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オネエ、準備される






 真っ暗な室内に、静かな呼吸だけが聞こえる。押し殺したような、静かな吐息が三つ。


 一つは、私。一つは、横にいるみつ。そして最後の一つは、そう、オネエの人だ。


 オネエの人は、今、いつもなら依頼人が座っているソファーに緊張したように座っている。横に、等身大の人形(毛布製)が同じように座らされている。暗くて良く見えないが、目が慣れてきて、そのすっごくシュールな光景に脳が処理を追いついていないし眠たい。

 私達は、部屋の中央にある衝立の後ろに隠れ、オネエの人を除き見ている格好なので、むしろ私達の方が見られたら笑われそうだが。


 さて、なぜこんな深夜にこんな滑稽な事をしてるのかというと……。









−−−−−


 数時間前。


「ヘッ?」

「助けてあげるって、言ったの。特別にお代はサービスしてあげる。でも、とっても怖い思いをするけどネ」


 みつが、ニヤニヤしながらオネエの人を見る。オネエの人は、ポカンと口が開いたままだ。


「古来からある、厄を避ける方法だヨ。別のモノに、厄を被ってもらうの。良く使われるのが人形ひとがたとかにね。修験者あなたたちはそういう事しない?」


 みつが少し小馬鹿にしたように言うと、オネエの人は手を顎にあて考えていたが、やがて何も思い浮かばなかったのか少し口を尖らした。


「んー、そうねェ。だいたい火を焚けばば何とかなるから」

「はっ?」


 思わずかたまるみつ。私も、かたまった。確かに、こういう格好の人ってお正月とかに火のついた道を歩いたりするよね? いや、でも火を焚けば何とかなるって、嘘でしょ? みつが堪えられずに笑った。


「脳筋なんだね本当に! まあ、そんだけの胆力があるなら、なんとかなるでしょ。ねえ、かおちゃん、お願いがあるんだけど」


 笑って満足したあと、みつがクルリと私を見た。


「なに?」

「テキトーに、毛布とか、(かさ)がある物を買ってきてくれないかな? できれば、そうだね、この人と同じ大きさのがつくれるぐらいのを」


 みつが何をしようとしているのかわからなかったが、自分がやる事はわかった。あと経費で落とそうと瞬時に思った。とりあえず頷く。ああ、でも私そんな大荷物持てるかしら。


「神凪さん、僕も手伝うよ」


 私達の会話を聞いていた玉葉くんが、ぴょこんと出てきた。


「んまッ、喋る狐! かーわいい!」


 それに盛大に反応するオネエの人。しかし、喋る狐に動じないのはさすがというかなんというか。でも、狐の玉葉くんには私のバックすら持たせることが出来なさそうというか、可哀想。


「せっかくだけど、気持ちだけで大丈夫よ、玉葉くん。さすがにあなたには持たせられないわ」


 申し訳なくなりながら私が言うと、玉葉くんは抗議するように、くっと顔を上げた。


「大丈夫だよっ」


 そう言うと、とてとてとその場で一周回った。すると、


「わォ」


 オネエの人が感嘆の声をあげた。私も、久しぶりに見てビックリした。そうだった、玉葉くんは、変化へんげとやらができるんだった。

 一周回った狐の玉葉くんは、唐突に男性の姿になった。今まで見た中で、一番年上に見える。多分、三十台半ばぐらいの、爽やかなイケメンだ。玉葉くん、イケメンだったのね。高校生ぐらいの見た目だと可愛く見えていたから、ちょっとビックリしてしまった。


