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妄想怪談お伽話  作者: 狐道まひる
3/9

落下峠の怪 【下】

「おーい、政幸ー。もうすぐ着くぞー?」


 兄ちゃんに肩を揺すられ、俺の意識はふわりと浮上した。

 どうやらあの後眠ってしまったらしい。菓子の袋を片付ける兄ちゃんに眠気覚まし用のガムを進められたが断った。あの味は好きになれない。


「お、政幸君起きた?もうすぐ着くから、心霊鑑定頼むぜ!」


 敦さんが元気に声をかけてくる。この人、寝つきが良いだけじゃなく寝起きも良いのか。健康優良児め。


「鑑定ってなんですか……。だいたい、いつも言ってますけど、俺が視えてるものだって幽霊かどうかわかりませんよ?もしかしたら自分の脳が見せてる幻覚を、幽霊だって思ってるだけかもしれませんし」

「でもさ。もしかしたら、イマジナリーフレンドだって認識してるマサ君が実は幽霊って可能性も……!」

『あー。イマジナリーフレンドです、すみませぇん』

「イマジナリーフレンドです、すみません。だそうです」

「えー!?マサ君つれなぁーい!」


 そんなこと言われても、とマサが笑う。

 すでに峠には入っているらしく、車道の両サイドは木々で覆われていた。外灯が一定間隔で設置されているので、夜道でありながらあまり危険性は感じない道だった。


 もうすぐ問題の場所だから、と圭一さんは車の速度を落として徐行運転にきりかえた。仮に幽霊が落ちてこようが、たちの悪い悪戯で人形などが落ちてこようが、徐行運転をしていればブレーキが間に合う。噂に付き合って危険な目に遭う必要なんてないのだ。


 しばらく進んだ所で、木々が開けて右折のカーブが見えた。反対車線を挟んだ、俺達の右手側が切り立った崖。左手側が落下しかねない崖だった。もしかしたら、最近また事故があったのだろうか。転落防止の役目を担うはずのガードレールがなくなっている。


 ……あれ?

 車の速度、上がってないか?


「圭一さん?なんでスピードあげてるんですか?」


 圭一さんは応えない。圭一さんだけじゃない。兄ちゃんも、敦さんも。真剣な顔で、黙り込んだままだ。右折のカーブが迫る。


「あの、圭一さん?どうしました?危ないですよ?」

『政幸、舌噛むから座って口閉じとけ』

「は?マサ、お前なに言って……!?」


 衝撃。

 圭一さんの様子を見る為に前方に乗り出していた身体がしたたかに奥部座席に打ちつけられた。エンジン音。速度が一気に上がる。映る。視界に。運転座席側。右側から。



 女が、落ちてきた。



「信幸」

「わかってる」


 いつシートベルトを外したのか。運転席の真後ろに座っていた兄ちゃんが、運転座席のシートごと圭一さんの身体を抑え込むように腕を伸ばした。左へ、崖へハンドルをきろうとしていた圭一さんの腕を敦さんが叩き落とす。助手席から身を乗り出して、敦さんがハンドルを握る。右へ。車が何かを踏む感触。直後、伸ばされた右足がブレーキへ届いたようだった。


「う、っ……!」


 前へ放り出された身体を、シートベルトはしっかり繋ぎ止めてくれた。

 車が完全に停車する。


 沈黙。


 妙な暑さを感じる車内で、最初に口を開いたのは兄ちゃんだった。


「い、痛いぃ……!頭打った、首折れるかと思ったマジ痛い!」


 あの急ブレーキの中、一人だけシートベルトをしていなかったにも関わらずそれで済んだようだ。抱え込んでいた運転座席を開放して、頭と首を擦っている。こいつ、超合金製の首なのか。


「うわー、ビビったわ―。スリルありすぎやべぇ!」

「は?え?なに?なんで車止まってんの?え?」


 敦さんと圭一さんも喋りだす。圭一さんは完全に混乱していた。どうやら意識が飛んでいたらしい。


 後ろを振り向く。俺達が事故を起こしかけたカーブは後方三十メートルほど先。ちょうど外灯が照らすその場所に、女の身体はうつ伏せに横たわっていた。


 髪はセミロングくらい、少し茶色っぽいだろうか。ワンピースと思わしき白に花柄の服は引き裂かれ、乱れて脱げかけたピンクの下着がはっきり見えていた。レイプされかけて、逃げてきたような格好だ。血が、アスファルトの上に広がっていく。彼女は動かない。


「マサ、なぁマサ、あれって」

『落ち着け、この距離で服の細かい柄なんて確認できるか?お前今、彼女の下着の細かいレースまで視認できてるだろ。あれが本当の人間ならそんな細かいところまで見えない。ガラス越しな上に距離がある。怖いなら兄ちゃん達に女が視えるか訊いてみろ。視えないだろうから』

「政幸?大丈夫か?」


 兄ちゃんが心配そうに言った。カーブの所、外灯で照らされている場所に倒れている女性が見えるかと訊けば、敦さんと圭一さんも後ろを振り返った。三人ともが見えない、誰もいない、と答える。


「でも、なんか踏んだような感覚はあったよなぁ」

「マジ?俺わかんなかったぜ?信幸も霊感あるんじゃね?」

「敦は身体乗り出して動いてたからわかんなかったんじゃないか?俺は圭一抑えてただけだったし」

「僕もわからなかった……っていうか、記憶ないや。本当にアクセル全開で突っ込んで行きかけたの?全然記憶ないんだけど」


 もう一度後ろを振り向く。彼女は変わらず倒れたままだ。兄ちゃん達が視えないと言ってくれなかったら、本当に人を轢いてしまったのではないかと思うくらい、嫌なリアルさがあった。


