金の疾風
駆ける。
駆ける。駆ける。
ただ駆ける。
夜の人の街を。
乏しい月明りの下を。
金の風が夜闇に靡く。
久しぶりの四脚での全速力。馴染んできたとはいえ、仮の身体はやはり重い。
それでもなお駆けた。疲れは感じなかった。
あちらは、衰えたとはいえ人に祭られカミとなった事もある存在。気を抜くと見失ってしまいそうな存在。
どこまで、いつまで駆けたかわからない。
白い蛇は、確かに山に入った。
追って山に入った。
だが、そこまでだった。
山に入って少しすると、確かに後ろを追っていたハズなのに、その姿を見失ってしまった。
いったい、何故見失ってしまったのかわからない。
追っていたのに気づかれてしまったのだろうか。
見失った場所から少し駆けたが、どうにもならずにたたらを踏んでしまった。
どうしようと困り、その場を少しくるくるする。
……確か、不破さんは見失っても、朝まで待ってろと言っていた。
そう思い、玉葉はウロウロするのを諦めて、ペタンと座り込んだ。
常の動物と違い、荒い呼吸はすぐに収まり、どこで朝を待とうかとふと鼻を上に上げた時、引っかかる匂いがあった。
「……人?」
人に混じり、人と共に過ごすようになって、当たり前になっていたが、この山の中では異質な、匂い。
その人とは、いったい誰なのだろうか。
大体の人が眠りにつくこの真夜中に、こんな山の中にいるというのは、普通ではないだろうと、玉葉にもわかる。そしてそれは、もしかしたら彼女たちが最近探している人かもしれない。
そこまで考えて、玉葉は立ち上がった。
ここで主に出会ってしまっては、面倒な事になる。
鼻を上にあげ、風に流される匂いをたどり、慎重に歩き始めた。
匂いはかすかだが、確実に近づいてきている。
だが、何かに隠されているのか、すぐにわからなくなりそうになる。
迷いながらも、玉葉は歩いていた。
そして、ついに、この辺だろうというところまでかぎつけた。
夜の闇は、玉葉の目には関係ない。だが、人らしきモノは見当たらない。
どうしてだろう。
匂いはするのに、人が見えない。
玉葉は、ウロウロしながら人の姿を探していた。と、今まで微量すぎて気にもしていなかった匂いに、気が付いた。
「葉っぱ?」
何かが気になり、その存在を探す。それは、あっけないほどすぐに見つかった。
「やっぱり、葉っぱだ。ねえ、きみ」
玉葉は長い鼻を、枯れ葉が集まり少しこんもりした場所に突っ込んだ。すぐに反応が返ってきた。
「きゃっ」
それは、幼い子のような悲鳴を上げ、枯れ葉の中から出てきた。出てきたのは、ミノムシのように木の殻をまとった林檎大の小さな妖だった。普段なら、気にも留めない弱い弱い存在。でも。
「ねえ、きみ。この辺で人間を見なかった?」
強者、としての余裕なのだろうか。玉葉はしごく優しく問うた。話かけられたミノムシの怪は、また、きゃっと悲鳴を上げたが、逃げるそぶりは見せなかった。いや、逃げてもしょうがないと思ったのか、それともここに住まう地理的優位からだろうか。
ミノムシの妖は、玉葉をびくびくと見ていたが、玉葉が何もしてこないのを見て、ようやく口を開いた。
「あ、あの、なんで?」
「人間を探しているかって? その人を探してる人がいるんだよ」
「あの子を、探してる人間がいるの」
ミノムシの声は、どことなく嬉しそうだった。
「たぶん」
「よかった。あの子、主さまが探してるから、もう隠しておくの限界だったんだ」
ミノムシはそう言うと、ぴょこんと飛び跳ねた。そして、その勢いのまま前に出た。どうやら、それがこの妖の移動方法のようだ。玉葉は、おとなしくその移動スピードに合わせて、足を出した。が、ミノムシの移動方法は効率的とはいえず、玉葉は足を出したが進めないという状態だった。一生懸命なミノムシとは対照的に、ヒマな玉葉はミノムシに話しかけた。