「狐は、美男美女に化けるからねぇ。惑わされちゃダメだよ、かおちゃん」


 呆けたように玉葉くんを見つめる私達に、みつが苦笑しながら言った。美女は割りと色んなタイプを見てきたような気がするんだけど、美男はまだまだ修行が必要のようだ。


「可愛い狐ちゃんだと思ってたけど、あなた良ィ男だったのねェ。お友達になりましょ」


 オネエの人がぐいぐい近づく。玉葉くんはそれに困ったように、私の後ろに隠れた。か、可愛い。図体が大きくなっても、可愛いっ。


「と、とりあえず。せっかく大きくなってくれたし、玉葉くんと買い物に行ってくるわね」

「うん、宜しくね~。玉葉、ボロ出すんじゃないヨ」

「わかってるよ。行ってきます」


 私達が出て行こうとすると、名残惜しそうにオネエの人がついてきた、のをみつが肩を掴んで止めてくれた。その隙に事務所の扉を閉める。閉める直前、


「あんたはまだやる事があるの」


 そう、意地悪そうに言うみつの声が聞こえた。また、性悪って言われてるんじゃないだろうか。そんな事を思いながら、近くの総合スーパーに向かった。確かあそこなら、二階に日用品や布団があった筈だ。





 無事、総合スーパーが閉まる前に、毛布が買えた。布団はさすがに大きすぎたので春秋用毛布にしてみたが、シングルぐらいで良かったのだろうか。持って歩けるように取っ手がついているが持って歩くには少し大きくて重い布団の袋は、玉葉くん(年上)が持ってくれている。こんなイケメンがこんな近くにいるなんて、なかなか現実感がわかない。しかもそのイケメンの中身が狐だというから驚きだ。現実感が追いついてこない。


「玉葉くん、大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ」


 にっこり笑うと、面影がわかる。中身が玉葉くんじゃなかったら、その微笑に心臓が高鳴っていたかもしれない。昔の人が化かされるのも仕方ないと思う。


「……玉葉くんは、こっちにきて後悔してない?」

「うん?」


 なんとなく無言になると気恥ずかしくて、気になっていた事をつい聞いてしまった。玉葉くんが、イケメン顔で首を傾げる。

 私は、玉葉くんがなぜ此方に居て、私達と共に居るのか、本当の所は良く知らない。しかし私の中では、玉葉くんはみつに次ぐ居て当たり前の存在になっていた。主に狐型でだけど。

 でも、玉葉くんは此方に居る限り、向こうで当たり前に出来ていた事が出来ないそうなのだ。それどころか、どんどん衰弱していっている。この荷物持ちだって、本当は玉葉くんに負担を強いているだけ。それが、辛い。何とかしてあげたいのに、何もしてあげられない。そんな思いが、つい言葉に乗ってしまったようだ。


「此方は、色んな事が起こってとっても楽しいよ。……僕は、うか様の庇護下で、自分から動く事はあまり無かったんだ。だから今、うか様や姉さん以外の誰かの為に、何かをしようと思うのが、楽しいんだ」


 ニコりと、儚げに微笑む玉葉くん。それは、満足そうな笑みで。イケメン効果もあいまって、こちらまで何だか良かったなあ、という気分になった。あの奥さんやうか様とやらが過保護にしたがるのもわかろうというものだ。


