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オネェ、恐怖する

−−−−−


 そこから、何時間経ったのかあまり定かではないが、夜の闇は確実に深さを増していた。


 みつが何かを施した衝立の裏から、ソファーに緊張したように座るオネェの人と、普段とは違い開け放たれた事務所の扉、その先を見ている。

 何かが入ってきたら、真っ先に見つけられる位置だ。


 扉を開け放った最初こそ緊張していたが、時間が経つにつれその緊張もほどけてくる。非日常なのは確かなのだが、人間緊張しすぎも続かないらしい。が、蚊帳の外の私たちはともかく、オネェの人は言葉も発せず座っている。夜闇に慣れた目で見える程、その緊張ぶりは可哀想なものだった。本当に他に方法はなかったのか聞きたかったが、私たちも喋るわけにはいかないので、黙ってその時を待っていた。








 その時は、不意にやってきた。


 緊張と眠気につい微睡んでしまいそうな闇の中、


 ズルリ… ズルリ…


 聞きなれない床を這いずる音がする。気のせいか、とも思ったが、その音は気のせいなんかじゃなく、確実に近づいてくる。


 ズルリ ズルリ ズルリ


 這いずる音が、早くなってきている気がする。大きなものが、こちらに来ている、予感。私の肌を粟立てるには十分なシチュエーション。思わずみつを見る。みつは、私と目が合うと、こくりと頷いて、しーっと言うように人差し指を立て唇にあてた。わかっている。オネェの人が頑張っているのに、私が声を出すわけにはいかない。両手で口を覆う。

 オネェの人を見る。オネェの人はわかりやすくビビッていた。泣きそうだとも思うが、唇をきゅっと固く閉じている。頑張れ。


 ズル ズル ズルリ


 床を這う音は、確実に近づき、そしてついに


「……っ!」


 悲鳴を上げそうになったオネェの人が、必死に声を押し殺している。私も声を上げそうだった。


 入ってきたのは、大人の手で一抱えもありそうな太い胴体を持った、真っ白い蛇だった。真っ白い蛇は白いというだけではない発光を身にまとい、赤い赤い目をランランと輝かせていた。チロチロと舌を出し、何かを探るように事務所の扉の前で止まった。扉は開け放たれている。


「……どこだ」


 地を這うモノが出す音、声とは、こういった音なのだろうか。低く、唸るような、男の声。ここに声を出すものは一人もいない。ならば、声を発したのは、あの蛇なのだろう。……人以外がしゃべるのにも、慣れてきたものだ。

 蛇は、首をもたげ事務所の中を伺っているようだった。すぐに入ってこない、慎重さ。ただの怪しいモノでは無いようだ。


「どこに、隠した…。小賢しい人間どもが」


 蛇は部屋を伺い終わると、ズルリズルリと、事務所の中に入ってきた。恐ろしい。大きな蛇であるという事実で既に怖いのに、その蛇が恐ろしい声音で何かを探しているのだ。見つかったら……そう思うだけで胃がひゅっとなる。無意識に、みつの腕をつかんでいた。


「我のにえを、どこにやった…」


 目が悪いようだと、なんとなく思った。蛇ってそもそも目がよくなくて、舌の器官で回りを探っている、と誰かに聞いた気がする。

 蛇は事務所に入ると、ゆっくりオネェ人形に近寄った。オネェの人本体の方が扉に近い。つまり、どうしても蛇を間近で見てしまう事になる。その配置に、みつの悪意をなんとなく感じるのだが。オネェの人はそんな事を気にする余裕はなく、目を見開いて口を閉じて蛇を凝視している。


 蛇は、ゆっくりとオネェの人の足をまたぎ、人形の方に向かって、鎌首をもたげた。その姿は、まぎれもなく獲物を狙う蛇のそれ。


「言わぬなら…」


 蛇の声が一層低くなり、次の瞬間、


「っ!」


 蛇が口を開け、喉元めがけて襲い掛かった。人形の方に。

 自分の横で行われる狩りに、オネェの人は目に涙をため、両腕で身体をキツく抱きしめ、悲鳴を上げ逃げ出そうとするのを耐えている。私ならとっくに悲鳴を上げ逃げ出している状況に、オネェの人を見直した。


