勇者と魔王は呪いにいて会話中です
「翻訳の魔法具は完成したでしょー。呪いはまだ解けてないけど、それは後からでもどうにか出来るよね」
「というか、異世界にいったらもう呪いなんて関係ない気がするけどな」
「でもさー、折角異世界にまで飛び出したのに、呪いが効いたままって嫌じゃない?」
そこは、いつも通りの二人の逢引の場所。
椅子に腰かけて向かい合う二人は、和やかに会話を交わしている。
野外のテーブルを囲う二人。自分たちで作った小屋の中よりも外で会話をする方が二人は多い。
森に囲まれた、のどかな場所に見えるが実際は此処は魔物が溢れる地である。普通に考えて『勇者』と『魔王』でなければこんな場所を逢引の場所に選びなどしない。
「でもさー、俺ら呪い解く方法わかんねーじゃん。ずっと調べてるけど」
「だよねー。あー、嫌だなぁ。一向に調べても呪い解く方法ないしなぁ」
「……もしかしたら魔族とか人間とかも知らないんじゃね?」
「あ、やだそれ。嫌な事言わないでよー。ありそうでいやだよー」
ライアの言葉にリトは項垂れ、机に顎を乗せる。
『…どうしたのですか』
会話を交わしていれば、別の声が響いた。
それは、ライアとリトが召喚して服従させた大悪魔メフィストの声であった。メフィストは現在、人と変わらない大きさを保っている。とはいってもその体は真っ黒で、酷く不気味である。
そんなメフィストは、手に巨大な魚を持っていた。
「あ、フィス。ちゃんと魚取ってきた?」
「俺らの昼食だからな、ちゃんと食べられるもの取って来たよな?」
どうやら二人はメフィストに『フィス』という呼び名をつけたらしい。そしてライアとリトの昼食を取りにいかされていたらしかった。
『勇者』と『魔王』にパシリのように朝食を取りにいかされていた大悪魔――その姿には文献に描かれているような恐怖の象徴である大悪魔としての威厳は欠片もない。
『はい…。ちゃんと人も食べられるものを取ってきました。ところで、何を項垂れておられるのですか?』
「ありがとー、フィス」
「サンキュー、フィス。そうそう、俺らさ、呪いかけられてるんだよ。それどうにか出来ないか考えてただけ!」
呪いという言葉を聞いて、メフィストはそれはもう不思議そうな顔をした。
『呪い?』
「そう、僕ら呪いかけられてんだよねー」
「そうそう。で、それ解きたいけど俺らそういうのあんまり詳しくないからなぁ」
戦う事に関してはリト達は確かにこの世界において最強だ。でも、だからといって全てが出来るわけではない。
最強は完璧とはイコールでは結ばれない。
はっきりいって呪いなどといった類は二人にとって専門外であり、よくわからないものであった。
呪いの事を考えて頭を悩ます二人。
その話を聞いたメフィストはそれはもう、心から驚いた表情を浮かべた。
「どうしたフィス」
「どうして不思議そうな顔してるの?」
ライアとリトはそういって問いかける。
『えええええええええええええええ』
二人の問いかけにしばらく無言になったメフィストは何故か叫んだ。その叫び声に逆に二人が驚いた。
リトに関して言えば驚きすぎて思わず体をびくりとさせ、その衝動で椅子から落ちてしまった。ライアもリトほどではないものの「え」という声をあげていた。
大悪魔であるメフィストが何故、叫んでいるのか二人には見当もついていなかった。
椅子から思わず落ちて、地面に座りこんだリトは土を払いながら立ち上がる。そしてメフィストを軽く睨みつける。
「もー、フィスが声あげるから驚いちゃったじゃんかー」
不機嫌そうにリトは言う。
「何をそんなに驚いているんだよ」
ライアも不思議そうに問いかける。
『………何で』
「「ん?」」
何をメフィストが言いたいのかさっぱりわからなくて、二人は同時に不思議そうな表情を浮かべている。
そんな二人をメフィストは信じられないものを見るような目で見ている。
第三者が此処にいれば明らかに不自然すぎる光景である。そもそもメフィストがこうして他人に従っている事さえも驚くべきことであるというのに、凶悪な笑みを浮かべているはずのメフィストが呆けた顔をしているのは驚愕に値するだろう。