「そっか」

「うん」


 玉葉くんはそう言って、もう一回ニッコリ笑った。

 玉葉くんがそう言うなら、玉葉くんの好きにさせてあげよう、そう思った。




 私達が何事もなく無事事務所に戻ると、中ではきゃっきゃと楽しそうな声がしていた。

 あの二人が、そんな楽しそうにはしゃいでいる事など全く想像していなかったので、思わず玉葉くんと顔を見合わせた。玉葉くんも、少し驚いたような顔をしている。

 そうしていてもどうしようもないので、そーっと扉を開けてみる。すると、


「ちょっとォ、そこはダメよぉ」

「変な声出さないでって言ってるでしょっ」

「やァだ~」


 きゃっきゃしているのは、主に一人だったが、みつも反応しているのでコミュニケーションがとれているという点では一緒かもしれない。


 カラン、と控えめに鳴った鐘の音にみつが気づいて振り返る。


「あっ、かおちゃん、玉葉。おかえり」

「おかえりなさァい。やァだそこやめて~」


 みつが、イラッとした顔をオネエの人に向ける。オネエの人はくすぐったそうに笑って、やめてえ、とか何とか言ってる。タフだな。


「ただいま戻りました。……何してるんですか?」


 来客用のソファーに半裸のオネエの人を座らせ、みつはなにやら細い筆を持っている。あれが、オネエの人がくすぐったがっている原因のようだ。

 半裸のオネェの人は結構筋肉がついていて、引き締まった身体をしていた。その身体にびっしり書かれた、細い読めない黒文字。お経のようにも見えるが、正確な事はわからない……ちょっと、思考が、追いつかないよ。何してるの??


「ちょっとね~。古式にのっとって色々試してみてるんだけど……うるさくて」


 肩を竦めるみつ。古式に則り何をしてるかしらないけど、とりあえず、玉葉くんに持たせていた布団をソファーに置いてもらう。

 なるべく半裸のオネェの人を見ないようにする。イケメン玉葉くんを見たと思ったら、成人男性の上半身裸を見る羽目になろうとは、一体今日は何の日なんだろう。


「ありがとう、玉葉くん。疲れたでしょ」

「ううん、全然大丈夫。でも、戻るね」


 玉葉くんはそういうと、その場で一回転してまた狐姿に戻った。うん、こっちの方が落ち着くし、何より可愛い。


「で、みつ。この布団どうするの?」


 玉葉くんが最近定位置になりつつある、みつの机の上に戻った。それを見守りながらみつに聞く。


「んーとね、縦長に丸めて、この人の横に置いて欲しいんだぁ」

「わかったわ」

「お願いね」


 みつは、オネエの人に何か描いて忙しそうだし、言われたとおり買ってきたばかりの布団を袋から取り出し、なんとかかんとか、縦長に丸める。一抱えぐらいの円柱ができた。それを、オネエの人の横に立てかける。安物だからか、へにゃっとなったが、まあ、こんなもので良いだろう。

 私が少しの悪戦苦闘をしている間に、大まかな仕事が終わったのであろうみつが、ふぅと手を額にあてていた。


「はい、おしまい。さっさと服着て」

「はァ~、やっと終わったのねェ。くすぐったいのって苦手なのよォ」


 オネェの人は何事もなかったように、帯で留まっていた上着の袖に手を通した。この人、もしかして上半身脱ぎ慣れてる? まあ、山で修行とかしてるんだったら、汗拭く時とかそっちのほうが早いよね? 男性だしそういうのに頓着がないのかな。


「で、アタシはこれからどうしたら良いわけェ?」


 無駄に立派な筋肉と、顔と、しゃべり方がミスマッチなオネェの人が、上着の襟を直しながら聞いた。筆に残った墨で、どこからか出した和紙に何やら書き付けていたみつが、にやぁと顔を上げた。ねえみつ、その顔、オネェの人じゃないけど性悪に見えるからやめよ?


「そこに座ってて。楽にしてて良いよ。ただ、とっても怖い思いをすると思うけどねぇ」


 にやにやと笑うみつの真意を測りきれず、オネェの人が眉を寄せた。


「アンタ、さっきからそればっかりだけど、そろそろ何するか教えなさいよ。……怖いでしょ」


 オネェの人の弱気な態度に、さすがに可哀想だと思ったのか面倒くさいと思ったのか定かではないが、何かを書き終わった和紙をひらひら乾かしながら、みつはオネェの人を見た。


「そうだねえ、心の準備もあるだろうから、そろそろ教えてあげよう。

 --今宵あなたには、蛇に喰われてもらう」

「へっ」


 聞いた中で、一番素っ頓狂な声を上げて、オネェの人は目を見開いた。私もびっくりして、思わずバッとみつを見た。

※修験者という存在を貶める意図はありません、フィクションですゆえ!

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