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オネェ、準備される2


「ああ、もちろん、本当に喰われてやる必要は無いよ。そのための、人形(ひとがた)だし。蛇は執念深いからね。ふつうに追っ払っただけだと諦めない可能性があるから、それを逸らす為にも、一回嘘でも喰われてやった方が早いんだよ。ただ、あなたはあなたの行動次第で本当に喰われてしまうかもしれない。そこだけは気を付けてね。無料で助けてあげるんだもん、それぐらいは我慢してもらわなきゃねぇ」


 にやにやと悪い顔をして笑う。無料(タダ)より高いものは無い、というが、それを実現しようとしているようだ。こういう悪だくみをしている時のみつは、本当に楽しそうに笑う。まったく。

 オネェの人が、ゴクリとつばを飲む音が聞こえた。


「それじゃあ、この紙を」


 みつが、唐突にオネェの人に近寄ると、


 バシッ


 と、これまた唐突にその紙を顔全面に押し付けた。ともすれば、平手で顔全体を叩いたぐらいの勢いで。音もそんな感じだったし。その突然の行動にびっくりしたのは私だけではなかったらしく、


「いたい! 何すンのよ!」


 オネェの人が、一瞬遅れて怒った。そうだね、怒って良いと思う。みつは笑っていた。


「あなたの身代わりに貼る」


 笑いながら、オネェの人の顔から剥がした紙を、そのまま横に準備しておいた毛布の、ちょうど顔と同じぐらいの所に押し付ける。と、バッと右手をオネェの人の方に突き出し、


「あなたの髪を二、三本と、そうだね、髪にくくりつけてるその赤い紐ちょうだい」


 いまだ顔を叩かれた理不尽にムカッとしていたオネェの人だったが、素直に少しの髪を抜き右の髪をまとめていた紐を解いて、みつに渡した。バシッと乱暴に。うん、怒ってて良いと思う。

 髪と紐を受け取ったみつは、手際よく紙の上からぐるりと紐を一周させ、紙と紐の間に髪を挟んで固定させた。できの悪いトーテムポールみたいだ。


「さて、これでコレがあなたの身代わりとなって、蛇に喰われる事になる。ただ、あなたに描いた魔除けは、気づかれていない事が前提なんだよね。匂いや気配も、蛇を釣るには必要だから、あなたにはこの人形の横に居てもらわないと困るんだけど、声をあげて蛇にコレが人形だと気づかれた瞬間、」


 みつはオネェの人の前に立って、凄く笑顔で、告げた。


「――あなたが、喰われる。だから、頑張って声を我慢して気づかれないでね。そうなったら、さすがの私も助けられないから」


 なんだろう、みつ、オネェの人嫌いなのかな……と思うぐらいの言い方だと思った。オネェの人は身震いするように両手で自身を抱いた。ああ、でも、そうえば最初からみつは宣戦布告を受けたとか失礼だとか、オネェの人に対して良い感情を持っていなかったようだ。良い喧嘩友達になれそうなのになあ。


「さて、あとは……玉葉ー!」


 みつが、不意に玉葉くんを呼んだ。定位置でうとうといていただろう玉葉くんは、それでもすぐみつの所にきて、なあに? と首を傾げた。可愛い。


「玉葉、君にもしてほしい事がある。蛇がコレを喰った後、蛇を追いかけてほしいんだ。できる?」

「わかった」


 みつの言葉に、玉葉くんは間髪入れず返事をした。


「ちょっと待ってみつ、危なくないの? 相手は、大きな蛇なんでしょう? 玉葉くんが見つかったら」

「絶対大丈夫、とは言えないけど~、でも私たちが追うよりは、玉葉が追った方が早いんだよ。それに、多分だけど、悠斗は主の近くにいると思う。主を見付けるのが、悠斗を見付ける事になる、と思うんだ〜」


