勇者と魔王は異世界について勉強中です。
「リト、久しぶり!」
そこは、魔界と人間界の国境。
国境は大きな壁で遮られているのだが、ライアはそれを軽く飛び越える事が出来る。だからぴょんととび越えて、普通にリトに会いに来ていた。
人間界と魔界の上層部が聞いたら卒倒しそうな事であるが、そんな逢引は十年近く続けられている。
視線の先には、手作りの木の椅子に座って本を読んでいるリトがいる。リトはライアの声に、本から視線をずらしてライアを見た。
国境は丁度ルネア森と呼ばれる魔物の生息する地帯の中央部で遮られている。魔物が生息する危険性から、ほとんどこの付近には魔族も人間も来ない。
しかし、この国境はライアとリトによって逢引する場所であった。
出会ってしばらくたったころに、二人で小さな小屋を作って色々持ちこんでいたのだ。
リトが座っているのは、天気が良い日に外で話をするために二人で作った木の椅子と机である。
食堂などの公共の場で会う事もあるのだが、人がいない状態でのんびりしたい場合はこうやってこういう場所に集まるのだ。
「ライア、久しぶりー」
「ああ。リト、何を読んでるんだ?」
にこやかに笑うリト。ライアは向井側の椅子に座ると、興味深そうにリトが持っている本に視線を向けて問いかける。
「あー、異世界の本。貸してもらえたから、持ってきたんだ」
「マジ? ああ、でも俺も持ってきたけど」
流石、親友と言うべきかライアとリトは考える事も一緒であった。
異世界についての本は、一般では出回っていない。しかし国の中枢部の図書館などには少なからずそういう本がある。
異世界の知識というのは、知っていて損はないものなのだ。
過去の研究者の中には異世界人からあらゆる情報を聞き出し殺したような残虐なものも居るのである。未知の知識、自分の知らない知識――研究者はそういうものに貪欲だ。
知識を得るために異世界人を拷問した記録も残っている。
「うん。ライアを殺すために必要っていったらどうにか持ちだし許可を出してくれたよ。あのうっさい人達」
「あー、こっちもそうだぜ。リト殺すために必要なものなんだって力説したらどうにか貸してくれた」
『殺すために必要』と言えば、ほとんどの人は彼らに力を貸すのである。自分たちの種族が優位に立ちたいという欲にまみれている人々の事をライアとリトは好きではない。
「本当、物騒だよねー。殺せ殺せってさ。もっとなんかないのかなぁー。あの人達、他に言う事」
「さぁ? ないんじゃね? こっちもうっさいなぁ。あの聖剣の聖女とか。何でこんな物騒なんだろうなぁ」
うんざりしたように二人はそういって会話を交わす。
「仕方ないんじゃない? 人間は魔族を受け入れられなくて、魔族は人間を受け入れられないって事でしょー?」
人間は魔族が嫌い。
魔族は人間が嫌い。
そして互いの存在を受け入れない。
それはこの世界においての常識。可笑しいのは、人間と魔族でありながら互いを親友とするライアとリトの方である。
「まぁな。そもそも人間界内でも肌の色だのなんだので差別あるしなぁ」
「だよねー。魔界でもちょっと外見がアレな人とかだの、周りが差別してるよ。だから決定的に違うから受け入れられないんだろうねぇ。僕人間は敵意半端ないから嫌い。でもまぁ、魔族もいやだけど。殺せってうっさいもん」
はぁとため息交じりにリトは言う。
「あー、わかる。俺も魔族は敵意半端ないし、周りは殺し合わせようとするからいやだな」
「だよねー。あ、でもライアは別だよ? 僕ライアは好きだよ?」
「だよな。俺もリトは特別だなぁ」
殺せだのそういう事ばかりいってくるので、互いに周りに居る人々が好きというわけではない。寧ろ嫌いなのだ。
そして、そんな会話をしながら、二人は異世界についての勉強をすることにして、収納ボックスとよばれる袋から本を取り出す(魔法により沢山のものが収納可能という便利な高価なものである)。
収納ボックスは魔力を消費するものであるため、誰にでも使えるものではないのだがライアとリトはそれを簡単に使っていた。二人は流石『勇者』と『魔王』と言えるほどの魔力を持っているのだ。
「そういえばさ、リト」
「んー?」
