俺の部屋っス。兄貴の部屋は一番奥ですよ」

「うん、それは本人から教えてもらったから大丈夫。……あのさ、最近何か、変なもの拾って部屋に置きっ放しにしてない?」


 訝しげな顔をされた。兄弟の友達とはいえ、初対面の人間に変な質問をされたのだから当然だろう。

 どう攻め込もうか、と考えていると。マサがポツリと『……女物の、指輪』と呟いた。


 もし、思い込みと幻覚ではなく本当に霊感なんてものがあるなら、俺よりマサの方が霊感は強いんだろう。それか、表層意識側である俺より、無意識側……本能の部分に近い場所にいるマサの方がこういうことには敏感なのか。


「女物の指輪。最近、どこかで拾って持って帰ってきてない?」


 弟くんの顔色が変わった。大当たりだ。

 マサはたまに、まるで霊能者のように物事を言い当てる。それを俺が代弁していくと、マサでなく俺が霊感の強い本物の霊能者の如く扱われそうだ。

 マサ=俺だから、ある意味間違いではないんだけれど。


「ど、して……知ってるんスか……」

「俺が知ってる理由はともかく置いといて。君の家族に起こってるホラー現象のことは知ってるはずだよね?その原因、たぶん君が拾ってきた指輪だと思うんだけど」

「おーい?どうしたー?」


 ジュースと菓子を盆に乗せた青葉が、階段を登ってきた。俺と弟くんが鞄を持ったまま廊下に突っ立っているものだから不思議そうだ。

 弟くんは自分の兄と俺を交互に見つめて、恐る恐る口を開いた。


「小遣い稼ぎの……つもりだったんです……」




 今から三週間ほど前……異変が起き始める一週間前にあたる頃。

 通学路の途中にある橋を渡っていた時、弟くんは視界の端で何かが光った様な気がして、草の茂った河原に降りてみた。暫く探してみれば、ダイヤらしき石のついた指輪を見つけた。


 つい先日、弟くんは珍しい物を鑑定して金額をつける番組を観たところだった。

 俺もその番組は観ていた。珍しい物の鑑定の他にも、今の質屋の現状なども取材されていた覚えがある。


 その時の弟くんは、ちょうど小遣いが殆ど空の状態になっていた。自分の手の中には高価そうな指輪。


 魔がさす、とはまさにこのことだ。

 弟くんはこれを質屋に売ればお金が手に入ると安易に考えて、持ち帰ってしまったらしい。


 しかし、帰宅して何処の質屋で売ろうかとネットで検索をかけてみて、問題が発覚した。

 質屋は基本的に、十八歳以上か二十歳以上でなければ買取をしてくれないのだ。ネットでの買取でも、登録には免許証などの個人証明がいる。


 ネットオークションも似たようなものだ。低年齢で使えるオークションはあるにはあるが、低年齢故のモラルの低さやトラブルが心配だし、そもそもこんな高価そうな物がそんな所で妥当な値段で売れるとも思えない。

 だからといってまた河原に戻してくるのも勿体無く感じて、部屋の机の引き出しにしまったのだそうだ。


 それからだ。家族に異変が起こったのは。

 水というキーワードや、弟が言った通学路途中の橋の話から、まさかとは思っていたらしいが……。




「お前さぁ……馬鹿だろ。マジで馬鹿だろ」


 青葉が呆れと怒りを含んだ声で溜息をついた。

 青葉の部屋。俺と青葉は弟くんから聞かされた話に頭を痛めていた。


「お前さ、金欲しさに他人様の落し物売ろうとか、何考えてんだよ。しかもそれで家族巻き込んどいて、なーんにも言い出さなかったよなぁ?兄ちゃん、自分が賢い奴だとか思ってないけど、今のお前よりはマシな自信はあるわ」

「青葉、抑えて……。弟くん、ちゃんと反省はしてるみたいだし。今はその指輪を早く処理した方がいい」

「けどさぁ……!」


 下の弟が吐くほどに泣いて怯えたからだろう。青葉は怒り心頭だった。弟くんは兄の様子に怯えきって身をすくめている。


 けれどここで言い争いをしていても仕方ない。怪奇現象が解消されなければ、次に夢を見るのはこの弟くんだ。青葉の時点で目の前まで迫っていたなら、今度は……。


「とにかく、その指輪をお寺なり神社なりに持って行って供養してもらおう。お祓い……は、お布施いるのかな?出来ればお祓いして欲しいけど」


 俺の提案に、二人は頷く。そして兄弟で顔を見合わせ、仲良く俺に視線を向けた。

 あ、いやな予感。


「あのさ、宮本。本当に、本当っっに申し訳ないと思ってるんだけど……」

「俺の部屋にある指輪、取ってきてくれないっスか?あと、塩まぶしといてほしいっス」

「言うと思った!言うと思ったよ!」


 青葉兄弟は、どうしようもなくビビりであった。








 


 

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