『何で、我を屈服させるほど力があるのに呪いごときで手間取っているんだ!?』
メフィストは驚きすぎて敬語で喋る事をすっかり出来ない状態でいるらしい。
そう、彼からすれば『大悪魔である自分を屈服させるほどの力を持つ存在が呪いを解けない事』が驚くに値する事だったのだ。
大悪魔メフィストは、ライアやリトからすれば雑魚であり、二人の目の前ではその威厳は欠片もない。しかし、彼には大悪魔と呼ばれ、恐れられるだけの実績がある。
彼が大悪魔と呼ばれるのは、それだけの事を起こしてきたからだ。
彼が恐怖されるのは、その力を持って人の命を簡単に奪えるからだ。
そう、歴史上でも名高い大悪魔メフィスト――、そんな存在を圧倒する存在が呪いに手間取るなど客観的に見れば不思議な事である。
だって一般的に考えれば人のかけた呪いを解く事よりも大悪魔メフィストを屈服させる事の方が難しいのだ。
ライアとリトはメフィストを圧倒する力を所持している。片手であしらえると言えるほどの力を。
でも、自身にかけられた呪いを解く事は現状出来ていない。
その事実がメフィストにとっては衝撃で、驚きだった。
「ええええ……、そんな事言われてもねぇー。ライア」
「だよなぁー。そんな事言われても困るよな?」
メフィストの主張に、二人は首をかしげて見つめ合う。ちなみにリトはまた椅子に座りなおしている。
「うんうん。確かに僕らは戦闘面に関しては自信があるよ。フィスの事も簡単にどうにか出来るぐらい強いよ? でもね、それと呪いを解くって違うよねー?」
「だよなぁ。力づくでどうにか出来る事ならどうにでも出来るけれどそれ以外の事は俺達苦手だし」
「だよね。もー。フィスってば僕らが何でもできるとか勘違いしすぎでしょー」
「俺ら万能じゃないもんなー」
「うん、僕ら戦う事は出来るけどその他はそんな得意じゃないもんね」
ほほ笑みながら顔を見合わせて会話を二人は交わす。
喋っている事は決して軽い事ではないのに、いつも通り和やかに二人は笑う。
『いや、おかしい』
「あ、そうそうフィス、敬語忘れないでねー? 君、僕らに絶対服従なんでしょう?」
おかしいなどと呆然として呟くメフィストに、リトがさらっと言った。その言葉にメフィストの体がびくつく。
『あ…、す、すみません』
「で、何がおかしいって?」
『……貴方様達が呪いを解けない事に決まってるでしょう!』
メフィストの言葉を聞いているライアのお腹がぐぅとなる。
「決まってないだろ。俺らは実際呪いが解けないわけだし。あと腹減ったから昼食作ってからにしてくれないか、その話」
「そうそう、僕らお腹減ってるのー。速く作って?」
メフィストの話よりも空腹の方が今は重要らしかった。何時でも二人はマイペースである。
メフィストはそんな二人にため息を吐く。しかし、逆らえば恐ろしい目に合うと想像できるので、意見を言う事はしなかった。
しばらく一緒に居ただけでもライアとリトの性格はメフィストも把握しているのである。そもそも一度口答えしたら「君、僕らに絶対服従っていったよねー? 生意気だよー?」とリトに酷い目にあわされ、それを笑いながらライアが見ていたため、逆らう気はなかった。
「えー。メフィストって呪いとか得意なの?」
しばらく時間が経過して、ライアとリトは焼き魚を頬ぶっていた。フォークを魚に突き刺して、それを食べる。
そんな中で『先ほどの続きですが』とメフィストが話し始めた言葉にリトは驚いた。
『はい。そもそも私は悪魔ですから。呪いといった類には詳しいです』
「悪魔って呪いとか詳しいのー? ライア、知ってた?」
「いや、知らなかったけど」
食事を取りながらも呑気な様子にメフィストは脱力した。大事な話をしているというのにこの二人としたら緊張感がなさすぎるのである。
メフィストもこの二人と付き合っていく内に毒気が抜かれてしまっていた。
『……いいですか、元々悪魔というのは人が人に対する憎悪によって召喚されるものなのですよ』
そう口にするメフィストは呆れた様子である。
椅子に座るライアとリトの前に立ち、メフィストは説明をし始めた。
