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勇者と魔王は思い出話を語る。

 『何故、『勇者』と『魔王』がそれほどまで仲良くしているん……ですか』

 ライアとリトに絶対服従を誓ったメフィストはその体を小さくしていた。

 物理的な意味で小さくである。どうやら悪魔には姿形を変える技術もあるらしかった。

 それを知ったライアとリトはというとそれはもう驚いて、そしてメフィストに向かって何か面白い事が出来るかと質問したものである。どうやらメフィストは敬語を使うのが苦手であるらしい。

 現在、ライア、リト、メフィストが居るのは国境の森の小屋である。

 仲良くおしゃべりをするライアとリトが『勇者』と『魔王』である事を知ったメフィストは当たり前の疑問を口にしていた。

 「え、僕とライアが何で仲良しか?」

 「うーん、意気投合したからとしか言いようがないかなぁ」

 「だよねー。本当ライアにあの時会えてよかったよ」

 頬杖をついたリトは嬉しそうに笑いながら口にした。

 ライアとリトがメフィストを呼び出して、既に十日ほど経過していた。その間に翻訳具はメフィストの協力を得て完成していた。

 それは腕輪であり、今もライアとリトの左手にはめられている。

 あとは異世界渡りの魔法を完成させるだけだった。

 完成させるだけとはいっても、元々ないものを作りださなければならないわけで、それは困難な事であった。

 幾ら歴代最強の『勇者』と『魔王』であっても、ないものを生み出す事は難しいのである。とはいってもまだこの世界には召喚の儀式なんていう『異世界があることを証明するもの』が存在するため、ライアとリトは期待してならないのであった。

 『いつからの付き合いなのですか』

 今のメフィストの小ささは小型犬ぐらいである。小型犬ほどの小ささの黒い人型の生物が喋っている様は酷く不気味である。

 メフィストはどうやらライアとリトの出会いについて興味津々らしかった。

 もっともな疑問である。

 普通、『勇者』と『魔王』は殺し合うものだ。

 生誕勇者と生誕魔王は、召喚勇者や召喚魔王に比べて相手を憎んでいる場合が多い。それは一重に幼いころからの洗脳による賜物である。

 幼い子供というものは素直だ。素直で、人に対して疑う事を知らない『勇者』や『魔王』にこの世界の大人は悪意を教え込む。それによって憎しみ合う『勇者』と『魔王』が存在するというわけである。

 もちろん、ライアとリトもそういう教育は受けていた。

 が、彼らはその悪意が明確な形となって心に残る前に邂逅を果たした。そして意気投合した。

 あと元々、ライアとリトが特別扱いされる事を喜ぶ性格ではなかった事も彼らが悪意に心を染まらせなかった一つの要因であろう。

 「もうライアと出会って十年も経つのかぁ、はやいね」

 「そうだな。リトと出会ってもう十年か。はやいな」

 二人は懐かしそうに笑いあう。

 ライアとリトの年はもうすぐ十六になる。そんな彼らの十年前と言えば、僅か六歳の頃である。そんな幼い日に彼らはであった。

 「メフィスト、僕達はね、昔、互いに嫌になって逃げ出した時に出会ったんだよ」

 リトはそういって、はじめてライアと出会った日の事をメフィストに語り始めた。


        *


 それは今から十年も昔の話である。


 十年前――リトは既に『魔王』として魔王城に引き取られて、そこで教育を受けていた。リトが『魔王』だと認知されたのは、その二年前、彼女が僅か四歳の頃の事であった。

 普通、生誕魔王は生まれながらすぐに『魔王』と認知され、魔王城に引き取られ、教育と言う名の洗脳を受けるものである。魔界の上層部は『魔王』が現れる事を願ってやまなかった。そのため、生まれた子供は魔王城にすぐに連れてくるのが習わしであった。

