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とり




 良く晴れた日だった。

 さすがにまだ日中は、太陽が昇ると暑さを感じる。

 だが、もうクーラーはいらない。窓を開けていると、爽やかな風が吹き込んでくる。だから、最近日中は網戸だけして開けっ放しにしている。特等席は、みつのいる場所だ。なんたって、窓のすぐ前にみつの机があるのだ。一番気持ちの良い風を感じていることだろう。

 今も、良い風が流れ込んできている。ふぅっと私の所にまで届いた涼やかな風に顔を上げると、みつが珍しく窓の外を見ていた。


「どうしたの?」


 何気なく聞くと、みつは窓の外から目線を逸らす事なく、


「……面倒くさそうなのが、来そうだよ」


 そう、私に聞かせるともなく呟いた。

 と、次の瞬間、


 ドンッ!!


 何かが、ぶつかった音がした。それは、鈍く重く、大きな鳥が全力で壁にぶつかったような音だと思った。が、しかし。私の目の前にはありえない光景が広がっていた。


「と、り? からす?」


 そう、真っ黒で大きめの鳥が、カラスのような鳥が、開け放した窓の網戸に衝突しそのままの形でかたまっていた。明らかに、網戸ぐらいなら突き抜けてきそうな大きな身体なのに、まるで壁にぶつかったのを壁の向こう側から見ているような、不思議な光景だった

 みつは、そのぶつかった音にも鳥にも驚く事なく、いつも通りよっこらしょっと立ち上った。


「ったく、礼儀がなってないなぁ。どこの使いだよ」


 面倒くさそうに窓の所に行くと、網戸を開けた。驚く事に、鳥はそのままの形で止まっている。網戸に引っかかっていたわけでは、無いのか。みつは窓から右手を出すと、無造作にむんずと鳥の細い首を掴み、窓の内側へ引っ張った。とたん、鳥は白い煙になり消えた。もう、頭の処理が追いつかない。でも、目の前では確かにみつの手の中にいた鳥がいなくなり、握りこぶししかない。

 思わず立ち上がり、みつに近寄る。


「み、みつ?」


 私が話しかけると、面倒くさそうに右手を見下ろしていたみつが、へらりと振り返った。


「なんかね~、宣戦布告されたみた~い」


 握っていた右手を開くとそこには、墨汁のようなもので不思議な模様が描いてある白い紙があった。何となく、みつにもらったあの白い人形に似ていると思った。

 握られていたにしては、くしゃくしゃになっていない事で、その紙もまた普通のものではないのだろうと知れた。


「宣戦布告? みつに? なんで」

「さぁ~?」


 みつは余裕そうにへっと笑った。肩を竦めると、その紙を机に無造作に放り投げた。かと思うと、網戸をピシャンと閉めて椅子に座り、あのくだらない雑誌を読み始めた。え?


「いいの?」

「うん~。用事があったら、あっちから来るでしょ~。わざわざ敵の本拠地に乗り込んで来るおばかさんならねぇ~」


 雑誌から目を離さずゆる~く言うみつに、何だか呆れてしまって、私も自分の机に戻る事にした。確かに、ここはみつの城だ。こんなみつに有利な所に乗り込んでくるなんてこと、普通はないよね?





 夕方。

 さすがに風が冷たくなってきたので、窓を閉める。鳥がぶつかったハズの網戸は、歪みすらない。

 みつはいつも通り、椅子に深くもたれかかり仰向けの顔の上にあのくだらない雑誌をかけている。寝てるのか起きてるのか良くわかならいから、それやめて欲しいんだけどなあ。

 そういえば今日は、あの鷹也という男の子が弟くん、優斗くんが以前失踪したときの服を持ってくると約束した日だったっけ。学校終りなら、そろそろ来るだろうか。ならば、みつを起こしておこうか。私がそう思ったとき、


 カラン、コロン


 鐘が鳴った。とりあえず、みつの顔の上から雑誌を取り上げ、衝立の向こうに回る。


「ようこそ、不破探偵事務所へ」

「……うっす」


 鷹也だった。ぶっきらぼうな返事とは裏腹に、顔は不安そうだ。とりあえず、ソファーに座るように言いお茶を用意する。

 私がお茶を煎れて戻ったときには、珍しくみつがソファーに座っていた。やる気が出たのかとも思ったが、だれた座り方がその考えを即座に否定する。そんなみつに相対している鷹也は、どうしていいのかわからない顔をしていた。それはそうだろう、年上の女性がそんな面倒くさそうに座って、しかも黙っていたら私だってどうしていいのかわからなくなると思う。


「確か、都森鷹也くん、よね。今日は、弟さんのお洋服を持ってきてくれたのよね」


 私も、みつの隣に座りながら、鷹也に話しかける。それで少し安心したように、鷹也は自分のペッタンコにした学生鞄とは違う袋から、小さな洋服を取出した。緑と白のTシャツは、本当にまだ小さい子供のものだ。


「これ、前にいなくなった時に着てた服。なんか怖いから押入れに入れたんだけど……こんなので良いのか?」

「そうだねえ~、本当は鼻が利く犬みたいなのに探してもらえれば楽なんだけどぉ」


 みつは来客用の机の上に置かれた洋服を見て、ちらりと衝立の向こうで眠っているはずの玉葉くんの方を見た。玉葉くん、狐だけど鼻も効くのかしら? でも、今は力を無駄に使えないものね。

 私もつられて衝立の向こうを見ていたので、鷹也の方に顔を戻す。


「あの後、何か動きはあった?」


 鷹也は、私の言葉に静かに首を振った。


「前も、一週間ぐらいして見つかった。だから、おんなじだったらまだ大丈夫だと思うんだけど」


 不安そうに、言葉は途切れた。そう、今回も前回と同じとは限らないのだ。今度は本当に人間が関わっているかもしれないし、今度は帰ってこないかもしれない。本来なら、柿森さんに回すべきなのだろうが、本人が神隠しかもしれないと言っている事と、この子にお金があるとは思えないので、みつも渋々引き受けたのだろう。根は良い人なんだけれどねえ、もうちょっとやる気を見せてほしい。

 そんな事を考えていると、みつが机の上に置かれた洋服を持ち上げた。その時、


 ガランゴロン!


 びっくりするような勢いで、鐘が鳴り扉が開いた。そして、


「ちょっとォ! アタシのカラスちゃん返してよォ!!」


 野太いのに甲高い声が、聞こえた。


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