落下峠の怪 【上】
視えてる人と、視えない人。
どっちの方が怖い思いをしやすいんだろうね?
by 柿崎 圭一
イマジナリーフレンドとは、名前の通り【想像上の友達】だ。
まれに大人にも保持者がいるが、主に幼い子供に多い。日本では認知度が低いが、欧米ではポピュラーな存在で、知性と創造性のしるしなどとも言われている。
人によっては人間ではない、動物のイマジナリーフレンドもいれば、声だけが聞こえるもの、その姿もはっきり視えるタイプなど様々だ。保持者の数だけ形がある、保持者の為の友人だ。
ちなみに多重人格とは別物であり、病気としては扱われない。
まぁ、興味があればネットで検索でもしてほしい。
「いつも悪いな政幸!いやぁ、視える奴がいね―とつまんないしさ。俺達みんな霊感ねーし!」
「ホント、なんで視えもしないのに好き好んで心霊スポットなんて行くんだろね、この馬鹿は。ごめんね政幸君。帰りに敦が奢ってくれるから。好きなだけ頼んでね」
「え。圭一さん?俺だけ?金出すのまさか俺だけ?」
「僕は車だしてるから。このガソリン代、僕持ちなんだよ?ガソリン代出してくれるの?」
「遠慮するわ」
「いやいや、ご遠慮なく」
運転席と助手席が騒がしい。煩いのは主に助手席の敦さんだが。
圭一さんと敦さん。この二人は兄ちゃんの大学の友人で、今回に限らず俺が心霊スポットに連れて行かれる時は必ず同行しているコンビだ。言い出すのは敦さんで、幼馴染である圭一さんがお目付け役として付いて来るのが毎度のパターンである。
ただし、俺が見る限り、圭一さんもばっちり楽しんでいらっしゃる。
「いいですよ、いつものことですし。敦さん、俺さっき通り過ぎたファミレスでがっつり食いたいんですけど、お金足ります?」
「えげつない!政幸君えげつない!敦さん泣いちゃう!」
「政幸ー。こんな時間にがっつり食ったら太るぞ?」
「さっきから菓子食いまくってる兄ちゃんには言われたくないわ」
只今の時刻、夜十一時半。
俺の右隣に座る兄ちゃんは、そんなに食べて車酔いしないのかと心配になるくらい大量の菓子を消費していた。心配なのは兄ちゃんではなく、圭一さんの車を汚す可能性の方だけれど。
「そういえば、マサ君は相変わらずかな?今も居る?」
と圭一さん。
『あ、居ますよー。元気です』
「ちゃんと居ますよ。今は俺と兄ちゃんの間に座ってます。いますよ、元気ですって言ってます」
敦さんと圭一さんは、俺がイマジナリーフレンド保持者だと知っている数少ない理解者だ。
俺が実際に声を出してマサと喋っているところを敦さんに目撃され、オカルト好きな彼に「霊感あるの!?今視えない何かと喋ってたよな!?俺オカルト好きなのに視えなくってさ……」と騒がれてバレてしまった。
圭一さんはもともとイマジナリーフレンドの知識があったので、こっちが驚くほどすんなりと受け入れてくれた。ちなみに敦さんは、圭一さんが懇々と説明してくれたが、未だにマサが幽霊ではないか?と疑っているようだ。
俺としてはむしろ幽霊の方がイマジナリーフレンドと同じく、人間の思い込み、幻覚で視えているものじゃないかと思う。
なにせ、脳の錯覚で痛みや触覚、味覚嗅覚も再現できるのだ。誰もいないのに肩を叩かれる、なんてホラーの定番は、思い込みから来る錯覚で説明可能だろ、とは圭一さん談である。
『なぁ、今回の心霊スポットって何が起こるって言われてるんだ?』
忘れていた。兄ちゃんから心霊スポットの情報を聞いていなかった。
「そういえば俺、今回の心霊スポットの情報、夜中十二時に行かなきゃ駄目って事しか聞いてないんですけど」
「あれ?信幸説明してなかったの?」
「あ、ごめん。忘れてたわ」
「ふふ……。では淳さんがばっちりレクチャーを」
「淳の説明は解りづらいから止めてあげて。どうせ僕がもう一度説明しなきゃならなくなるんだから」
なんでだよー!と拗ねる淳さんを尻目に、圭一さんは口を開く。
「これから行くのは落下峠って名前で呼ばれてる所でね。もちろん正式名称じゃなくて、怪談内で呼ばれる俗称だよ。
最近うちの大学で噂になっててさ。その峠、一部崖沿いに車道が作られている所があるんだけど、そこで事故が頻発するんだ。
幅の充分ある二車線で、崖から落ちたら洒落にならないから、ガードレールも外灯もきちんとある。見通しもいい。なのにわざわざカーブと逆方向にハンドルを切って、自分から崖下へ転落する。しかも、そういった事故が起きるのは夜中の十二時ごろばかり」
「……そうやって車の転落事故が起こるから落下峠なんですか?」
「それだけじゃないだろ?って顔してるよ?まぁ、当たりだね。
事故に遭った人たちの中には、車が運よくガードレールに引っかかったりして生き残った人もいるんだ。その人たちは口を揃えてこう証言するらしい。
人が車道に落ちてきたから、それを避ける為にハンドルをきったんだ!ってさ。
その場所、片側はそのまま行くと落ちて助かりそうもない崖なんだけど、反対側は切り立った崖、つまり車道は崖の中腹に沿う形で作られている。飛び降り自殺した人が車道に落ちてくるっていうのが、実際にありえる構造になってるんだ。
それで運転手は自殺者が落下してきたんだと思って、焦ってハンドルをきる。人が落ちてきたのと反対側、崖下へ落ちてしまう方向にね」
『でも実際には自殺者の遺体なんてないってオチか』
「だろうな。その飛び降り自殺したはずの遺体はない、落ちてきたのは幽霊で事故を起こす為にやってるんじゃないかってオチですか?」
「うん、当たり。そもそも、オカルト話が広まる前からそこで自殺者が出たことはないらしいよ。事故も、この噂話に出てくる幽霊騒動以外じゃ死者は出てないそうだ。……敦?」
圭一さんが敦さんを呼ぶ。やけに静かだと思ったら、敦さんはぐっすり眠っていた。そういえばこの人、お休み三秒な人種だったな。
敦さんから前方へ視線を移すと、少し前を白いワゴン車が走っているのが見えた。後部座席まで団体さんで座っているのがわかる。
「前の車の人たちも、俺達と同じ心霊スポット観光ですかね。そこそこの人数いるみたいですけど」
「……前の白いワゴン?」
「はい。行き先同じだったら絡まれそうで嫌ですね」
「……落下峠まではあと二十分くらいかかるはずだし、他のルート行くのかもしれないよ?」
車のスピードが少し落ちたのがわかった。敦さんが寝ているから、振動を抑えるために落したんだろう。何だかんだで幼馴染に甘い人だ。
結局、前のワゴンは左折して俺達とは違う方向に去って行った。ちらっと見えたワゴン内は、運転席と助手席が男、後部座席に女性たちが乗っているようだった。
リア充爆発しろ。