 しかしだ、リトの生まれた家は何分裕福ではなかった。そして『魔王城』から遠く離れた地でリトは生まれた。

 簡単にいえば『魔王城』にまで赴くお金がなかった。

 一応裕福ではない魔族のために、『魔王城』から時々使者は魔界中をめぐる事になっていた。

 しかしリトの生まれた村は本当に田舎だった。子供はリト一人だった。

 そんな田舎だったからこそ、使者も数年に一回程度しか訪れない。そもそも魔族というのは子供をなしにくい種族であった。寿命の長い弊害と言うべきか、繁殖力は低かった。

 たった一人しかいない子供のために出向くほど魔界のトップも暇ではなかった。

 四歳までリトは村の子供として育った。

 だが、普通とは言えなかった。

 リトは幼いながらに『魔王』だった。異常な力を持っていた。

 リトが泣けば、強大な魔力が放たれた。

 リトが怒れば、怒らせた人が魔力にあてられて気絶した。

 そう、言うなれば幼いころのリトは自分の力を正しく制御する事が出来なかったのだ。

 無理もないだろう。

 幼い子供というのは、自分の感情を制御出来ないものである。そんな存在が強大な力を持っているが故に、感情の爆発と共に力がばらまかれた。


 結果としてリトは親に化け物と言われて育つ事になる。


 それはリトの心に傷を残すのに充分な環境だった。



 「……僕は化け物。だから親も僕を好きになってくれない」

 幼いながらにそれをリトは悟っていた。頭の良かったリトは自分がそういう存在なのだと理解していたのだ。

 でも悲しくも、寂しくもなかった。

 傷ついた事は確かだ。

 だけれども、それだけだった。

 だってリトは生まれてから元より愛された記憶がなかった。人と共に過ごした記憶がほとんどなかった。

 人の温かさも、何も知らずにリトは育った。

 その日常がリトにとっては当たり前であった。だけど、四歳のある時、『魔王城』から使者がきた。そしてリトが『魔王』だと発覚した。そしてリトは『魔王』として『魔王城』に迎えられた。

