勇者と魔王は計画中です。
アレスト王国は人間界にある多くの人間国家の中でも強国と言われている。
強国と呼ばれるのには幾つもの理由がある。
一つ目の理由は領土が広い事、二つ目の理由は圧倒的な軍事力を保持している事。そして三つめは――、今代の『勇者』がアレスト王国に居る事である。それらの事からもその権威は人間界の中でも強い。
そんなアレスト王国の王都はそれはもうにぎわっている。
道に埋め尽くさんばかりに溢れた人々は田舎から出てきた者を酷く驚かせるものである。
王都には、幾つもの食堂が存在している。
そこには近所の市民や冒険者、旅行者といった様々な人間が訪れる。
王都に店を開けるほどに人気の食堂の一つ――アストア食堂ももちろんの事人々で賑わっていた。
席に座る事が出来ず、席が空くのを待っている者も居るほどであった。
そんなアストア食堂の中で、食事をする二人組がいた。食堂内の端に存在する二人用のテーブルで食事を交わす二人は、まだ若い男女だった。
「……なぁ、リト」
「ん?」
リトと呼ばれた少女は自身の名を呼んだ少年へと視線を向ける。
リトはフードを深く被っており、その隙間から艶のある黒髪がはみ出していた。そしてその黒目は赤渕眼鏡で少し隠されていた。丸々とした顔立ちで、美人と言うよりも可愛らしいと言える少女である。その髪は所々寝癖で撥ねている。
リトと向かい合うように座り、疲れた表情を浮かべているのは赤髪に金色の瞳を持つ少年だ。机にもたれかけるように少年の愛剣が立て懸けられている。
「うっさいんだけどあいつら」
「…ああ、それは僕の所も」
少年の言葉にリトは同意するように頷いて答えた。
「お前らが勝手にやれよって感じだよなぁー」
「だよねー」
もぐもぐと美味しそうに食事を口にしながらも、二人は会話を交わす。
「大体俺とリト仲良しだし?」
「うんうん。六歳の時に意気投合して親友だもんね」
少年――ライアの言葉にリトは笑って頷く。
「それをなぁ?」
「だよねぇ。あ、これおいしい」
「一口くれ。俺のもやるから」
「うん」
互いに自分のフォークで食べ物を突き刺して、相手の口へと差し出す。ナチュラルにあーんをする二人は何処からどう見ても仲良しな二人組であった。
しかし、この二人常識的に考えれば共にいるのがおかしい、いや、共にいてはいけないと言われる二人組であったりする。
信じられない事に、二人はこの世界において憎しみ合い、殺し合っているはずの『勇者』と『魔王』なのであった。
ちなみにこの場で普通に食事をしているのを二人が気づかれないのは、そういう効果の魔法を行使しているからである。
「マジでうまいな、これ」
「うん、ライアのも美味しい」
「今日もさ、俺に聖剣押しつけてきてさ。『魔王』を殺してきてくださいなんて周りの奴らは言い始めるし、相変わらず聖剣は人格無視ばっかしてきて超怖いし、嫌で逃げてきた」
「うん。僕も追い回されてうんざりしたから逃げてきた。あー、わかる。僕の魔剣も怖い。あれ、先祖の魔王ついてるからかなり怖い」
そういってブルブルと少し体を震わせるリトであった。
魔剣の所持者である『魔王』がそんな事を言って怖がっている光景は何とも不思議な光景である。
「こっちは先祖の聖女とか言うのだけどさ。持っているとずっと『魔王』を殺せ殺せって言ってくる。何処か聖女だよって突っ込みたくなった」
人間達に崇められる聖女にそんな突っ込みを入れたくなるのなんてライアぐらいであろう。
「うん…。こっちも『魔王』うるさい。魔剣いらない」
「だよなぁ。俺も聖剣いらない。聖女怖い」
二人してうんざりしたように言葉を発する。
この二人、どうして自分達が『勇者』と『魔王』に選ばれたのか全く分からないが、何故か生まれながらの『勇者』と『魔王』なのである。
全くそんなもの望みもしていないのに『勇者』と『魔王』の証である体に現れる紋章が生まれながらにあったのだ。
『勇者』と『魔王』の証はそれぞれ特有の紋章である。『勇者』の物は白、『魔王』の物は黒――驚く事に互いの紋章は色が違うだけである。
この世界は人間と魔族の二つの種族しか世界にはいない。
そしてその二つの種族が昔から争いあっていた。
『勇者』の武器とされる聖剣には、聖女の魂が宿っている。
