オネエ、再襲
次の日。
みつが起きてきたのは、正午前だった。最近、みつにしては早めに出社していたから、珍しい。悠斗の事、何か調べていたのだろうか。
そういえば、何か忘れている気がするのだが、何を忘れているのだろう? みつを見ながら思い出そうとするが、昨日の一連の騒動が濃すぎたせいで、思い出せない。あっ、いや、そうか。あの騒動がらみだ。
「ねえみつ、昨日の……オネェの人、おシショーさま連れてくるとか言ってなかった?」
話しについていけなかったけど、最後にそんな捨て台詞を吐いていた気がする。みつは自分の机の上に頬を置いてだらしない格好のまま、
「そ~だっけ~」
と、全く覚えてなさげに応えた。それはそれで、何だか向こうが可哀想な気がするのだが。
「まあ~、でもぉ、普通だったらこんな所までわざわざ来ないよ~。相手の手の内がわからないのに~」
そんなものだろうか、とも思ったが、昨日もこんな会話してなかったかしら…? ふと、デジャビュに襲われていると、みつがハッと立ち上がった。みつの素早い動きに慣れてないので、ビクッとしながら見ていると、みつは慌てたように扉に向かって歩き出した。どうしたのだろう? 黙って様子を見守る。
みつが扉に手をかけようと右手を伸ばした瞬間、
カランコロン!
勢い良く鐘が鳴って、扉が開いた。あとちょっとで、みつの手に扉が当たるところだった。
「約束通り来たわよォ! 勝負しなさい!」
野太くも甲高い声が、事務所に響いた。
人数分のお茶を出し、私は最後にソファーに座った。そう、人数分--四人分のお茶を出して。
「……で?」
みつが、ソファーの肘掛にもたれかかるようにして座りながらも、不機嫌そうな顔で目の前の人間達を見る。不機嫌、というか何かを見極めようとしているようにも見えるが、まあ、変な人達だし仕方ないね。
「ヤタちゃん返しなさいよォ」
豪快に湯のみを握りお茶を男らしく啜りながら、昨日の……オネエの人が言った。
「吉延。それが人に物を頼む態度か」
それを叱るのは、オネエの人の横に座る、これまた山伏のような服を着た、禿頭の男性だった。がっしりした顔つきと体つきは、フジさん系の人のようだ。フジさんより眉毛も濃いし髭も濃いが。
「今回は、この馬鹿弟子が世話をかけたようで、すまなかった」
ひとしきりオネエの人に注意すると、今度は正面を向いて、私達二人に向けて頭を下げた。
「おシショーさま! こんな性悪小娘に頭下げる必要なんて無いわよゥ!」
「馬鹿者!!」
おっきな雷が、落ちた。その声と迫力に、私とみつまでビックリしてしまった。みつは、怒られ慣れてなさそうだから、しょうがないね。
怒られた当人は、泣きそうな顔をしてその人物を見ている。
「でもォ、でもォ」
「式を取られるなんて、術者の恥だぞ、吉延。それを認めることもせず、あまつさえ私を引っ張ってきて返せとは……我が弟子ながら頭が痛い」
男性は額に手を当てて、やれやれと首を振った。オネエの人は、完全に身体を男性の方に向け両手を握り、でもとかだってとか、言い訳にすらならない言い訳をしている。その姿は完全に、彼氏に怒られている女子力高い彼女、の様子を呈していた。……どっちも男だけど。
「……そっちの人は、話しがわかってるんだね」
みつが、そのやりとりを呆れながら見て言った。男性は、言い募るオネエの人を制し、頷いた。
「すまない。コイツは、この世界に入って日が浅いんだ。ようやく式を打てるようになったと思えば……」
そこでギロリと横のオネエの人を見た。オネエの人は、眉を下げ両手を握って口元にあてていた。俗に言うぶりっ子のポーズ、だと思う。色んな意味ですごいな、この人。
「だってぇ」
「だってじゃないだろう」
「……まあ、何でうちに式を寄越したのかは知らないけど、私のお願い一つ聞いてくれたら、返してあげるって言ってるのに」
みつが右手を頬に当て、にやにやと笑いながら言った。その言葉に、男性は少しホッとしたようにみつを見た。が、ああ、この後のみつの言葉を聞いた後でもそんなホッとしていられるのだろうか。
「馬鹿弟子とは言え、弟子は弟子。私に出来る事であれば」
みつはにんまりと笑って、それはもう横で見ている私ですら引くほどのにんまり顔で、後ろ手に隠していた、悠斗のTシャツを出した。
「このTシャツの子、加賀士山に居ると思うんだけど、探してくれない? 山に入るの面倒くさいなあって思ってた所なんだよね」
にっこり笑いながら、Tシャツを差し出す。それを見てまたオネエの人が、騒ぐ。
「ちょっとォ! 加賀士山ってどんだけ広いかわかってンのォ?! その中で子供一人見つけろって!」
「黙ってなさいっ吉延。……わかった」
「おシショーさまァ」
うるうると男性を見つめるオネエの人。泣いたらマスカラ落ちてパンダ目になるから耐えてるのかしら?とどうでも良い事を考えるぐらい蚊帳の外な私。
「ごめんなさァい。よしのも手伝いますねっ」
「お前が主体で探しなさい!」
言葉だけなら、可愛らしい女の子のようだが、残念ながら、オネエだ。心は乙女かもしれないが、その声は、甲高くも野太い。しかし、この人さっきから吉延って呼ばれてるけど、本人はよしのと自称している。……心って、自由よね?
