勇者と魔王は感想を語り中です。
「…………疲れた」
「……うん」
『ちょ、ど、どうしたんですか』
ライア、リト、メフィストの台詞である。
そこは、いつも通りの逢引の場所――人間界と魔界の国境の森に存在する小屋の中。室内にあるソファに二人並んで腰かけて、二人は項垂れていた。
そんなライアとリトの様子に戸惑いを隠せない様子なのがメフィストである。
あたふたして、ライアとリトが元気を出すようにとお菓子を作ったり、肩をもんだり自主的にしているメフィストは最早お前本当に人に恐れられている大悪魔かと疑いたくなるレベルである。
『ほ、本当にどうしたんですか! お二人してそんな調子だなんて…』
メフィストが声をあげていてもライアとリトは肩をくっつけて、ソファに並んで座ったまま返事を返さない。
『はっ、お二人がふぬけているって事は生意気な口きいても大丈夫なのでは』
メフィスト、ライアとリトと出会って以来馬鹿になりつつあった。
『我を従えておりながらなんと情けない! そんな腰ぬけなら――』
そう口にした瞬間、魔法が飛んだ。ぼけーとした表情のまま、前触れもなく放たれたリトの魔法はメフィストにあたる。
一応手加減はしたのだろうが、それをあてられたメフィストは軽く吹き飛んだ。
小屋の壁を貫通して、外へと放り出された。
「……リト、フィス飛んだ」
「…フィス、すぐ調子に乗るから」
吹き飛んでいったメフィストを見ながらの会話はやっぱり何時もの二人とは思えないほどテンションが低い。
「しかし、疲れたな、リト」
「うん。疲れた」
肩を寄せ合って、二人して疲れたように息を吐く。
折角作った小屋に穴が開いたというのにマイペースである。
「………精霊って本当気持ち悪い」
「……僕は精霊にあった事ない」
ライアの言葉に、リトもまた無気力に答える。
「……魔族の前には現れないからな」
「……そんなにウザイ?」
「……あり得ないぐらい気持ち悪い」
ライアはそういって嫌そうに眉を潜める。
そう、ライアとリトは互いに召喚の魔法陣を見に単独で行った。そしてそれ故に二人は疲れていた。
何時もの調子が嘘のように二人のテンションは低い。身を寄せ合って、会話を交わす二人はまるで兄妹か何かのようである。
精霊は人間達にとって神聖とされている者達である。そんな存在を『気持ち悪い』などと称するのはライアぐらいだろう。
「……やばいからな。精霊の気持ち悪さ。俺はあいつらに近寄られるだけで吐き気がこみ上げてくるからな。何なんだよ、『勇者』『勇者』って、無条件にすり寄ってくるのが気持ち悪い。優し気にほほ笑んでるように見えるけれどそれが逆に胡散臭い。何が『私達だけは貴方の味方です』だよ! お前ら何か居なくても俺にはリトっていう大親友が居るっつーの! 平和のためにとか、幸せのためにとか口にしているけれど結局の所魔族を嫌って仕方がないのが見え隠れしすぎてウザイ」
ライアは心の底にたまった鬱憤を全て言い切るような勢いで言った。
そしてガバッと体を起こすと、
「リト、癒してー」
なんて声を上げながら同じように無気力な様子のリトに抱きついた。
リトはそれに一瞬驚いたように目を見開いて、次の瞬間笑った。そしてライアを抱きしめ返す。
この二人、一応年頃の男女であるのだが、スキンシップが結構激しい。そのスキンシップの多さをおかしいとも思っていない。それは考えてみれば当たり前の事である。
何が当たり前で、何が普通なのか、他の人々とあまり接して生きてこなかった二人にはわからないのである。
「あー、よしよし、ライア元気だしてー」
ライアの背中に伸ばした手でぽんぽんと軽く叩きながら、リトはしょうがないなとでもいうような笑みを浮かべた。
「うー…本当なんなんだよ、聖なる森って何であんなに精霊が一杯なんだよ!」
「聖なる森って精霊が沢山いるからこそそう呼ばれてるんでしょ…? 精霊が一杯居るのは当たり前だよー…」
「そうだけどさー、何でそんな場所に魔法陣設置してんだよー。俺の精神に悪いよー」
リトに抱きついたまま、駄々をこねる子供のように文句を言っているライアであった。
「もう二度と行く事ないだろうから、元気だしてよー」
「うん、だな、もう二度といかない。あまりに気持ち悪かったから、バレないように魔法かけてきた」
「え、僕もかけてきたんだけど」
リトはライアの言葉に驚いたような声をあげて、ライアから離れた。
「リトも?」
「うん。正直さ、異世界に逃げた後にもう一回呼ばれたくないなって思って…、だから何れ壊れるように魔法をかけてきたんだ」
そう、この世界の『勇者』と『魔王』は一人。