 両親も村人も『化け物』であるリトが自分たちの傍から居なくなる事を心の底から喜んでいた。




 「よく考えると酷い話だよなぁ」

 「仕方ないよ、僕は『魔王』だもん。力の制御の出来ない『魔王』が恐れられるのは当たり前でしょう? てか、ライアも僕と似たようなものでしょう?」

 「あー…俺はなぁ」

 そういってライアが語りだす。




 人間と言う種族は寿命が魔族よりも短い代わりに、圧倒的にその数は多い。それ故に繁殖力も高い。

 そのせいもあって魔族の中から『魔王』を見つけ出すよりも、人間の中から『勇者』を見つけ出す方が圧倒的に難しい。

 幼い頃のライアは、普通の少年だったと言える。

 リトと違って幼いころから力が解放されていたわけではなかったのだ。

 『勇者』として彼が覚醒したのは五歳の時の話である。

 ライアは普通に親も友達も居た。だけど、覚醒したその時に、『勇者』だと知られたその時に全てを失った。

 大切だった家族はライアを化け物と呼んだ。

 大切だった友人はライアから離れていった。

 ライアは一人になった。

 『勇者』は、人類最強。

 一般人からして見れば亜圧倒的な力を持ち合わせている化け物。

 権力者たちからすれば魔族よりも優位に立つための兵器。

 ライアはそんな『勇者』として覚醒してしまった。

 すぐにオークションに出された。

 人間界は魔界と違って国が沢山あるのである。それは人口が多いからに他ならない。ライアは見世物のようにオークションに出された。

 そして今現在ライアの属している国、アレスト王国に買い取られた。

 そこで『勇者』として祭り上げられる。

 だけどライアはそれが嬉しくなかった。

 知っていた。

 周りが自分に怯えている事を。

 わかっていた。

 周りの人間は『勇者』である自分しか見ていない事を。

 その事が苦痛だった。決して嬉しくなんかなかた。ちやほやされていてもそれは見せかけだけのものだとわかっていたからこそ、余計に喜べなかった。

 自分が一人ぼっちな気がしていた。

 いや、事実心は一人ぼっちだっただろう。

 周りに幾ら人が居ようとも、本当の意味で仲の良い人が居なかった。

 ライアはそんな状況だった。




 「そっか。ライアは最初は覚醒してなかったんだっけ」

 「うん。だから俺普通に育ってた」

 「それで『勇者』の力が覚醒したら問答無用で化け物扱いかぁ、やだよねー」

 リトは嫌そうに顔を歪める。

 「やだよなぁ。俺両親に化け物って言われた時には流石に傷ついた」

 「僕は逆に愛された記憶なかったから、僕が『魔王』だから皆ああいう態度なんだって納得はしたかなぁ。でも納得はしてもやっぱり嫌だったから――」

 そしてリトは語りだす。




 魔王城に引き取られ、『魔王』としての教育をリトは受けた。

 それはある意味洗脳である。

 「人間は憎むべき存在なのですよ、魔王様」

 「『勇者』は貴方が殺すべき者なのです。貴方以外殺す事が出来ません」

 「『勇者』を殺せば、幸せになれるのですよ」

 そう、それが常識だと教え込むように。

 そう、それをすべきだと言い聞かせるように。

 毎日毎日何度も何度も、繰り返すようにそれを言われ続けた。

 誰もリトの名前を呼ばなかった。彼らにとってあくまでリトは『魔王』でしかなく、リトという個人ではなかったのだ。

 元々リトは自分の名前をリトと認識はしていたものの、『化け物』、『魔王』としか呼ばれる事もなく、誰もリトをリトとして認識していなかったのである。

 名前は呼ぶためにあるもの、区別するためにあるもの、それを知っていたが、リトは別に自分には名前がなくてもいいのではないかとさえ感じていた。

 そしてこれからもずっと自分の名前を親しみをこめて呼ぶ人なんて決していないだろうとさえ思っていた。


 ――魔王城を抜け出した先で、ライアに出会う前は。


 その日は初めて魔法を習った日だった。

 魔法の講師である魔族は「こんな『化け物』に力を持たせたくない」とでも思っていたようだが、『魔王』であるリトが強くなれば『勇者』になど勝てるはずがない。

 そのため、怯えをその身に宿しながらもその魔族はリトに魔法を教えた。

 リトは流石『魔王』と言うべく、一発で魔法が使えてしまった。

 普通は最初から魔法が使える事などあり得ない。普通はその身に宿る魔力を感じる所から始まる。

 だというのにリトは一瞬で魔力を感じ取って、次の瞬間にはもう魔法を完成させていた。

 リトがすぐに魔法を完成させたのを見て教育係を含む大人たちは畏怖していた。それと同時にこれだけの才能を持つならば『勇者』を殺せるだろうと期待していた。そして呪いがかけられたのもすぐそのあとだった。

 元々『魔王』が生まれたら枷として付けようと準備してあったそれを、リトはかけられた。その内容を理解させるつもりも相手にはなく、自分にとって都合の悪いものだという予感はあったものの、逆らう気力も意志もなく、希望もなく、リトは大人しくそれを付けられた。