聖女とは預言者である。『勇者』を探す役目を担っている人間界では重要な役割の乙女をさす言葉だ。
『魔王』の武器とされる魔剣には、歴代の『魔王』の魂が宿っている。
『勇者』を憎んでたまらない怨念が魔剣に宿っていると思ってくれればいい。
そしてこの聖剣と魔剣、ライアとリトが手に取ると『殺せ』という思いを心に語りかけてくるのだ。それに二人は心底うんざりしていた。
親友を殺すなんて真似をしたくない二人はあまり聖剣と魔剣を使わない。
今机にたてかけているライアの長剣も聖剣とは別のものであった。
「そもそもさ、別に人間と魔族そんなかわんなくない?」
「そりゃあな、見た目とか寿命とか違うだけじゃね?」
「大体、黒とか闇とかが穢れてるっていう差別でしょ」
「だよなー。リトの髪とか真っ黒で超綺麗なのに」
人間と魔族の違いなんて、見た目と寿命だけである。
リトは人間に酷似した見た目だが、魔族の中には魔物と人間が混ざったような姿のものも多い。
特に黒色というのは、人間の間では不吉でけがれているなどと言われている。
魔族からすれば生まれ持った色を否定されているのと同じで、そのせいもあって敵対している節がある。
それに寿命は圧倒的に魔族の方が長い。
ライアは人間が魔族を敵対するのは見た目がけがれた色の黒なのと、寿命が自分達よりも長い事に劣等感でも持っているのではないかと思う。
自分たちとは違う存在を認めず、排除しようとする、敵対するというのは何処にでもある話である。
『勇者』であるライアは黒を特に不吉だなどと思わない。寧ろ今目の前に座っているリトの髪色は綺麗だとさえ思っている。
リトはライアに『綺麗』と言われた事が嬉しいのか、一瞬その顔を嬉しそうに緩ませる。そしてまたうんざりしたような表情を作って口を開く。
「しかし、面倒だよねー。僕そろそろうんざりだよ。ライアと仲良くなった時から殺し合いしないって言ってんのにさー」
「わかるわかる。俺も言ってんのに、全然聞かねぇの。完全に人権無視しすぎて笑えるんだけどさ」
「うんうん。僕らの意見完全無視とかねぇ? 使命を全うすれば何でも差し上げますとか言われてもさー」
フォークを口に入れて、むくれる姿は可愛いと周りに言わせるほどの愛らしさを持ち合わせていた。
「褒美くれるだの、娘を嫁にやるだの。いらねぇよって言いたくなる」
『魔王』を倒した『勇者』がお姫様を娶る。そして幸せになりましたなんていうハッピーエンドはこの世界に多くあるけれども、ライアは決してそんなもの望んでいなかいようであった。
うんざりしたような口調である。
「ライアってば、王様の娘くれるって言われたの?」
「うん。でも要らない。お姫様性格悪そう。見るからに」
聞かれたらヤバそうな事をぽんぽん言っている二人は、視覚と聴覚を遮るような魔法を行使している。
そのため二人の声は周りには聞こえていないし、周りから二人の姿は認識しにくくなっている。
『勇者』は人間界最強。
『魔王』は魔界最強。
そんな二つの種族の最強が行使した魔法である。もちろんの事、誰も破る事も出来ていない。
そもそもの話、普通人間は魔界には行けないし、魔族は人間界にはこれない。
それなのにリトが普通に人間界にやってこれているのはそれだけの強さが彼らにあったからだ。
「それに、お姫様、俺の事同じ人間として見てないし」
ライアはそんな事を口にする。
そう、『勇者』は人間でありながら人間として認められない存在であった。それは『魔王』にも当てはまる。
「僕、魔王とか言われてるし、ぶっちゃけ、魔界で一番強いしさ。親友ライアだけだしねー」
「あー、わかる。俺も『勇者』だしさ。人間界で一番強いし、『勇者』だからって敬遠されるんだよなー」
リトの言葉に同意するかのように頷くライア。
二人は食事を進めながら、なんとも普通の様子で悲しい事を言っていた。
「うんうん。だよねぇ。皆遠巻きに僕を見てくる。そして、寧ろ脅えてる! って感じだよねー」
「俺寧ろ、『勇者』って知られた時両親に化け物見る目で見られた」
「あー…、それショックだよね。僕の場合は『魔王』として知られる前から、ちょっと幼くて力制御できなくてやっちゃったらさ、”近寄らないで化け物”だよ?」