 だから、わかって? とみつは困ったように私を見た。思わず口を挟んでしまったが、私が反対する事は織り込み済みだったのだろう。しかし、私に説明してもわからないだろうから、困った顔をしているのだ。私は、みつが何を思って何をしようとしているのかわからない。だから、反対するのはおかしい事。しかも、悠斗くんが見つかるならそれに越した事はない。

 そう納得しながらも少し不安だったが、とりあえず私は頷いた。そんな私を心配したように、玉葉くんがとことこと足元にやってきた。


「大丈夫だよ、神凪さん。ぼく、結構強いから」


 にっこりと安心させるように笑う玉葉くんは、あのイケメン顔からは想像つかないほどかわいらしい笑顔だった。そうね、とつぶやいて玉葉くんを撫でた。私にはよくわからないけど、まあ、玉葉くんがそう言うならそうなのだろう。ガス欠は不安だが、みつが何か手をうつだろうし、信じよう。

 私が私の中だけで決着をつけると、苦笑しているみつと目が合った。が、すぐみつは玉葉くんに目をやり、また無造作に持ち上げた。玉葉くんはなすがままだ。


「じゃあ、玉葉。よろしく頼んだよ。蛇の居場所を突き止めても、朝までは動かなくていいし、見つからないように気をつけて。朝日が昇れば、私たちが山に入って君を見付けるから。それまで待ってて」

「わかった。朝まで待てばいいんだね」

「うん。まあ、もし蛇を見失ってもここに帰ってくるの大変だろうから、その場合も朝まで待ってな」

「わかった、待ってるね」

「そうして」


 みつの言葉に、玉葉くんのしっぽが揺れた。かわいい。


「アンタ、結局山に入る事にしたのねェ。意外だわァ」


 みつと玉葉くんのやりとりを黙ってみていたオネェの人が、意外そうに声をあげた。みつが眉を寄せてオネェの人を見る。


「どーゆー意味」

「そのまんまの意味よォ。またアタシに行けって言うのかと思ってたわ」

「役に立たないからね。結局、最後は私が行かないといけないから」


 バッサリと切って捨てられたオネェの人は憤慨したように頬を膨らませたが、あんまり頬は膨らんでなかった。


「さて、あとは事務所を開けて蛇を釣るだけなんだけど……かおちゃんは」

「いるわよ。せっかくここまで関わったのに、帰るなんて」


 私を振り返ったみつは、やっぱりというか困ったように苦笑していた。ここまで見て、その先を知れないなんて殺生だわ。蛇も、怖いが正直好奇心もある。


「じゃあ、かおちゃんにも声を出さないように頑張ってもらわないといけないんだけど、できそう? 一応蛇は向こうに気がいってるから、私たちには見向きもしないと思うけど」

「が、頑張るわ。私が声を出したら、まずいことになるのよね」


 みつの言葉に、私が緊張した面持ちでこくりと頷くと、みつは緊張を解くようにへらりと笑った。


「大丈夫だよ、かおちゃんの事はみつが絶対守るから」

「ありがとう」

「何よそれェ! アタシと全然対応違うじゃないのよォ!」

「当たり前でしょ」


 また、オネェの人とみつが不毛な言い合いをしている。うーん、やっぱり仲良く喧嘩しな友達になれると思うんだけど、たぶん本人たちに言ったら全力で否定されるんだろうなと、なんとなく察した。黙っておこうっと。


「とりあえず、いつ来るかわかんないけど、蛇をおびき寄せるから。これから、声出さないでよ」

「う……わかったわよ。本当に大丈夫なんでしょうね」

「それはあなた次第。修行して胆力はつけてきてるでしょ。だいじょーぶだいじょーぶ」


 みつがオネェの人を適当にあしらいながら、口の中でもごもごと何かをつぶやいている。人差し指と中指を唇にあて、それからオネェの人の額と、両肩、胸あたりに手をあてた。ついで、同じようにつぶやきながら、横の人形? にも同じように手をあてた。


「さあ、蛇との楽しい逢瀬の始まりだよ」


 みつが、楽しそうに悪夢の始まりを告げた。




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