 リトは諦めていた。

 自分が『魔王』である事に。自分が愛されない事に。自分が他と違う事に。

 幼い子供だというのに、彼女は諦観していた。

 魔王城から抜け出したのは、只のきまぐれだった。

 只嫌だった。諦めてはいた。納得はしていた。でも、嫌だった。


 だから、抜け出した。

 その先でライアに出会った。




 「当時影武者の魔法使えなかったから後から滅茶苦茶怒られた」

 「あー、あの魔法結構難しいもんな」

 「うんうん。まぁ、そこで『勇者』とあったとは夢にも思ってなかったみたいだけど」

 「そうだな。運が良かったよな。俺達が出会ったの」

 「うん。奇跡だよね! ところで、ライアはどうしてあそこにいたんだっけ?」

 「あー、俺は――」

 そして今度はライアが話し始めた。




 アレスト王国での生活はライアにとって地獄だった。誰もが彼を『勇者』としか見なかった。

 「俺はライアだよ」などと名前を呼んで欲しくて告げてもその願いが通じる事はなかった。彼の名前が何であろうとも周りにとってはどうでもよい事だったのだ。

 『勇者』『勇者様』――そうとしかライアは呼ばれなくなった。

 その事が苦痛だった。今まで当たり前だった幸せが崩壊した事――それにライアは絶望していた。

 リトのように達観する事も出来なかった。他人の暖かさを知らなければ、まだ諦められたかもしれない。

でもライアは知っていたから。人のぬくもりも優しさも。それがなくなってしまったことに、彼は絶望していた。

 嫌だ嫌だと心の中で泣き叫ぶ。

 声に出すと怒られる。ライアは力を覚醒させたばかりで、自分がどれだけの力を保持しているかさえ理解しきれていなかった。

 力の覚醒はいきなりだった。

 自分が特別だという自覚もないままにライアは『勇者』として祭り上げられた。

 人間界において『勇者』とは『救世主』であると共に、『化け物』である。特に権力者たちは過去の『勇者』の力について詳しく、『化け物』や『魔王を倒す兵器』と言う認識が強い。

 ライアは『勇者』として祭り上げられ、権力者に囲まれ、疲労していた。

 絶望の中で死にたいとも思った。だけれども、死にたくなかった。どうしたらいいかわからなくて、苦しんでいた。


 ――どうしようもない思いに逃げ出した先で、リトに会うまでは。


 その日はちょうど『勇者』として、アレスト王国にやってきて二カ月ほど経過した日だった。

 魔法を習い、座学を学び、『勇者』として相応しいものを詰め込まれていた。

 ライアには自分の『勇者』としての力は自覚していなかった。

 それ故に次々に学ばされるそれらをすぐに習得した自分がどれだけ異常かも理解し得なかった。

 だけれども、自分の事を周りが『勇者』としてしか見ていなかった事は理解していた。それが嫌だった。自分をライアとして認識しない周りが嫌だった。

 悲しかった。苦しかった。

 息が詰まる世界――それにライアは苦しんでいた。


 だから、逃げた。

 その先でリトに出会った。




 「本当、あの頃の生活のまま、ライアに出会えず生きてたら僕どうなってたんだろうって思うよ、最近」

 「それは俺も思うけど…。リトに会えなかったら、俺、どうしてたんだろうな」

 二人して感慨深そうにそう、呟く。

 互いに出会えたからこそ、互いに信頼関係が築けたからこそ、今の二人がある。

 心から信頼できる親友が居る――だからこそ、二人は今前向きに生きていられる。

 だけど、もし出会えていなければ――、それを考えるとライアもリトもぞっとした。

 「うん、本当ライアに出会えてよかった」

 「……そうだな、会えてよかったよ、あの時に」

 二人してそういって笑って、続きが語られる。




 「……此処がリネアの森か」

 リトは視界一杯に広がる森林を前に、只そう呟いた。

 リトがそこに足を踏み入れるのははじめての事だった。

 当時から魔界と人間界は壁によって隔たれていた。一つだけ存在する関所は、許可のあるものしか通れない。

 関所はもちろんふさがっている。しかし、リトは壁の目の前まで来ると、人間界について興味を持った。

 リトは人間に出会った事がなかった。

 知っているのは魔界の上層部の魔族達に植えつけられる情報のみだ。

 人を憎みなさいと彼らは言う。

 我ら魔族は人間の上に立つべき存在なのだと彼らは言う。

 そう、魔族は人間を自分たちよりも下の存在と思っている。今は『勇者』と『魔王』だけが殺し合う、全面戦争ではない分平和なのかもしれないが、この調子ではいつまた全面戦争になるかもわからない。