「何か、城とか図書館とかの本探してきたんだけどさ。なんかわけわかんない召喚系の日記とかあるんだけど」
「日記?」
「ああ。『召喚勇者 コウジ=サクライの奮闘記』とか。なんか図書館の奥深くに埋まってたんだけど。表紙はこっちの共通言語なんだけどさ。中身が何処の国の言葉なのかわからないが、よめねぇ」
「あー、異世界人だから異世界の言葉じゃないの?」
ちなみにその言葉は『日本語』だというのはもちろん、彼らは知らない。
「まぁ、そうかもな。つか、異世界にいったらまず言葉とか通じねぇ事考えねぇと」
「そこら辺はさ、異世界召喚に伴って魔法で言語が通じるようにできる道具とかの作り方こっちの本に載ってたから作ろうよ」
「本当か? なら作るか…」
ライアはリトの言葉に食いついた。
異世界に行くにあたって言語の違いというのは大きな問題である。意志疎通が出来なければ現地の人々と交流を深める事さえもままらならい。
「それにしても、召喚魔王とか勇者って大変そうなんだけど。本見る限り」
リトはパラパラと本をめくりながら言葉を零す。
「大変って?」
「何かさ、本にのってるには、生誕勇者とか生誕魔王に比べて召喚勇者とか魔王って、弱いらしいんだよね。もちろん、生誕でも弱いのもいるらしいけど…。それで、生誕勇者VS召喚魔王の時があったらしくて、もちろん、召喚魔王側が負けちゃうからって、何かこっちで殺しちゃったらしいよ?」
「うげ…、殺したのかよ」
「そう書いてあった。弱い魔王は要らないんじゃない? 勝てなきゃ意味ないわけだし。だから強いのが出るまでずっと呼んで、殺してを繰り返してたみたい」
「うわー、召喚された連中可哀相だな、本当…。本当、道具扱いじゃねぇか…」
うわーっという表情でライアが言葉を口にする。
この世界には『勇者』も『魔王』も一人ずつしか現れない。だから新たな『勇者』と『魔王』が生まれるためには現役勇者と魔王を排除する必要がある。
幾ら強い『勇者』と『魔王』を求めるためとはいえ、えげつないやり方に二人の顔は嫌そうに歪んでいる。
「その点、僕らは生誕で、しかも強くてよかったよねー。弱くても生誕なら殺される可能性あったらしいよ?」
弱ければ生誕勇者と魔王だろうと殺されていた可能性があった。二人は強かったからこそ、殺される事がなかったのだ。
「あー、まぁ、そうかもな。でも、アレじゃん。俺ら呪われてんじゃん」
「ああ、まぁね。というかさ、結構状況把握できてない子供に呪いかけるとか、本当ありえないよねー」
そう、ライアとリトには現在呪いなるものがかけられている。
というのも、過去の『勇者』や『魔王』に人間界や魔界に反逆を企んだものがいたのだという。それに大きな打撃を受けたらしい人間界と魔界の上層部は、呪いを生み出した。『勇者』と『魔王』が反逆を企てないように。
要するに国を滅ぼそうとか考えたら死を思わせるほどの激痛が走るという事情がある。最悪の場合、死ぬこともある。
子供の頃にライアとリトは呪いをかけられた。呪いというものが何なのか理解しない内に、二人は枷をはめられた。
強いからこそ、殺されずにすんだ。だが、呪いがついていることは何とも言えない嫌な感じがするものである。
最も例え呪いが掛けられてなかったとしても、国を滅ぼす気は二人にはない。この世界で人間界と魔界を支配して生きて行くなんてそんな未来、二人は望んでいないのだから。
『勇者』と『魔王』というしがらみをなくして、二人で只生きていけたらいい。そう願っているだけなのだから。
「まぁな。あーあ、つか本当異世界いきてぇよな」
「うん。行こうよ。召喚の魔法を応用すれば、世界を渡れるはずなんだから!!」
「ああ。それで、精一杯のんびり暮らしたい!」
「だよね。異世界がどういう所かさっぱりわからないけど…、僕とライアなら大抵の奴には負けないだろうし」
「ついでに呪いを解く方法も研究しようぜ。異世界にいってまで呪われっぱなしって何かやだ」
「だよね。色々頑張ってお勉強しようか」
「ああ」
そういして、リトの笑いかけにライアは頷くのだった。
―――『勇者』と『魔王』はお勉強中。
(仲良く森の中で、二人は逃亡を夢見てる)