 俺が気味悪く思っている間に、このまま進んで峠を抜け、違うルートで地元に戻ることにしたらしい。さすがに事故を起こしかけたので、これ以上の探索は危険と判断したようだ。


 ありがたい。これで彼女の遺体がある場所まで行ってみよう!なんて言われたら泣く。絶対泣いてやる。

 兄ちゃんと敦さんがシートベルトを締め直すのを確認して、圭一さんが車を発進させるタイミングでマサがふと、俺を見た。いや、たぶん、俺の向こう側を。

『なぁ、政幸。そっちの窓の外は見ない方がいいぞ。聞くのは仕方ないけど』





「なんだ、あいつらじゃなかったのね」








「……って、女の人の声が聞こえたんですよ。窓の向こうからぁ……」

「なんでだよ政幸!なんでそこで窓の外見なかったんだよー!」


 帰宅後。何故か俺の家にそのまま集まって、反省会という名の質問責めが始まっていた。

 今、夜中の二時なんだけど。この大学生三人はどうしてこうも元気なのか。主に敦さん。

 帰りにコンビニで敦さんに買ってもらったプリンを啜る。今回の奢りはこのプリンだそうだ。ケチ、敦さんの万年金欠!貴方の後ろに貧乏神がいますって嘘ついてやろうか!


「でも敦さんと兄ちゃん、よくあの時動けましたね。ほら、圭一さんがアクセルふかした時」

「あー、あれな。気配っていうのかな。なんか圭一の雰囲気が変だなーって横目でチラ見したら、こいつ目が据わっててさぁ。あれ、やばくね?って思ったら、バックミラー越しに信幸と目があって、まずいよな、抑えつける?ってアイコンタクトしたわけ」

「敦が気付いてないわけないって思ってたけど、動く直前に声掛けてくるまで俺はちょっと不安だったぞ?政幸を巻き込みかねないんだから、失敗したくなかったし」

「きゃー、お兄ちゃん素敵ぃ!」


 兄ちゃんと敦さんは声高に、テンション高くじゃれあっている。

 どうしよう。この二人を尊敬する気持ちもあるのだが、駄目だこいつら何とかしないと、な気持ちが胸の奥から溢れ出してくる。どうしてアルコールが入っているわけでもないのに、酔っぱらいのテンションになっているのだろうか。

 雰囲気酔いか、まさかこれが雰囲気酔いなのか。


「政幸君、ジュースどうぞ」


 二人の様子に苦笑いしつつ、圭一さんが缶ジュースを手渡してくれる。プリンと一緒に買った物だ。圭一さんは俺がオレンジ系のジュースが一番好きなのを覚えていてくれて、今くれた物もオレンジの炭酸ジュースだった。


 こういう細かいところに気の付く男って格好いい。紳士的というか。ただし圭一さんは彼女いない歴=年齢らしい。謎だ。


「今回はごめんね。危ない目にあわせちゃった」

「圭一さんのせいじゃないですよ!事故になりかけたのも……まぁ、ちょっと怖かったですけど。それより、俺だけが視えてたあの女性がきつかったです」

「そんなにえぐかったの?」

「あ、ゾンビみたいとか、幽霊らしくて怖いんじゃなくて。本当に人を轢いちゃったみたいな。最後声が聞こえるまで、幽霊じゃなくて本物の自殺者じゃないか、救急車を呼ぶべきじゃないかって怖くて。マサがずっと声をかけて落ち着かせてくれましたけど」

「イマジナリーフレンドは保持者の心を落ち着かせたり、癒したりする役割を持つ子も多いらしいからね。それにしても、リアリティがありすぎて、幽霊か否かの区別や判断が出来なかったってこと?」

「はい、たまにいるんです。幽霊なのか、生きてる人間なのかわからないのって。どうにせよ俺の妄想や幻覚かもしれませんけど」

「なるほどなぁ」


 缶を開ける、小気味よい音。喉を通る炭酸の刺激が、俺が生きていることを教えてくれる。死ななくてよかった。

 何故か服を脱ぎ始めた馬鹿二人とそれを囃し立てるマサをぼんやり眺めていると、妙に視線を感じた。圭一さんだった。


「圭一さん、どうしました?」

「あのさ、落下峠に行く前、白いワゴン車の話したの覚えてる?」


 覚えている。あのリア充ワゴン車か。あれは合コン帰りか何かだったのだろうか。


「覚えてますよ」

「あれ、何人乗ってたっけ?」

「えっと、運転席と助手席に男と……。後部座席が二列で、一列に三人ずつ女の人たちで。合計八人ってところですかね。あのワゴンが違う方向行くときにちらっと見ただけなんで、性別とか一人ふたり人数間違ってるかもしれないですけど」

「そっか。僕さ、政幸君が【そこそこの人数】って言うから、ワゴンが左折するときにしっかり数えたんだけどね」








「あのワゴン車、運転席と助手席の男二人しか、乗ってなかったよ?」










           落下峠の怪 終幕          


 




  


 



 いや、事故りかけた後、本当は探索するつもりだったんだぜ?

 だって事故には遭いかけたけど心霊現象視てねーもん。ビビりはしたけどさ。

 けど、信幸が「珍しく政幸が怖がってるうえに危ない目に遭わせたのに、これ以上怖がらせるとかねぇよな?政幸かわいそうだろ?ん?」って目で睨んでくるもんだから、素直に帰ったんだよ。

 ぶっちゃけブラコン発揮した信幸が一番怖いわ、マジで。


     by 霧島 敦

 

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