 魔族の寿命は長い。リトの寿命はまだまだ続く。

 その間ずっと『魔王』として扱われ、『魔王』として生きる事――それは正直詰らないとリトは思っていた。

 期待はしないけれども、何か変わるかもしれない。まだ幼かったリトはそう思った。だから、魔法を使って壁を十メートル近くある壁を飛び越えた。

 向かってくる魔物を葬りながら進む中、リトは泣き声を聞いた。

 それは子供の泣き声のようで、リトは自分も子供であるにも関わらず何故こんな場所に子供が居るのかと疑問を抱いた。

 気になってその声のした方に行けば、泣き声をあげている赤髪の少年が居た。

 その傍には、魔物の死体が幾つか転がっている。泣きじゃくる少年の体は所々返り血で染まっていた。

 ガサッというリトの動く音により、少年の金色の目がリトを見据えた。

 「ま、魔族!?」

 「そういう君は人間?」

 そして互いにそういう声を上げた。


 ―――それが、リトとライアの出会いだった。




 「あの時はびっくりしたよ。まさか、あの森に子供が居ると思わなかったからさー」

 「俺もびっくりした。魔族って恐ろしいものって聞かされてたから殺されるって怖かったんだよなぁ…」

 「幼い子供に洗脳まがいの教育施すとか最悪だよねー」

 「だなー。でもあの頃のリトちょっと怖かったなぁ」

 「あはは、僕ってあの頃自分で言うのもなんだけど超冷めてたからね」

 笑いながら語られる『勇者』と『魔王』の出会いの話。




 「ぼ、僕に何する気!? 魔族って悪い奴なんだろ!」

 ライアは当時魔族=悪い人という認識であった。それも人間界上層部の洗脳紛いの教育の賜物であった。

 ライアはリトを睨みつけながらいった。

 しかしその目は泣いた後で真っ赤で、体は微かに震えていて、睨まれたリトは欠片も怖くなかった。

 ちなみにこのころのライアの一人称は『僕』であった。

 寧ろ淡々とリトはその場を見据えて、問いかけた。

 「どうしてこんな場所に子供がいるの? そもそも何でこんな場所に居て生きてるの?」

 それは当然と言えば当然の疑問であった。

 此処は魔物の溢れる森である。危険な場所であり、魔界と人間界との国境でもあるこの場所に好んで入るものはまずいない。それに一人で入るなんて自殺行為に等しい。そんな場所で幼い子供が生きている事が驚きだ。

 それにライアの周りには幾つかの魔物の死体が転がっており、それは明らかにライアが殺したように見える。

 が、正直魔物を幼い子供が殺せる事実にリトは驚いていた。

 森の中で、魔物達の不気味な鳴き声と木々のざわめきのみがその場で響く中、しばらく二人は無言で見つめ合っていた。

 「……あ、そうか」

 ライアを見据え、何か納得したように頷いたリトはライアに近づき、震えるライアの肩を両手でがっと掴む。

 そして言った。

 「君、もしかして『勇者』?」

 「え……あっ…」

 『勇者』であるか否か問いかけたリトにライアは目を瞬かせて、動揺を見せる。

 「ふぅん。その反応やっぱり『勇者』でしょ」

 そういったリトの顔は笑っていた。

 それは面白かったからだ。抜け出した先で、『勇者』と出会った事実が。こんな子供が自分と殺し合う『勇者』である事が。

 そして微かに溢れたのは、一つの期待だ。

 ―――今此処で、『勇者』を殺したら、自分はこの面倒な日常から抜け出せるのではないか。

 そんなあさましい期待。怯える目でリトを見つめるライアはすぐに殺せそうに見えた。殺そうかと思案する。

 だけれども結局殺した所で結局この詰らない日常がなくなるわけではないという結論にいきつき、諦めたようにため息を吐く。

 そして掴んでいたライアの肩から手を外した。

 「な、何なんだよ! 僕が『勇者』だったら何なんだよ! 殺すの?」

 ライアの目は不安に揺れていた。恐怖心を隠せても居ない様子に思わずリトはくすりと笑った。

 その目は死にたくないと訴えていた。だけれども微かに死にたいという諦めも見られた。ライアは自身が『勇者』である事実に絶望していた。だけれども、死にたくないとも思っていた。

 「死にたいの?」

 リトは聞いた。

 「……少し」

 「そう。でも残念。僕は君を殺さないよ」

 「……本当?」

 「そう。あ、それか君が僕を殺す? 僕は『魔王』なんだよ」

 リトがそう口にした瞬間、ライアの目が見開いた。

 『魔王』とは『勇者』にとって敵である。自分が殺すべき存在だと教え続けられ、その存在が何時か自分を殺しに来ると聞かされてきたライアにとって目の前の少女が『魔王』である事実は驚くべき事だった。

 そして何故国境とはいえ、『魔王』が人間界側に簡単に侵入しているのかわからなかった。それも『魔王』であるというのに彼女が『勇者』である自身を殺そうとしない事実がライアには信じられない事だった。

