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勇者と魔王は共にいない。

 「『聖戦』は近づいております。『勇者』様、どうか、『魔王』をその手をもって滅ぼしてくださいませ」

 ライアの目の前には女が居た。

 プライドの高そうな金色の髪を持つ女――それはこの国、アレスト王国の王女である。

 宝石のちりばめられた赤いドレスを身につけた彼女は護衛を幾人も引きつれてライアの自室へと来ていた。

 この王女が一人でライアの部屋を訪れる事はまずない。それは、ライアの力を恐れているからに他ならなかった。

 「―――はい」

 嫌々ながらライアは口を開く。

 幾ら美しくても、ライアは王女に欠片も惹かれていなかった。その青色の目は、ライアを見つめている。でもそれは、同じ人間を見る目ではなかった。

 『聖戦』は近づいている。

 そう、王女は告げた。

 だから、勝てと。そして『魔王』――大事な親友である『魔王』を滅ぼせという胸糞悪くなるような事を言う。

 タイムリミットは近づいてきている。

 『聖戦』が行われる。『勇者』と『魔王』の殺し合いが。

 メフィストを実験体にして、城に帰ったライアは『聖戦』の日時を知らされた。それは一週間後であった。

 ギリギリまで隠されていたらしいそれをライアは察する事が出来なかった。秘密裏にそれは進められていたのである。

 そしてすぐに『聖戦』が行われるからと忙しくなった。

 人間達の前に顔を出し、『魔王』を滅ぼす事を宣言したり、絶対に殺しなさいと次々に人間界の重役たちがやってきたり――…。

 外に出る事さえもままならない。

 もう少しで、あと少しで、異世界に転移するための魔法が完成するというのに、リトに会えない。

 会いたい、会いたいとライアは目の前に居る王女の言葉に適当に頷きながら思う。

 不安になるとライアはリトに会いたくなる。会えば、安心する。何が起こったって大丈夫だってそう思うから。

 「そして、貴方様が勝利した暁には私と婚姻を結んでもらいますから…」

 そう言い放った王女の言葉は、何処か嫌そうに歪んでいた。

 『勇者』と王女の結婚なんて、所詮は形だけのものである。そこに『気持ち』がないけれども、結婚をする事が決められていた。

 それは、『勇者』を夫にしたという箔をつけるため。それは、『勇者』に甘い蜜を与えて反抗しないようにするため。

 そんなもの、何も望んでないのに。

 そんなもの、要らないのに。

 ライアは王女の言葉を聞きながら、ただそう思う。

 王女はそれから護衛を引き連れて去っていった。

 一人、ぽつんと残されたライアはベッドに寝転がる。リトに会いたいな、と只願う。でも今抜け出すのは難しいのだ。

 『聖戦』が行うまでの間にライアが抜け出さないように、彼らは監視を強化している。ライアが『聖戦』を嫌がっている事は彼らにも薄々理解出来ていたのだろう。

 『聖戦』において結果を出さなければその後は下手したら処分される。

 周りの期待する結果というのは、『魔王』を滅ぼす事だ。

 唯一大切で、大好きで、ずっと一緒に居たいと願う親友を殺さなければならない。殺さなければ自身の命は失われるかもしれない。

 ―――ああ、リトに会いたい。

 考えれば考えるほど、そんな気持ちがわき出てくる。


 大切な親友が、隣に居ない事がライアは嫌だった。


 このまま何もしなければ、どちらかが確実に死ぬ。最悪二人とも死亡する。引き分けなんてものを周りは許さないだろう。いや、引き分けにするならば『勇者』も『魔王』も死亡した末の引き分けにしなければだめだ。どちらかが死ぬまで『聖戦』は強制される。

 なら、一緒に居るためにどうしたらいい?

 リトならどうする?

 思考して、たどり着いた答えはたった一つで、ライアはそれを思いつくとすぐに行動に出るのであった。


 *



 「『魔王』様、『勇者』を絶対に滅ぼしてください」

 「貴方様なら絶対に出来ます」

 魔王城の一室、リトの前で魔族が声をあげている。

 一人は下半身が蛇の赤髪の女、もう一人は鋭く伸びる牙以外は人間とは変わらない老人。この二人は魔界権力者である。それでいてリトの教育係を務めた酷く欲に満ちた二人である。

 そもそもこの二人、元々平民であり、権力も欠片も持ち合わせていなかったらしい。だというのに「力が欲しい」という欲望の元此処まで上り詰めたのだという。それは驚くべき事であろう。

 しかし魔界のトップになったというのに、彼らはまだ権力を求めている。人間界をも掌握して、世界のトップに立ちたいという欲望を秘めているのだ。

 幼いころから知っているこの二人の欲望をリトはよく知っていた。それでいてこの二人の事をリトは酷く嫌いだった。

 彼らにとってリトは、人間界を掌握するための道具である。

 「うん」

 とりあえずリトは乗り気ではないけれども頷いておく。

 此処で否定しても面倒な事にしかならない事なんてわかってるから。

 「『勇者』は歴代でも最強のようですが、『魔王』様の方が強いに決まってます」

 「うん」

 「絶対に滅ぼしなさい」

 「うん」

 リトは「うん」と只答えるだけだ。

 そこに感情はこもっていない。だけれども彼らがそれを不自然と思う事はない。

 それは何故かと問われれば、リトはライアの前以外では基本的に無表情で、何を考えているかわからないような少女だからだ。

 きっとライアと一緒に居る時に笑っているリトを魔界の人が見れば、目を疑う事だろう。

 「『聖戦』は一週間後ですからね」

 「うん」

 返事をしながら、一週間後か、とリトは思う。

 時間がない事が歯痒い。異世界に行きたい。ただライアと共にのんびり過ごしたい。それを叶えるための猶予は一週間しかないのである。

 とりあえずライアに会いたいな、とリトは思考していた。ライアと今後の事を相談したかった。

 だけれどもそんな暇はない。

 『聖戦』の準備で明け暮れている。

 ライアならどうするだろう。ライアは今何をしているだろう。ずっとリトは適当に「うん」と返事をしながらライアの事ばかり考えていた。

 会いたい時に親友に会えない。

 話したいのに親友と話せない。

 一緒に居たいのに、親友と一緒に入れない。

 だから、この世界が嫌い。さっさとこの世界なんて棄てて、違う世界に飛び出したい。

 そのためには、転移魔法を完成させなければならない。ある程度形にしたとして今度は実験をする余裕もない。

 ぶっつけ本番で、どうにかしなきゃいけない。

 それを考えて、それでもいいかとリトは思う。

 だって例え自分たちがどうなったとしても、共に少しでも一緒に生きていける可能性があるならば、そちらを選ぶ。

 何もしなければ、二人とも死ぬか、片方死ぬか。そのどちらかの選択肢しかないのだから。

 二人の権力者がリトの目の前から消えて、ようやくリトは一息をつく。大きくため息を吐いて、そしてリトもまた転移魔法の改良に勤しむのであった。



 ―――『勇者』と『魔王』は共にいない。

 (会いたいのに会えなくて。だけれども行動しなければどうしようもないから行動する)




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