リトは少し悲しそうに、諦めたように口にした。
力があると言う事は異端であるという事だ。
ある程度の力ならば問題ないかもしれない。
だけれども、圧倒的で、その種族の枠組みを大きくはみ出た力と言うのは、恐れられるものなのだ。
それも当たり前と言えば当たり前の事なのかもしれない。
『勇者』と『魔王』というだけでも一般人からすれば化け物とされる力を持っている。それだけでも恐れられるに充分な理由なのに、ライアとリトは歴代の中でも最強クラスの力を持った『勇者』と『魔王』だった。
そのため、周りは余計に二人の事を恐怖している。
「うわー、それは……悲しいなぁ。俺の場合は速攻で、人間界の国の王のオークション的な物にかけられた」
「え、ライアこの国の王に買われたの?」
「うん。勇者いたら箔が付くのが知らないけど、買われた」
はぁ、とため息を吐きながら二人してそんな事を言う。
人間界全てに勇者として知られているライア。
魔界全てに魔王として知られているリト。
二人して、色々面倒だなと息を吐く。
「つか、マジ邪魔だよな。リト殺せとか普通に嫌」
「うんうん。僕もライア殺すの嫌。アイツら邪魔。あと、僕の血が欲しいのが夜這いかけようとするバカ貴族がいたんだけど」
思い出すのも嫌なのか、そう口にするリトの表情は硬い。
「は?」
親友である少女が馬鹿な魔族に夜這いをかけられそうになった。そんな事を聞いたライアは即座に怒りに表情を変えた。
その目には本気の殺意が現れていた。ライアの纏う魔力が、怒りに震えていた。その魔力は、食堂を木端微塵に破壊出来るほどの力を持った恐ろしいものだった。
でもそんな殺意を感じてもリトは笑っていた。
「わー、ライアの眼が超怖い。大丈夫、きっちり半殺ししたし、殺そうかと思ったけど貴族だからさー」
「いや、殺せよ、そこは。俺が許す」
物騒な事をさらっと言う『勇者』であった。
「ところで、ライア」
「何だ」
「何か面倒だから逃げない?」
リトはにっこりと笑って、突然そんな事を言い始めた。
「逃げる、って何処に?」
「異世界。魔王城の文献調べてたらさ―。異世界からの召喚魔王とか勇者とか居るらしいからあるみたいだからさ。そういう魔法の研究しまくって逃げない? 僕もライアも魔法の才能あるしさー。できると思うんだよね、やろうとおもえば」
リトの言葉にライアはその金色に光る目を見開いた。
この世界には大陸は一つしかない。それでいて大陸内で人間界と魔界が対立しあっている。外の世界なんてこの世界内では存在しない。だからどれだけ嫌でも逃げようがなかったのだ。
だが、しかし、リトは異世界という可能性を示した。
今まで考えた事もなかった、新たな可能性を。
「何それ、超いい! 異世界にいって、リトとのんびり暮らすとか超楽しそう」
ライアは思わず身を乗り出した。その言葉にリトも笑顔で頷く。
「だよねー。僕もそうおもってさ。だからこれから、研究しようよ」
「うん、いいな!」
「それで、殺せコールからおさらばしよう!」
リトもまた笑顔である。
「異世界なら俺らより強い奴いるかもだし! それなら化け物って目で見られない!? やべぇ、希望湧いてきた」
「だよねー。でもまぁ、僕ライアがいればそれでいいや。だって他人ってね、うんざりするし」
「ああ、確かに。殺せコールか、脅えるかしか基本いねぇもんな。うん、俺もリトがいればそれでいいや」
二人して、リトとライアはそういって笑い合う。
「よし、俺も城で文献読みまくる。”魔王倒すために”って嘘つけばあいつらバカだから何でも見せてくれる」
「うん、僕も”勇者倒すから”って言えば何でもしてくれるはずっ!!」
「実際は倒さないけどな」
「うん、倒さないもんねー」
「二人で生活するためにも、頑張ろうか」
「うん、一緒に居ても文句言われない生活を勝ち取ろうかー」
二人はそういって立ち上がる。
「じゃ、俺帰る」
「うん、僕も帰る。また、連絡する」
「おう」
そして、リトはライアの言葉を聞くと、魔法を使って風と共に消えていった。ライアも、それを見届けて、その足で食堂から出ていくのだった。
――――『勇者』と『魔王』は逃亡計画中。
(はたからみればただの駆け落ちでしかない)