「ねえ。なんでその子を隠してるの?」
「え? だって、主さまに今度見つかったら、見つかったら……」
ミノムシは一生懸命移動しながらも答えてくれたが、要領を得ない。だが、今まで彼女たちの話を聞き、今夜の事もしっかり見聞きしていた玉葉には、なんとなく思い当たる事があった。玉葉も馬鹿ではない。
「その主さまに、食べられちゃうの?」
玉葉の言葉に、ミノムシはビクッと飛び跳ねた。
「主さま、本当はそんな事しないんだ。でも、オイラにはわからないけど、そうしないといけないんだって。でもでも、あの子はオイラと遊んでくれたから…」
ミノムシは、また飛び跳ねて移動し始めた。移動しているといっても、玉葉的には一歩分ぐらいであったが。
「今の主さまは、変なんだ。前はあの子と一緒に遊んでたのに、次は喰らうって。オイラ、オイラ、どうして良いかわからなくて」
ミノムシは、飛び跳ねて移動するのをやめた。そして、ある場所で玉葉を見上げる。
そこは、なんてことない枯れ葉のたまり場。そうとしか見えないが、玉葉にも分かった。かすかに、人の匂いがするのだ。ここから、していたのか。
玉葉は、長い鼻を枯れ葉に突っ込み、少しかき分けた。すると、ふわっと人の匂いがあふれた。そして出てくる、細い腕と白い肌。洋服。
「ああ! だめだぁ、葉っぱを除けたら、匂いがごまかせなくなっちゃうっ。主さまがきちゃう」
ミノムシが焦ったように言う、ので玉葉は慌てて自分の腹をそのうえにかぶせた。匂いをふさごうと思ったのだ。
「ご、ごめん」
「ううん。オイラの力じゃ完全にごまかせないから、お狐さまの匂いでごまかしてくれたら、うれしい」
おきつねさま、か。確かに自分は狐だし、この妖にとっては様をつけてもおかしくないぐらいの力の差があるのだろう。が、その呼ばれ方をすると、なんだか、いろいろと複雑だ。
「僕は、玉葉だよ。きみは?」
「玉葉さまけ、きれいな名前だな。オイラには名なんてないよ。あ、でも、この子は、みのたんって呼んでくれた」
「みのたん?」
「ミノムシみたいだから、だって。変な人間だよな。オイラ達が見えても、名前をつけようなんてのは、いない」
そういうと、みのたんと名乗った妖は、嬉しそうにへへっと笑った。
玉葉は、名は最初から有るものだと、思っていた。うか様も、仲間も、人間もそうだったから。でも、これほど弱い存在は、名すらなく存在すら知られず、でもそこに有るのだ。そんな存在に名を付けたこの子は、たぶん優しい子供だったのだろうと、容易に想像がついた。
ふと、腹の下の存在に気を向ける。夜だから寝ているのかと思っていたが、呼吸が少ない。ガタガタと震えてもいるようだ。玉葉は、少し体をずらすと、枯れ葉ごとその子を包めるぐらいの大きな狐になり、子供ごと巻き込んで丸まった。何故だかわからないけど、そうしないといけない気がしたのだ。神凪さんがほめてくれたこのフワフワの毛が、少しでもこの子を癒せればいいのだけど。
少し経つと、ガタガタ震えていたのが収まってきたようだ。呼吸も安らかなものになってきている。
朝まで待てと、不破さんは言った。
それならば、このままこうして朝まで待っていよう。玉葉は自分の鼻を自分の毛皮に突っ込み目を閉じた。ミノムシも、子供ごと丸まっている玉葉の毛皮の上にきて、ふうと落ち着いたように玉葉に寄りかかった。
そうして、一匹と、一つと、一人は、朝までそうしていたのだった。
玉葉回。何気に狐型玉葉視点ははじめて