 『魔王』は敵。『魔王』は殺すべき存在。『魔王』は殺し合う存在。『勇者』として認識された日からずっとそれを聞いてきた。

 『魔王』を殺せ、と周りは言う。それが、『勇者』の使命であると。『魔王』を殺せば皆が幸せになれると。

 「……ま、おう?」

 「そう、僕は君が殺すべき存在である『魔王』だよ。それが僕」

 「……どうして、僕を殺さないの」

 それは純粋な疑問だっただろう。

 だって『勇者』であるライアにとって『魔王』とは自分を殺そうとする存在だったからだ。

 「君を殺しても何も変わらないから。いや、寧ろこういう場所で今、君を殺したらもっと面倒な事になるかもしれない」

 『勇者』と『魔王』は常に殺意を持ち、相手を殺そうとするものであるが、その殺し合いの場というのは見世物のような試合形式で行われる。人間界と魔界の重臣たちの前で、殺し合いをさせられる。

 昔は、全面戦争を行っていた時は違った。

 戦争の際に『勇者』と『魔王』は殺し合った。そしてその殺し合いにおいて、互いの兵士達は巻き添えを喰らい死んでいった。

 今は人間界と魔界の重役達は自分の目の届かない所で『勇者』と『魔王』が激突しあう事を嫌う。もし激突しあえば周りの損害は果てしないものになる。だからこそ専用の結界魔法を幾度も張り巡らされた舞台でのみ、彼らは殺し合いをさせられる。

 それ以外の場所での殺し合いを行い、どちらかが死亡した場合面倒な事になる可能性がある。殺された側の陣営は、卑怯だの色々騒ぎ立てるかもしれない。そして殺した側の陣営は勝手に相手を殺し、こちら側を不利にしたからと殺した方を疎むだろう。

 過去に『聖戦』以外で『勇者』や『魔王』が相手側に殺された時の本に書かれた彼らの末路は悲惨なものだった。まぁ、歴代の『勇者』と『魔王』は互いに対する憎しみを植えつけられているがために『聖戦』以外で殺し合いを行う事は多いのだが…。

 年の割には頭の回るリトはそれを理解していたからこそ、今この場でライアを殺そうと言う思いはなかった。

 「『魔王』は……」

 ふとライアが口を開いた。

 「……なに?」

 「僕が、怖くないの……?」

 そう問いかけたライアの声は微かに震えていた。

 相手が『魔王』だろうとも、ライアにとって、リトが『魔王』である事よりも自身を怖がっていない事の方が重要だった。

 「別に」

 そう答えたリトの言葉は真実だった。

 ライアは確かに『勇者』としての力を持っているとはいっても、まだその力を使いこなせてはいない。

 怖くないと、その目が伝えていた事。

 それだけでもライアにとっては嬉しい事だったのだ。

 その当時のライアにとって、自身を怖くないと言ってくれる人ならば誰でもよかったのかもしれない。自分が『化け物』ではないとそういう態度を示してくれる人をライアは求めてた。

