勇者と魔王はメフィストで実験中です。
「覚悟はいいかなー? フィス」
リトが心の底から楽しそうな、愛らしい笑みを浮かべていた。
そこは、森の中。二人の作った小屋から少し離れたその場所に、ライアとリトとメフィストは居た。
豊かな自然だけを見れば和やかで、癒される光景と思われる。だが、彼らの足元には魔物達の死体が転がっていた。
この森には二人がのほほんと会話を交わしているからこそ、忘れがちであるが魔物が大量に生息しているのだ。
魔物達は不運な事にライアとリトに襲いかかり、一瞬で命を奪われた。
その光景を見ていたメフィストは圧倒的すぎる力にその身を震わせているのであった。
『か、覚悟って?』
何も知らされずに、ついてくるように言われてこの場に居たメフィストはリトの言葉に固まった。あまりにもリトが笑顔で、逆に不安になった。
真っ黒な悪魔が固まっている様子は中々可笑しな光景である。
「あのなー、フィス。俺ら詠唱と魔法陣一応完成させたじゃん?」
『そ、そうですね』
ライアの説明するような口調にメフィストは益々嫌な予感がした。
「実際に試してみたら異空間的なのへの扉は出来たわけ、でもさ、入ってその先に異世界がなければ困るじゃん?」
そういうライアの顔もリト同様笑っていた。
『そ、そうですね』
「あはは、フィス、さっきからそうですねしか答えてない。おもしろーい」
メフィストの反応がよほど面白いらしい、リトが笑って言う。
『そ、そうですか?』
「うん、そうそう。あのね、フィス。僕らが安心して飛びこめるように実験体になってよ」
『は、はい?』
その言葉にメフィストは益々固まった。
そして正気に戻って思うのは、そんなもの絶対にしたくないという事である。確かに悪魔は、人よりも頑丈だ。寧ろその存在に死というものはほとんど訪れる例がない。永い時を生きてきたメフィストは、確かに自分ならもし異空間へ通じる道に入り、大変な目にあったとしても生きてはいるだろうとは思う。
それでも、そんな先のわからない事を行おうとは思わない。
が、
「やってくれるよなー?」
「やってくれるよねー?」
目の前でメフィストにとって絶対に逆らってはいけない人リストのナンバー1に堂々と輝いている二人が期待したようにこちらを見ていた。
断るわけないよね、とその目は言っていた。
そして断る事を許さないという意識がそこにはあった。
『そ、その、拒否権は?』
「ないに決まってるじゃん」
メフィストの縋るような声に対し、リトは無情であった。
そんなリトに、メフィストは咄嗟に逃げようとする。
が、
「だーめ」
そのリトの言葉と共に、捕縛された。
リトの禍々しい魔力がメフィストへと絡みついて、その体を拘束していた。
メフィストはそれから逃れようと体をジタバタさせたり、魔法を行使しようとするが、リトの魔力を前にどうしようもなかった。
しかし、どうしても実験体になどなりたくないメフィストは必死に抵抗を示す。
が、現実というのは無情である。
メフィストが全力で嫌がっているのを知っていながら、ライアとリトは異世界へと扉をあける魔法を口にし始めた。
見れば二人の右腕には無数の魔法陣が刻まれている。どうやら何時でも魔法を行使できるように体に魔法陣を描いたらしかった。
描かれている魔法陣が一つではないのは、一つでは足りないと判断したからである。メフィストを召喚した時のように巨大な魔法陣を一つだけ描くパターンでもこの魔法は成功するだろう。しかし、実際問題考えてみると巨大な魔法陣というものは描くのに時間がかかるし、不便だ。だからこそ、小さい魔法陣を幾つも使用する形にライアとリトはしたのだ。
「我らは異界への扉を求めん」
「我らはその先を求めている」
「代償は魔力」
「我らの魔力を糧にその扉を出現せよ」
ライアとリトは交互に詠唱をし始める。それが終わると同時に二人の右腕に刻まれていた無数の魔法陣が光り輝き始めた。
それと同時に体の中から魔力が奪われていく感覚に二人は襲われる。
メフィストはそんな中で、拘束から逃れようと必死だが、結局逃れる事は出来なかった。
ライアとリトの間を膨大な魔力が取り巻く。一般人からしてみれば倒れても仕方ないほどの魔力を奪われているというのに、二人は顔色さえ悪くしていない。
魔法を発動させるのに十分な魔力が集まったのだろう。一層大きくその場が光り輝いた。
そして、次の瞬間には――、空間の裂け目のようなものがそこには出来ていた。
不自然に空間の開いたその先には、現状黒しか見えない。
その先に何が待っているかわからない不気味さがあり、それを見てライアとリトは何とも言えない顔を浮かべている。
「やっぱさー、ライア」
「なぁに、リト」
「この先に異世界があるかどうかっていうと入ってみなきゃわからないよね」
「だよなぁ。どうなっているかわからないって不安すぎる」
「うんうん。っていうわけで」
リトは会話をしながら、視線をメフィストに向ける。
メフィストは手足をジタバタさせている。拘束された状態から必死に逃れようとするその姿は酷く無様である。
リトはメフィストに近づき、その体を掴む。
『え、ちょ』
戸惑いの声を上げるメフィストなんて無視して、空間の裂け目の前までずるずると引きずっていくと、そのまま放りこんだ。
『ちょ、まってってえええええぇえええええええええええええええええええええええええええ』
抗議の声は徐々に小さくなっていく。
何処までも落ちていっている様子が外で聞いている二人にもよくわかった。
「落ちてるなー」
「落ちてるねー」
二人は叫ぶメフィストとは対称的にのほほんとしていた。
『あがぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああがあああああああああああああああ』
抗議の声が、途中から苦痛の叫び声に変わった。何処まで落ちたのか、聞こえてくる声は小さい。
「あ、失敗した」
「うん。失敗したね」
「あーあ、折角がんばって作ったのにな」
「うん。がんばって作ったのにね。ま、駄目だったのは仕方ないよ。さっさと色々作りなおそうよ」
「だな」
ライアとリトは残念そうにそんな会話をしながら、自分たちの開けた空間の裂け目を物理的に閉じる。……メフィストがまだ中に居るままだというのに閉じる姿に躊躇いは一切なかった。
二人は小屋の中に戻ると黙々と改良に励み始めた。
『うぅぅう……』
結局メフィストが異空間から抜け出せたのは、ライア達が「あ、そういえばフィスまだあの中じゃん」と気づき、大悪魔メフィスト召喚を行った時であった。
召喚されたメフィストは見るも無残な姿で、体の至る所が欠陥しており、悪魔でなければ死んでいたと確実に言えるほどであった。
無事戻る事が出来、体を修復出来たメフィストは泣いていた。
「もう、悪魔の癖にこのくらいで泣かないでよ」
『うぅうううう』
「ごめんねー」
リトがよしよしとメフィストの頭をなでながら慰めている。その隣でライアはメフィストに視線さえ向けずに異世界転移魔法の改良に勤しんでいるのであった。
―――『勇者』と『魔王』はメフィストを実験体にする。
(結果として失敗してしまったため、彼らは改良を試みる)




