勇者と魔王は逢引中です。
「あー、リトに会いたい」
人間界の『勇者』―――ライアは王宮にあてがわれた自室でため息交じりにそう零した。その金色の瞳は憂いを帯びている。
彼が『勇者』という名の圧倒的な力を持つ化け物ではなければ、さぞ女性陣に慰められたことだろうが、現在落ち込む彼の隣には誰一人居ない。
『魔王』であり親友である少女リトとの異世界逃亡計画のために、ライアは光属性の影武者をおいて素材集めに励み、ある程度の素材は確保できた。
が、帰ってきてみれば影武者の魔法の事がバレてしまっていたのだ。
そうして監視がきつくなった。国に反逆できない呪いもあってどうにも出来ない。
本気で魔法を使えば抜け出せるだろうが、ばれたら面倒だから大人しくしてるのが得策だろう。そういうわけでライアは大人しくしていた。
ライアはリトに会えない事に落ち込んでいた。
部屋の中を見渡して、ライアはふぅとため息を吐く。
王宮の一室という事もあってその部屋はいかにもお金がかかっていそうなものばかりが並んでいる。
天井に煌めくシャンデリアは水晶で作られており、机や椅子といった一般的な家具も高級素材により出来ている。
床には赤い絨毯がひかれており、脇に飾られている壺なんて平民では一生働いても稼げないほどの値段がするものだったりする。
周りから見れば王宮で暮せ、圧倒的な力を持ち、『魔王』を倒せば将来が約束されている。
そんなライアの立ち位置が羨ましいと思うかもしれない。それでもライアが望んでいるのはこんな生活ではなかった。
「……豪華な部屋も、圧倒的な力も、約束された未来も何も要らない。リトとのんびりとどこかで二人で暮らせればいいのに」
とただ、それだけを望む。
自ら望んだわけでもないのに『勇者』として生まれ、挙句の果て唯一の理解者で親友の『魔王』と殺しあえと言われ、周りから向けられる視線は自分を『化け物』として見る目。
『勇者』の力も要らないから、普通に生まれたかったとただ思うのだ。そして普通に生まれて、普通にリトとあって笑いあえればそれでよかったのだ。
それでも右肩に存在する『勇者』の証は確かに存在していて、自分は『勇者』としてここに居る。
リトに会いたいのはライアの本心である。とはいっても、リトに会っている事を周りに悟られたら面倒だ。せめて抜け出す意志がないと周りに安心させてからしかリトと接触すべきではないだろう。
異世界に行きたいとは思うものの、簡単に行けるとも思ってはいない。
長期戦で少しずつ秘密裏に進めていく他ないのだ。とはいっても監視があってリトにいつも以上に会えないのが辛いのだ。
ただでさえ、『勇者』と『魔王』という立場が故に簡単には会えないというのに…とライアは項垂れていた。
こちらが動けばすぐにばれるだろうし……、それでもリトに会えないのもしばらく行けずに心配かけるのも嫌だとライアは思う。
こういう時に異世界に行きたいという思いが強くなる。
異世界に行けばライアとリトの『勇者』と『魔王』という肩書がなければ共に過ごしても誰にも文句を言われない。大切な人と殺しあいを強制させられたりもしないですむ。
椅子に腰かけてうなだれたままライアは絶対に異世界に行ってやると思考を巡らせ、借りた異世界についての本をぱらぱらと捲った。
そんな中で、トントンッと何かをたたく音が聞こえた。
不思議に思って、警戒するように音のした方を見る。そこは窓だ。窓から響く音に、此処4階なんだけどと思いながらも扉を開けば…、
「やっほー、ライア」
「……リト!?」
そこにはリトが居た。
何で窓からとか、人間の国の王宮に普通に『魔王』がくるなよとかつっこみたい事はいくつもあったのだが、とりあえず中に引き入れる。
リトはとんっと部屋の中に綺麗に着地して入ってきて、ライアに向かって笑みを浮かべている。
「リト、此処に入りこんでて大丈夫なのか?」
「んー、しばらくはばれないと思うから平気だよ。幻覚魔法とかかけてるからさ」
幻覚魔法はリトの得意とする魔法だ。最もリトが『魔王』として生まれ、膨大な魔力量と魔法センスを持っているからこそ出来る技だ。
幻覚魔法は本来簡単に使えるものではない。どういう幻覚を見せるかは術者の想像力に由来する。幻覚魔法に作用する脳の一部―――これは脳を幾つかの区画に分ける中の一つと考えればいい―――そこに見せたい幻覚の映像以外の光景を思い浮かべてはこれは確実にバレてしまう。