 「―――…ねぇ、僕とお話しようよ」

 ライアは突然、リトの手を掴んで言った。

 その言葉にリトの表情が止まった。話そうなどとそんな提案が『勇者』である少年から投げかけられるとは思っていなかったのだ。

 一瞬驚いたように目を見開いたリトは次の瞬間笑った。

 「……いいよ」

 そう言ったのは単なる気まぐれであり、『勇者』であるならば自身を見る目が他と違うかもしれないという期待があったからだ。


 そう、それが始まりだった。

 あの日、あの時、リトがライアを殺さず、気まぐれに話す事にしたからこそ、今の二人があると言えた。




 「僕、自分に利があるならライアの事殺すつもりだったんだよなぁ、あの時」

 「……リト怖い。というか、あの時俺そんな強くなかったから当時のリトになら余裕で瞬殺されてた気が」

 「うん、出来たと思うよー?」

 「リト怖い。でも俺あの時嬉しかったんだよなぁ。リトが俺を怖くないっていってくれて」

 「まぁ、『魔王』が『勇者』を怖がるのもおかしいからね」

 「そうだけどさ…、でも嬉しかった。怯えた目を向けられない事が」

 「うん。僕もあの時は後になってからライアが僕を見る目って他と違うなって新鮮だったよ」

 ふふっとリトは無邪気に笑う。

 「あの時、リトが頷いてくれてよかった。じゃなきゃ、俺らこんな風に仲良くならなかったから」

 「そうだねー。僕もあの時の自分をほめてやりたい気分だよー」

 楽しそうに二人は語る、過去の事を。




 沢山の話をした。

 ライアは話す事に飢えていた。今まで当たり前のように出来た当たり障りのない話が『勇者』として認識された事で出来なくなった。当たり前だった日常が消えうせて、周りの人々は皆自身に怯えていた。

 「あのね」

 「僕は――」

 「僕はね」

 ライアが次々と口を開いて、話す言葉をリトは聞いていた。

 『人と会話をする事』さえも今までまともにしてこなかったリトは一生懸命話すライアに戸惑った。当時のリトは、会話があまり出来なかった。

 当たり前だろう。意識の覚醒した幼い頃からリトは恐れられてきた。誰もリトに愛情を持って接しなかった。言葉をまともにかける事はなかった。

 だからリトは喋る事がうまくできなかった。リトはライアが一生懸命に話すのを不思議な気持ちで、面白いようなものを見るような目で聞いていた。

 『勇者』と『魔王』――似ているようで違う。全てが対称であるようで、そうではない。境遇的に言えば似ている。

 ライアはリトとは違って喋る事が上手だった。誰かに語りかけたくて仕方のなかった様子に、自分とは違うとリトは感じた。自分のように元から全てなかったわけではない、『勇者』は元からあったものを『勇者』であるが故に失ったのだ。

 違う、と思った。

 だけれども、同じだとも思った。

 結局『勇者』と『魔王』というものは、人間や魔族にとって別の存在であるのだ。特別な存在であり、恐れられる存在である。決して対等にはなり得ない。そう、決して彼らは『普通』ではない。特にこの世界において『勇者』と『魔王』とは特別すぎた。

 だからこそ、リトは馬鹿みたいに期待した。

 『勇者』となら、対等になれるのではないか。

 そう、期待した。

 だから大人しくライアの話を聞いていたリトは沢山お話をして満足した様子のライアに向かって笑った。

 自然に自分の表情に浮かんだ笑み、それに驚きながらも、だけどリトは喜びを隠さなかった。

 「……ねぇ、『勇者』、僕とこれからも時々話さない?」

 自分と対等であれるかもしれない。

 自分に何か違うものを見せてくれるかもしれない。

 リトにとって『勇者』はそういう希望を持たせてくれる相手だった。

 そして驚いた顔をしたライアは、それに笑顔で頷いた。

 「場所は此処で」

 「………あ、でも僕、抜け出せるかわからない」

 「抜け出す事さえ出来ないっていうなら、君はこれから『勇者』として生きて行く事は出来ないよ」

 そう、本当にそれだけ弱いなら、弱い事が露見してしまえば殺される可能性の方が高い。弱い『勇者』を殺し、新たな『勇者』を確保する、またはこの世界で見つからないなら他から召喚するのを行うだろう。

 『勇者』と『魔王』は所詮、その肩書きでしか周りに見られない。幾らでも換えのきく存在なのである。それを『勇者』はまだ理解していない事に気づいて、リトはその自覚のなさに驚いたものである。

 「あのね、僕達は―」

 それからリトは自分の立場に対する自覚のあまりないライアに教えた。『勇者』という立場について。

 そしてその危うさをリトから聞いて理解したライアは怯えたような表情を見せた。まぁ、当たり前と言えば当たり前である。ライアはまだ子供だ。そんな所まで頭が回っていなかったのだ。寧ろこの年でそこまで考えているリトが異常に頭がよかっただけである。