 そんな間にも、喉元を噛んだ蛇は、横の人間と同じぐらい毛布を、顎を外して頭から丸呑みし始めた。


 恐ろしい。この世の、さらにいつもいる事務所での光景とは思えなかった。真白くほのかに発光する蛇が、人と同じ太さのものをゆっくり丸呑みしているのだ。まるで、そうするのが当然とでもいうように。ゆっくり、だが確実に。


 毛布が蛇の中に消えるのに、そんなに時間は要さなかった。だが私にはあまりにも長い時間に感じた。恐ろしいというのもあるが、あの蛇が、人を丸呑みできるのを知っているかのように、躊躇いもせず丸呑みしはじめたのが、どうしても恐ろしい方向にしか考えられなかったからだ。あの蛇は、前にも、そうした事が?

 恐ろしさで、目が離せない。オネェの人も、目を逸らせずにいるようだ。

 そんな私達の恐怖などつゆほども知らず、毛布を丸呑みし終えた蛇は、げふっと息を吐いた。

 

「はて…人間とはこのようであったか…。まあ、よい。贄を、我の花嫁を探さねば……」


 蛇はそうひとりごちると、またズルリ、ズルリと床を這い、事務所の外に向かって行った。


 こういった話の定番では、声をあげて気付かれてバッドエンドだが、私達はなんとかそれを乗り切ったようだ。

 毛布を呑んで、少しだけ緩慢になったような動きの蛇が扉をくぐり外に出ていくのを見る。蛇が尻尾の先まで完全に事務所の扉から出て行ったのを見つめていたと思ったら、みつが立ち上がり、素早く右手を振った。と、途端に私たちの後ろから風が起こり、金色の残像が扉を抜け、駆けて行くのが見えた。

 玉葉くんだ。

 と、思った瞬間、ドッと汗が出て、へたり込んでしまった。

 無意識に何かを掴んでいたであろう右手が、上にあるのを感じた。緩慢に振り仰ぐと、私の右手はみつの左手をつかんでいたようだ。それも、長い間。みつと目が合う。へらりと笑って、しゃがみこんだ。


「お疲れさま、かおちゃん。良く頑張ったね」


 みつは、小さい子に言うように優しく声をかけると、自分ではどうしても動かせないでいた私の右手の指を、丁寧に一個ずつ剥がしいった。私の右手は、私のいう事をきかない以前に感覚が無かったので、みつに任せる。すべての指がはがれると、見えてきたのは真っ赤なみつの腕。凄い力で握っていたのだろう。痛かっただろうに、みつは私の手を振りほどきもせず、我慢していてくれたのだ。


「あ、ごめん、なさい」

「何が~?」


 みつが、心配ないよという風に笑う。くそう、こういう時いつもみつに気を使われているのが、何か悔しい。

 私の手を優しく剥がすと、みつは事務所の扉を閉め、ガタガタと震えているオネェの人に近寄った。


「はい、あなたもお疲れ~。無事、作戦はうまくいったようだよ」


 みつがゆるく言うと、オネェの人はキッとみつを見た。たぶん、泣いてないと思うが涙はためていると思う。


「無事じゃ無いわよ! 恐ろしく怖かったんだから!!」

「それだけ喚けたら無事だよ~」


 はははと笑うと、みつは事務所の電気をつけた。パッと、いきなり溢れるまばゆい光に、目が痛くなった。みつがたまに言う目が痛い気持ちが、ちょっとだけわかった。すぐに慣れるけど。

 オネェの人もまぶしそうにしていたが、もう平静を取り戻しているようだ。強い。


 電気を点けた事務所は、いつもと同じ事務所だ。先ほどまでの非日常は、見当たらない。だが、確実になくなっているあの毛布人形と、玉葉くん。

 玉葉くん、大丈夫だろうか。

 また何か言い合いをはじめたみつとオネェの人を横目に、深い夜に微睡む窓の外を見るともなしに見つめ続けた。

題名がオネェの人に乗っ取られるのもここまで!

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