幻覚魔法を使いながら他の事をすると大抵その一部に他の映像が入りこんで、上手くいかないものだ。だが、リトは何かをしながらでも多くの人に幻覚魔法をかけるだけの技能は持っている。
だからこそこの場に騒ぎも起こさずこれたわけだが、幻覚は所詮幻覚だ。見破られれば『魔王』が『勇者』を闇討ちしに来たとでも騒がれそうな事態であった。
「何できたの?」
「ライアが心配だったからに決まってんじゃんか。情報集めてたら影武者ばれたって聞いたからさ、ライアがどんな状況かなと。あいつら影武者に気付いても僕がこうやって乗り込んでくるとは思ってないだろうしさ。ライアが今の状況でこっちくるより断然楽じゃん。実際楽に侵入できたしねー」
にこにこと笑ってリトはそんな事を言う。
こんな風に無邪気に微笑みながらも幻覚魔法を行使中というのだから、末恐ろしい魔法の才能である。
まぁ、実際リトのいう通りである。ライアは監視されているも同然なので行動すればばれる恐れがあるが、こちらの王族達もまさか『魔王』が『勇者』に会いに来るとは思っていないのでリトに対する警戒心はない。
だから余計気づかないのだ。
「翻訳具の材料もらいにきたのもあるけどね。僕の方も材料揃えたし、少しずつ準備しとこうと思って」
「そうか。まぁ、俺もリトに会いたいって思ってたから会いにきてくれてんのは嬉しいけどな」
「うん。僕もライアと一緒に居ると安心するし楽しいから会いたかったよー」
そんな会話をしながらもライアは翻訳具の材料を収納ボックスから取り出している。
四つの物体が転がる。
二つは、水色。透き通るような空色の輝きを持つ五センチほどの小さな物体。
二つは、赤色。ルビーのような紅色の輝きを持つ丸い小さな物体。
それは前者が《ウィンディーネの涙》であり、後者が《ホワイトウルフの涙》である。
翻訳の魔法具を作るための材料である。ちゃっかりもう入手していたらしい。
普通に考えて一般人には一人で調達できるものではないが、そこは『勇者』の実力で軽く調達してきた。
「おー。流石僕の親友、きっちり狩ったね! 傷もないしさ」
「《ウィンディーネの涙》の方は割と楽だったぞ。『勇者』だからってくれたし。《ホワイトウルフ》も狩る分には問題なしなぁ。で、そっちは?」
ライアとリトは向かい合うように腰掛けてそんな会話を呑気に交わす。
一応、此処は人間の国のお城でありリトにしてみれば敵の本拠地なのであろうが、何とものんびりした会話である。
「ん? 余裕かなー。《ファイアードラゴン》さ、そこまで強くなかったんだよねー。思ったより。《メタルキングスライム》は探すのはだるかったけどさ。倒すのはね、簡単だったかなー」
「流石、リトだよな」
「仮にも僕『魔王』だしねー。その辺の魔物に負ける気はないよ」
そういうリトの黒眼が自信満々に輝く。
ライアとリトは自分の強さぐらい少なからず理解している。自惚れではなく、真実でこの世界で一番力を持っている生物は『勇者』であるライアと『魔王』であるリトであろう。
第一周りの反応やら、環境やらで自分が強い事ぐらい自覚するのは当たり前だ。
「さてと、ライア。僕受け取ったし帰るよ」
「もう帰るのか?」
ライアは椅子から立ち上がったリトを見る赤目は何処か寂しそうである。
「うん。一応ばれないうちに帰っとくべきだしねー。ライアの元気そうな顔もみれたしさ」
そういいながらリトはさっさと入ってきた窓の方へと向かっている。
「じゃ、またな、リト」
「うん。余裕が出来たらまた会おうねー」
リトはライアの言葉に笑って、そのまま窓を開けると勢いよく飛び降りた。
ライアが見つめる中で、リトは地面に着地した。4階から飛び降りたというのに無傷なリトは振り返って笑みを浮かべる。
「あ、《禁術第17位メフィスト召喚の悪魔の施した魔法陣》の準備もとりあえず一人でできる限りやっとくねー」
「ああ」
「じゃ、またねー。それともうすぐ幻覚魔法解くから」
「ああ」
彼らはそう言って言葉を交わす。
そしてその後は何事もなかったかのようにライアは部屋でくつろぎ、リトは魔界に帰っていくのであった。
――――『勇者』と『魔王』は逢引中です。
(そうして逃亡計画は着々と進んでいたりする)