オネエ、急襲
次の日。
何事も無く、一日が終わろうとしていた。
依頼人も来ず、いつも通り閑古鳥が鳴いて終わり、のハズだった。
「先生。それじゃあ私はそろそろ帰りま……」
ガランゴロン!
みつに挨拶をして帰ろうと思った次の瞬間、勢い良く扉が開いて鐘が鳴り響いた。何だか、ものすごく覚えがある展開だが……。
「ちょっとォ!」
「うわ」
やっぱりというか、なんというか。
あの、騒々しいオネエの人だった。入ってくるなり、私には目もくれず、みつの机に一目散に向かっていった。しかし、今回は前とは状況が違うようだ。迫り来るその顔は、見間違えでなければ、恐怖。恐れだった。
「お願いがあるのよォ」
バンッとみつの机に手をつき、真正面からみつを見る。みつはビックリしすぎて、目を見開いて椅子からずれ落ちそうになっていた。珍しい。
一方のオネエの人は、みつのビックリ顔にもお構いなく、わめきたてる。
「アタシもアンタたちに頼るのはどうかと思ったけど、仕方ないのよォ! 他に頼れる人もいないし、おシショーさまも戻って来ないしッ、どうしていいのかわからなくってェ!」
後ろから様子だけ見ていたら、大柄な男性がみつを脅しているようにも見える。が、声音は震え、今にも泣き出しそうだ。
「だから、お願い。アタシを助けて……ください」
オネエの人は、思いっきり頭を下げた。
とりあえず、この面白そうな展開を見ずに帰るのは勿体ないと、人数分のお茶を出し、皆を促がしソファーに座らせる。
みつはいつも以上にやる気のないだらしない座り方をして、もう聞くのすら面倒くさいと態度で示していた。依頼人相手なら注意するところだが、依頼人というには微妙なので黙っておく。
「……で」
みつはお茶を啜り、目だけでオネエの人を見た。
オネエの人は、目を潤ませて手を口にあててシナをつくっている。こういう仕草って、女性より女性らしい。
「昨日、アタシのカラスちゃんが食べられちゃったのは言ったでしょゥ? それから山の中で視線を感じるようになってェ、何だか怖いなァって思ってたのよ。でも、まァいっか、暗くなってきたし帰ろうと思って、おシショーさまを探してたら、出会っちゃったのよ! 蛇に! あのおっきな蛇に!」
思い出したのか、オネエの人は両腕で自身を抱き震え上がった。はて、蛇。しかも大きな蛇? あの山を探していたはずのこの人が出会う大蛇……あの山って他にも大きな蛇っているのかしら?
みつは、オネエの人のとりとめのない話を黙って聞きながら、目を細めていた。肘をつき右手を右頬にあて、興味なさそうにしているが、聞いてはいるようだ。
「……で?」
「もうちょっと興味示しなさいよォ! それでね、アタシ怖くなって一目散に山を降りたのよ。そしたら視線もついて来てるみたいで。おシショーさまを探してもいないし、カラスちゃんもいないから探しだせなくてェ途方にくれてたのよゥ。でね、今日になっても視線がなくならなくって。でもまァ、アタシの熱狂的なストーカーとでも思えばいいかと思って放っておいたら、さっき! 日が暮れかけたのと同時に、見た事もない大きな蛇が襲ってきたのよ! アタシもーッ怖くって! 街の中に逃げて、なんとかまいてきたのよッ。で、あなた達を思い出したわけ! 強いんでしょゥ、なんだかよくわからないけどッ」
まくしたてるだけまくしたてるオネエの人は、最後にそう締めくくって、すごい眼力でみつを見つめた。みつは目を合わそうとしない。そうね、私も目を合わせたら獲って食われそうな気がする。
「……で?」
「でって! アンタさっきからそればっかりじゃない!」
オネエの人が、ついにみつの態度に切れた。仕方ないね。それでもみつは、態度を崩さない。圧倒的優位、というのだろうか。ふん、と鼻で笑った。その顔は、まさに性悪。
「なんでウチに来たかはわかったけど、だからなんなの? ウチ、慈善団体じゃないんだけど」
全く相手にしていないように言い放つみつ。オネエの人が、ぷぅっと頬を膨らませた。やっぱり男の人って頬硬いのかしら、あんまり膨らんでなかった。
「だ、か、ら! 助けて欲しいのよ! 蛇よ蛇?! それも普通じゃない蛇! アタシのカラスちゃんを呑んだやつと一緒よォ絶対!」
「じゃあ聞くけど、あなたを助けて私達に何のメリットがあるの? 依頼にしたって、払えるものはあるの?」
ニヤニヤと、性悪そうに聞くみつは、確かに意地が悪い。助けてあげればいいのにとは思うが、私が出来る事はないし、確かに依頼なら払うもの払ってもらわないといけないので口は出さないでおく。でもこの人、必死だけど悲壮感が無いのよね、何故か。
オネエの人は憤ったように立ち上がったが、ぐっと口を噤んだ。
「は、払えるもの……」
必死に何かを考えている様子のオネエの人。確かに、お金持ってる感じはしないし、多分あってもこの人は美容代につぎ込む。絶対そう。だって、山伏って山にいて修行してるんでしょう? それなのに化粧バッチリすぎるもの!
そんな事より、私は横にいるみつに、気になっている事をこっそり囁いた。
「ねえ、みつ。あの山にいる大蛇って」
「うん、主で間違いないと思うよ」
「なんで、あの人を付け狙うのかしら?」
「そりゃあ、あやしいカラスなんかで自分の敷地をウロウロしてたからで……あっ、そうだ。良い事思いついた」
私とコソコソ話していたみつが、何かを思いついたようにニヤァと笑って、急にオネエの人の方を見た。だから根性悪いとか性悪とか言われるんだって、みつ。せめて顔どうにかしなさいよ、と思ったがとりあえず黙っておく。
「ねえ、あなたを付け狙ってた蛇って、カラスを食べた蛇と同じか、それぐらい大きかったんだよね?」
「え? ええ、大きさっていうか、こう、似てたのよ。蛇に形相なんて無いって思ってたけど、鬼気迫る感じがさァ」
「ふぅん。……ねえ、助けてあげよっか」
「へッ?」
オネエの人が素に戻ったように野太いが間抜けな声を上げた。それはそうだろう、今までしぶっていたに、急に方向転換して助けてやるというのだから。私も正直声を上げそうになった。
「助けてあげるって、言ったの。特別にお代はサービスしてあげる。でも、とっても怖い思いをするけどネ」
ニヤニヤとみつが、笑いながら頬杖をつく。オネエの人は、急に変わった態度に動揺をかくせないようだ。
私、何だかみつが禄でもないこと考えてる気がする……。