みつはTシャツを男性に渡し、男性はそれを丁寧に受け取り、小さくたたんでオネエの人に渡した。オネエの人は釈然としない顔をしていたが、しぶしぶ受け取っていた。
「じゃあ、よろしくね。これは、預かっておくね」
みつが目を細めてどこから取り出したのだろう、例のうちに来た鳥だった紙切れを取り出し、ぴらぴらと振った。その様子を見て、またオネエの人がこめかみに青筋を立てた。案外キレやすい人なのだろう。
「そんな風にカラスちゃんを扱わないでよッ! 探せば良いんでしょ!」
「うん、お願いね~。見つかったら、このカラスに連絡ちょうだい。私、コレ使えるから」
みつが目を細めて薄く笑いながら言うと、男性は少し複雑そうな顔をしていたが、頷いた。私は仕方ない事だが、オネエの人も二人の機敏がわからないようだった。男性は複雑そうな顔からキリっとした顔に戻り、横にいるオネエの人を振り返った。
「……わかった。ほら、行くぞ吉延」
「えぇ~、でもォ」
「行くぞ」
叱りながら、男性は立ち上がり軽く頭を下げた。私もつられて頭を下げる。一人憤慨しているオネエの人。スタスタと帰りだした男性に置いていかれないようにオネエの人も立ち上がり後を追ったが、くるっと振り返り、
「そんな根性の悪い事ばっかりしてると、おブスになるんだからねっ!」
フンと捨て台詞を吐き、また乙女のような猫なで声を出し男性を追っかけ、案外ソフトに扉を閉めていった。
……おブス、か。案外心にくる言葉だわ。みつを見ると、苦笑というか笑うしかないという顔をしていた。珍しい。
はぁ~、とため息をつき、ソファーに深く深くもたれかかる。
「スゴイ人だったわね」
思わず口にすると、私よりも深くソファーにもたれていたみつが肩を竦めた。
「そだね。まあ、でも手間が一つ省けたよ。次は、相手の事を知らないとねえ」
みつにしては、(根性が悪いと言われたが)前向きな言葉だと思った。が、立ち上がる気配は無い。せっかく、瀬尾さんの所に行くつもりになっているようだから、みつの気が変わらないうちに行く準備をしようそうしよう。
私は立ち上がり、みつを振り返った。みつは苦笑しながら、よっこらしょっと立ち上がる。
「あ、そうだ」
立ち上がったみつが、何かを思いだしたように顎に手を当てた。
「玉葉ー」
そして、みつの机の上で気配を殺すようにして眠っていた、玉葉くんを呼んだ。玉葉くんはすぐ此方にきて、なぁに? と首を傾げた。ああ、可愛い。みつはそんな玉葉くんの脇に両手を突っ込み、突然抱き上げた。玉葉くんはびっくりしたようだが、無抵抗にぷらぷらしている。みつの目の高さまで持ち上げ、話しかける。
「ねえ、玉葉。お昼のカラス見たよね? あれって、食べれる?」
ん? みつが何を言ってるのかわからない。玉葉くんも首をかしげている。
「食べる、の意味は、あの力を僕のものにする、って理解で良いの?」
「そうだね」
「じゃあ、食べれると、思う。まずそうだけど」
二人の会話が、普通のものじゃないのはわかった。だから深く考えない。
玉葉くんの言葉に、みつがにんまり笑った。絶対、ろくな事考えてない。玉葉くんは、ぷらぷらとなされるがまま首を傾げていた。
「そっか。じゃあ、玉葉も今回はおいで」
「良いの? わかったー」
みつの言葉に、玉葉くんが無邪気に笑った。珍しい事もあるものだ。ガソリンが不足している玉葉くんに、何かさせようとしているのだろうか。
「さ、行こうか、かおちゃん。瀬尾が何か知ってると良いんだけど~」
玉葉くんを地面に下ろし、みつは窓の外を見た。今日は、良い天気だ。
案外早く来た




