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妄想怪談お伽話  作者: 狐道まひる
4/9

泣き井戸の怪 

 怪談ってものは、つまり規模の大きい“噂話”だ。そして噂話は尾ひれがついたり、捏造も多い。

 幽霊の存在うんぬんの前に、その怪談のあらすじが正しいのかすらわからないんだよなぁ……。

            by 宮本政幸

 

 これは特に何も起こらなかった話。



「で、今回行く【泣き井戸】ってのはさ、日が落ちてから行くと井戸の底から赤ん坊の声が聞こえるっていうシンプルな怪談なんだわ!わかりやすくていいだろ!」


 今回の心霊スポットである廃墟へ向かう車の中、敦さんは無駄に元気よく説明してくれた。

 只今の時間は午後九時過ぎ。俺達は隣の県まで足を伸ばし、暗くて淋しい山の麓にやってきた。


 運転席には我ら心霊スポット探索隊唯一の免許持ちな圭一さん、助手席には大体の元凶敦さん、後部座席には俺と兄ちゃんが座っていた。

 俺と兄ちゃんの間にはひっそりと?俺のイマジナリーフレンドであるマサが鎮座している。つまりいつも通りの布陣である。


「敦さん、心霊現象は解りやすけりゃいいってもんじゃないと思いますよ?」

「でも、意味がわかると怖い話って、意味がわかんなかったら怖くないわけじゃん?だったら解りやすくて怖いほうが良くないか?」

「うん、やっぱ敦は説明しないで。なんで怪談の前置きを綺麗にすっ飛ばしてるのかわかんないから」


 圭一さんが呆れた様子で言った。何故か結論だけを俺に話した敦さんに対し、圭一さんは怪談の全貌をきちんと説明してくれる。兄ちゃんは肉まんを頬張っていた。


「まぁ、実際かなり簡素な怪談なんだけどね。

 今から行く廃墟は、昔この辺りの地主の持ち家だったんだ。今ではもう家系が途絶えたらしいけど。


 ある代の当主が、それはそれは女好きで、使用人の女を妊娠させてしまったらしい。普通なら妊娠が判明した時点で家を追い出されるはずだったんだけど、当主の奥さんが子を残さずに亡くなったから後継ぎがいなかった。

 養子をもらう話もあったけど、使用人の女は自分にチャンスがあると思ったのか、お腹の子が生まれるまで家に居着いた。だけど結局、彼女は妻にはなれず、それどころか産まれた子と一緒に家を追い出される羽目になったんだ。


 でもさ、今の時代でも女の人が一人で子供を育てるなんて大変だろ?当然、昔はもっと厳しかった。だから彼女は自分に富をもたらすどころか足枷にしかならない我が子を、その家の井戸に投げ込んで殺して、地主一族に呪いをかけた。


 地主たちは夜な夜な井戸から聞こえる赤ん坊の泣き声にさいなまれて、次々に亡くなっていって、結局一族郎党全滅したんだそうだ。使用人の女が我が子を殺した後どうなったかは怪談じゃ語られてないけど、そんな女じゃ自分の子に呪われて死んでそうだよね」


 なるほど、シンプル簡潔だ。この場合、使用人の女が怖いのか、呪いと化した赤ん坊が怖いのかが判断出来ないけれど。


 車がゆっくりと獣道に入っていって、思いの外大きな廃墟が見えた所で停車した。

 それは古くとも立派な日本家屋で、家が続いて人が住み続けていたらきっと魅力的なものに映っただろう。けれど長く放置されたそれは、ただただ不気味な雰囲気を漂わせていた。

 車から降りる。


 直後、俺は耳を塞ぎたくなった。


『政幸、大丈夫か?』

 平気。たぶん、家の方に行かなかったら良いんだろうし。

『……なんていうか、現実って残酷だよな』

 だよなぁ……。

「一人どころじゃなかったんだな……」


 マサと声を出さず頭の中だけで会話をしていたら、最後だけ口にしていたらしい。井戸を探す敦さんについて行こうとしていた兄ちゃんが「どうした?」とこちらを振り向いた。


「兄ちゃん、敦さんたちが家屋の中に入らないよう誘導してくれない?」

「中に入らない方がいいのか?」

「うん、やめておくべき。あと、敦さん井戸と真逆の方行こうとしてるよ、あれ」


 赤ん坊の泣き声、こっちからするから。俺がそう言うと兄ちゃんは敦さんと、敦さんに付き添うように傍にいた圭一さんを呼んだ。俺が赤ん坊の泣き声が聞こえる、と言ったせいだろう。敦さんは嬉しそうに駆け寄ってきた。


 泣き声が聞こえてくる方向を教えると、敦さんが楽しそうに先導して兄ちゃんがその横に並び、俺は自然と圭一さんの隣へ寄る形になった。俺は圭一さんに尋ねる。


「さっきの怪談ですけど、他に情報っていうか、派生してる話とかないんですか?」

「僕が知っているのは、さっき話した分で全てだよ。何?物足りなかった?」

「まぁ、そんなところです」


 やっぱり伝わってないというか、揉み消されているのか。けれど、人の想いまでは消せなかったんだろう。

 井戸は家から少し離れた場所にあるんだろう。明らかに“何人もの”赤ん坊の泣き声が聞こえてくる。母親を呼ぶ、哀れな合唱。そして母親は。


 俺は後ろを振り向いた。マサもやりきれない表情でそちらを見ていた。

 日本家屋の壊れかかった窓。中から顔を覗かせる、和服姿の男は助けを求める顔をしていた。その相貌を、さらに奥から伸びた女の腕が乱暴に掴み、中へと引き戻す。


 家の中から聞こえる女の叫び声は、“優しいお母さん”を求める子供たちの声をかき消すように響いた。





「返せ返せ返せ私の赤ちゃんたちを返せよくも私の子をよくもよくもよくも腹を蹴られて子を流される痛みを思い知れ苦しめ苦しめ私はもっと苦しかったんだお前たちに蹂躙されてもっともっと悔やめ地獄になんか行かせてやらないずっと死に続けろ私の赤ちゃんたちはもっと死んだんだお前たちも死ね死に続けろ赤ちゃんたちに詫びろ乞え許しを乞えお前たちが殺した赤ちゃんに私の赤ちゃん赤ちゃん返して返してお金もなにもいらない返して返して返してよ私の赤ちゃん返してよぉぉぉぉぉっっっっ!!!!!!」






 彼女の声が、俺の妄想でなく本当の幽霊なら。

 どうか、母親を呼ぶ子供たちの声に気付いてやってほしい。

 そう願って、俺は赤ん坊たちの方へと向かった。





 これは、結局なにも起こらず、叶わなかった話。





                          泣き井戸の怪 終幕




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