 「じゃあ僕、がんばって抜け出せるようにはなる」

 「うん。僕は今でもがんばれば抜け出せるからね。がんばってよ、『勇者』」

 「……がんばる。何時会うの」

 「そうだね、『勇者』が抜け出せるようになっているかはわからないけれど、一応一ヶ月後にしとこうか。僕は覚えてたら此処に来るよ。だから、『勇者』も覚えていたら、そして抜け出せるようになっていたらおいで」

 リトは笑っていった。

 その言葉にライアは頷いた。

 「じゃあ、僕は帰るよ、じゃあね、『勇者』」

 リトは空を見上げてそう口にした。そして背を向けて歩き始める。空はすっかり暗くなっていた。今から魔王城に戻れば、魔族達が煩い事だろう。

とはいっても彼らはリトが『勇者』にあったなどと想像しないだろうから、どうにでも出来るとリトは思っていた。

 だからのんびりと帰宅する事にした。

 背をそむけたリト。ライアはそれに慌てて声をかける。

 「ま、待って!」

 リトはその声に振り返る。

 「何?」

 「ま、『魔王』の名前は? 教えてよ」

 「名前……?」

 そう問いかけるリトの声は酷く不思議そうであった。

 リトにとって名前は意味のないものだった。だって誰もその名は呼ばない。只の記号。『魔王』という記号に押しつぶされて、最早存在しないもののように存在感のない記号である。

 それを教える意味が、当時のリトにはわからなかった。

 「うん、これから一緒にお話するなら、名前って知っとくべきだと思うから…」

 「……ふぅん」

 「あ、ぼ、僕はライアって言うんだ」

 「ライアね、僕はリト」

 「リト? わかった。リト、これからよろしく」

 そして二人は名前を交わし合い、その日はそのまま別れた。




 「僕さ、あの時ライア抜け出せなくて来ないかと思ってたんだ。もしくは『魔王』っていう存在にあうのを恐れてこないかと。だから、ライアが一ヶ月後本当に居た時驚いたんだよね」

 「俺も、もしかしたら夢だったんじゃないかって思った…。でも、会いたいって思ったから。俺の事怖がらなかったリトにもう一度夢でもいいから会いたいって」

 「ふふ。僕は何かが変わる気がして、ライアに会いたかったんだ。『勇者』となら『魔王』も対等になれるかもしれないって、そう期待したから」

 ライアはただ会いたくて。

 リトはただ期待して。

 そんな自分勝手な思いから、彼らは再会を約束し、また出会ったのだ。

 「俺、あの時リトに出会えてよかったって思うよ」

 「うん。僕も。そして会う約束をして、何度も出会えてよかった。本当あの時出会わなきゃ僕らはきっと今の関係ではいられなかったから」

 その出会いはまさしく偶然だった。

 ライアがたまたま逃げ出した時、リトが逃げ出していたから。

 壁の向こうにたまたまリトが行こうと思ったから。

 そして行った先に本当に偶然にライアが居たから。

 出会わなかった確立の方が断然高かった。でも、彼らは出会った。出会ってしまった。

 『…それから、何度も会ったんですか』

 メフィストが聞いた。にこにこと笑って、過去の話をした二人に向かって。

 「そうだよ。俺らはあれから何度もあった。そして、殺したくないって思ったんだ。リトと一緒に居ると楽しいって思って、親友になった」

 「うん。何度も会って、似てるなって思って、話しているうちにライアの事大切に思えるようになったんだー。だから、殺したくない。僕らは二人で生きて行きたい」

 頷いて、そう口にする。

 殺したくない。二人で生きて行きたい。どちらかがかけた世界を行きたくない。

 言うなれば、二人の願望なんてたったそれだけだった。

 だけれども、彼らは『勇者』と『魔王』であり、この世界で二人が共にある事は周りが許さない。

 だからこそ、

 「俺は異世界に行きたい。リトと一緒にのんびり暮らせる場所に」

 「僕は異世界に行きたい。ライアと一緒に楽しく暮らせる場所に」

 二人はほぼ同時にそういった。似たような台詞をかぶせていってしまったことに二人は驚いて、顔を見合わせて、そして笑った。


 ―――『勇者』と『魔王』は思い出話を語る。

 (だから、彼らは互いに殺し合う事を望まない。共に生きる場所へと、飛び出したい)


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