ライアとリトが生きている限り、この世界の『勇者』と『魔王』が生まれる事はない。それならば、彼らは召喚魔法を駆使するだろう。
折角逃げられたのに、この世界から脱出出来たのに、また呼び出されては意味がない。
きちんとその事を二人は懸念していた。
だからこそ、行った際にしっかりと魔法を施してきた。魔法陣を崩壊させるための、魔法を。
「おー、俺も同じのかけた」
「あははっ、流石親友、考える事一緒だね」
リトがようやくいつもの調子で笑った。
ライアと会話を交わす中で、少し元気が出たらしい。密着した状態で、二人は会話を交わす。
「だな、もし異世界に行けたとして呼びもどされちゃ意味がない」
「うん。僕はもしこの世界から飛び出せるのなら、二度とこの世界には足を踏み入れたくない。
―――僕を大切な親友と殺し合わせる世界なんて、大っきらいだ」
ぎゅっとライアにまた抱きしめて、リトは口にした。その言葉は酷く冷たく、無情だった。
それは紛れもない憎悪。
それは紛れもない嫌悪。
リトはこの世界が嫌い。自分を個人として見てくれる人が皆無の世界が嫌い。自分を特別として差別するこの世界が嫌い。壊してしまいそうなほどに詰らないこの世界が嫌い。――そして何より、唯一大切で、好きな親友と殺し合わせるこの世界が嫌い。
望みなんて立った一つ。
傍に居て欲しいのはたった一人。
只二人でのんびりと生きていければそれでいい。
なのに、この世界はそれを許してくれない。『勇者』と『魔王』という立場がそれを許してくれない。
だから――、
「ライア」
リトはライアの名を呼んで、その体をぎゅっと抱きしめた。
離れないように、ずっと一緒に居られるように。
「この世界から抜け出そうね、絶対」
「うん。ところで」
「ん?」
「リトの方は魔教会はどうだったんだ?」
「あー…最悪だったよ。あの人達、僕の事本当なんだと思ってるんだろうね」
「神様扱いってのも嫌だよな」
「うん。あいつら本当に不気味だもん」
抱きしめあったまま、会話は進む。
『……酷いです』
ようやくリトに吹き飛ばされた事から回復したメフィストが穴のあいた部分から小屋の中へと入ってくる。
真っ黒なメフィストの体に所々、傷が入っている。
悪魔であるメフィストの体から流れる血の色は黒。全てが黒で形成されているような、そんな存在が『悪魔』である。
最もこの世界の人は悪魔をそこまで知らない。悪魔とは生贄を与えれば願いを叶えてくれる恐ろしい存在だという事しか知り得ないのだ。
「あー、フィスごめんね? ちょっと生意気な言葉聞こえてきたもんだからついやっちゃったの」
『すみません』
リトの言葉にメフィストは間一髪入れずに謝罪をする。
「うん、いいよ、許してあげるー」
「リトってば、フィスに厳しすぎー」
「あはっ、だってさー、何でも許してたらフィスってばもっと調子に乗りそうじゃんか」
ふふっとリトは笑った。
メフィストに調子に乗られるのは正直ライアとリトにとっては不都合な事であった。今は少なくとも、初めに圧倒的な力量者を見せつけたことで服従させた。でも少しでも勝てるかもと思わせれば、反発するかもしれない。言う事を聞かないのも困る。
折角順調に異世界逃亡計画を立てているというのに身内から裏切りものが出ては溜まったものではない。
だからこそ、圧倒的な武力を見せつけて、調子に乗らないようにきちんと教育する必要があるとリトは考えていた。
リトはメフィスト相手に一切の妥協をする気はない。リトにとってメフィストは利用できるものでしかない。使えないのならば、切り捨てるとそれをリトは態度で常に表している。
「確かにそうだなー」
「うん。そうだよー」
「俺そこまで考えてなかったなー。メフィストは俺らの事怖がってるしなんとかなるかなって」
「全く、ライアは楽観的なんだから。そんなんじゃ足元すくわれちゃうかもしれないでしょ? だからね、フィスに僕は優しくする気はあんまないよ?」
「じゃあそういう事はリトに任せる。俺あんまそういうの思いつかないから」
「うん。フィスを教育するのは僕に任せてー」
「任せるー」
のほほんとした会話だけれども、そんな会話を聞かされたメフィストはえーっという顔を浮かべている。
優しくする気はないだの、教育するだの言われて不満だったのだ。しかも怖い。本心を言うならば、メフィストは悪魔である自分に向かってなんて口をきくんだと口にしたかった。
しかしだ、そんな事を言えばどういう目にあうか簡単に想像出来てしまうため、その言葉を飲み込んだ。
「あれー、フィス何か言いたい事あるならいっていいよー?」
『…ないです』
「えー、いいなよー」
『……本当に何もないです』