まずはじめに悪魔というものについて。それは人の憎悪の心によって生まれるものが基本的であるという事。そして憎悪の力によって召喚され、使用される事が多い事。
メフィスト自身も代償をいただく代わりに人を呪う事を幾度となく繰り返していた事。
「へぇ、フィスって呪い出来るの?」
「うわ、呪いかぁ」
食事に夢中な二人はそんな軽い反応しか示さない。
メフィストはそんな軽い反応に頭が痛くなった。
能天気、呑気、そんな言葉が二人にはよく似合う。一見してみると強そうには決して見えない。だけれども、彼らは強い。それはメフィストが身を持って知っている事である。
『…あの、ですね』
「んー? あ、ライアおやつは昨日作ったクッキーにしようよ」
「おー、それいいな。リトのつくったクッキー美味しいからな」
「あはっ、ありがとうー、そういってもらえて僕嬉しいよ」
『って、聞けよ!』
二人で居る時間が大切で仕方がないらしいライアとリトは、基本的に同じ空間に居る間互いしか見ていなかったりする。メフィストが話しかけても結構な確率で無視されるのである。
大事な話をしているのにいつも通りすぎる二人に思わず、メフィストは叫んだ。
「ん?」
『ん? じゃない! いや、じゃないです! いいですか! 私は呪いが出来るのです。要するに呪いのプロフェッショナルと言う奴なのです! だから貴方様達の呪いを解けるかもしれないんですよ!』
ばばんっと効果音でも付きそうな勢いでメフィストは言った。その顔は得意げである。とはいっても顔も目も全て真っ黒なため、表情はわかりにくいが。
「おー」
「わー」
何処からか取りだしたクッキーに夢中になっている二人はそんな反応だった。得意気な表情のメフィストにパチパチと拍手をする。
『………聞けよ!』
「フィス煩い」
リトのその言葉と共に落雷がメフィストを襲った。それはリトの魔法によるものである。
『うわっ』
メフィストは慌てて避ける。
「もー、聞いてるよ。呪い、フィスなら解けるかもって話でしょ?」
『って、聞いてるならちゃんと返事してください!』
「んー、じゃ、解けるなら解いて。でも異世界に行く前に解いたら面倒だから解くなら此処から逃げてから」
「そうだなぁ、それがいいなぁ」
「フィスって結構役に立つねー。召喚して良かった」
「まぁ、役に立たないなら殺すだけだけどなぁ」
「だよねー」
さらっと恐ろしい会話を交わしながらにこにことしている二人。一応話は聞いていたらしかった。
『…そ、そんな恐ろしい事言わないでください』
「えー。大悪魔とか言われてる癖にフィスってば怯えすぎー」
「でも実際、フィスって言われているほど強くないよなぁ」
笑いながら口々に二人は言った。
『いやいや、貴方様達が強すぎるんです!』
「えー。でもフィスが雑魚な事は変わりないでしょう? 大悪魔って呼ばれているぐらいだから警戒しなきゃとか思ってた僕らが馬鹿みたいじゃん」
足をぶらぶらさせて、不満気にリトは言う。
大悪魔メフィストなどと呼ばれているからもっと扱いにくく、自分たちよりも強い可能性があると考えていた事がリトは馬鹿らしく考えていた。
目の前に立ち、声を発するメフィストを見る。
確かに全身が真っ黒で、その姿は不気味かもしれない。
だけれども見るからにおどおどしている。リトにじっと見つめられ、微かに体を震わす姿は情けないとしか言いようがない。
「んー。何で皆フィスを恐れてたんだろうね」
「さぁ?」
『………私はこれでも悪魔の中では強い方なんですよ』
二人の言い分にメフィストは目を伏せていった。
「えー、弱いのに?」
『うっ……そんな事言わないでください』
落ち込んだように下を向くメフィスト。
「ごめんごめん。フィスってなんかいじりがいがあるからつい…」
「うん。反応面白いよな」
反応が面白いからとメフィストで遊んでいたらしい。
メフィストは笑いながら謝る二人を見ながら、そんな風に自分で遊べるのは貴方達だけですよと思いながらため息を吐くのであった。
―――『勇者』と『魔王』は呪いについて話します。
(予想外にメフィストが使えるため、二人はにこにこしているのです)