「ふぅん。じゃあ、そういう事にしといてあげる」
『……はい』
何か言いたげに、だけど何も言えないからと口ずさむメフィストをリトは面白そうに見ている。
ライアにはリトがメフィストの反応で遊んでいる事がすぐにわかった。が、リトが楽しそうなのはライアにとって良い事なのでそれを口に出す事はなかった。
これまで他の人と軽く会話を交わす事が出来なかったのもあって、メフィストの存在は二人にとって新鮮で、嬉しい事だった。最ももしメフィストが牙をむくなら二人は容赦なく彼を消滅させるだろうが。
「ねぇ、フィス」
『は、はい。何ですか』
「びびりすぎだろ。面白い」
リトの呼びかけに怯えたようにメフィストが返事を返せば、それを見ながらライアが笑う。
「これさ、どう思う? 悪魔的に」
そういいながらリトが見せたのは、召喚の魔法陣の模写であった。
綿密に描かれている魔法陣はある程度は理解できるものの、少なからずどういう意味で描かれているかわからないものがちらほら見られた。それに頭を悩ませたリトは、悪魔に見せてみたらどうだろうかと考えたわけである。
『これは…』
「『勇者』または『魔王』の召喚魔法陣。これってさ、悪魔を召喚する時の魔法陣よりも綿密に書かれているし意味がわかんないの結構あるんだ」
リトの言葉にメフィストは近づいて、その模写された召喚魔法陣を見る。そしてはっと気付いたように手を叩いて、呆れたように声を発した。
『………精霊と妖魔って性格悪いとしか言いようがないな』
「ん? 何かわかったの?」
「え、マジ? フィスすげぇ」
リトとライアは驚きの声を上げた。
『えっとですね』
「うんうん。何?」
「はやく教えろ」
二人は子供のように目を輝かせている。わくわくという効果音でも付きそうなほどな表情を浮かべていた。
そんな二人に見つめられて、メフィストは口を開く。
『必要以上に魔力を使う魔法陣です。それでいて、その余分な魔力が精霊又は妖魔の元に行ってますね。多分魔力を喰って力をつけてるのではないかと…』
流石、永い時を生きている大悪魔と言うべきか、魔法陣からそれだけの事がわかったらしい。
「うわ、何それー。召喚魔法って魔力を持っていかれて死ぬ人も居るって書いてあったけど、もしかして大部分が精霊か妖魔に魔力奪われて死んだって事かな?」
嫌そうに声を上げるのは、リトであった。
結局の所、無償で願いを叶えるなんて都合のよいものはこの世にほぼ存在しないのである。
しかしこの世界の人はそれを理解していない。
人間は精霊の事を心の底から信頼しきっている。精霊は忌むべき存在である魔族を排除するために力を貸してくれる神の使いのような認識である。精霊は神秘的なものであり、心優しい、そういう風に知られている。
魔族は妖魔の事を心から崇拝しきっている。妖魔は忌むべき存在である人間を排除するために力を貸してくれる頼れる存在という認識である。妖魔は人外的な力を持ち、邪悪な性分であるが魔族を裏切る事はしない、そういう風に知られている。
彼らは異常なほどにそれが当たり前だと認識している。彼らが自分達を害する事などあり得ないと。
そういう認識なのだ。
それ故に誰も考えない。――彼らが自分達から魔力を奪って、それでいて人が死んだなんて思わない。
精霊と妖魔は人を信用させる何かがあるのだろうか。そこまで彼らについて詳しくない二人には詳細は不明だ。
「怖い怖い…」
「うん、怖いねー、ライア」
精霊と妖魔が人を信じ込ませて行っている行為にうんざりした顔のライアとそれに同意するリト。
「とりあえずさ、詠唱だけでは異世界に行けないかもしれないから召喚の魔法陣を参考にするにしてもそういう精霊や妖魔につながっている部分は排除しなきゃだし」
「じゃあこれから僕とライア……あとフィスに手伝ってもらって魔法陣考えよう」
「うん。あ、フィス。他にも魔法陣見てて気づいた事ってあるか? もしあるならいってほしいんだけど」
ライアが目線をメフィストに向ける。
それに彼はびくりと体を震わせ、そして慌てて答え始めた。
『私は――』
メフィストがおかしいと思う事を次々と挙げていき、それを二人がメモをしていく。そして排除すべき箇所や改良すべき場所を三人で相談し合う。
ソファに座ったまま会話をするライアとリトと違って、メフィストは座る事も許されないのか立ったままである。
「じゃあ、次に会う時までに改良しとくって事でいいな」
「うん。がんばって改良しよー!」
結局、その日はそんな会話をして彼らは別れた。
―――『勇者』と『魔王』は感想を言い合います。
(異世界に行きたいと思うが故に、彼らは魔法陣の改良までする)




