依頼人
数日後。
いつものようにまどろむ昼を超え、穏やかな夕だった。日ごとに日が短くなり、事務所に差す夕陽も弱くなってきている。暑さはすっかり払拭され、涼しさを感じる。風によっては肌寒ささえ感じ始めている。夕方や夜は特に。
今日も特に何事もなく平和に終りそうだ。
私は事務所の扉に掛かっている札をCLOSEにしようと、ドアノブに手をかけ引いた、瞬間、
「あっ」
ビックリした。
同じように固まっている人物と、目が合った。向こうも扉を開けようとしたようだが、勝手に動いた扉に驚いたようで、手をドアノブにかけたままだ。
「あ、の、うちに依頼かしら?」
私も驚いて固まってしまったが、ここに来ているということは何かしら依頼があるのだろうと、問いかけてみる。と、私と同じぐらいの背丈のその男の子は、慌てて逃げようとした。のを、思わず手を掴んでしまった。自分でもビックリしたが、口では全然違う事を聞いていた。
「あなた、この前も来ていた子じゃない? 何で逃げるの?」
私がそう聞くと、不良のようにツンツンに髪を立てた、男の子というには少々大きいが私からしたら男の子、は、驚いたような顔をして私を振り返った。
「なっ、んで」
知っているのか、だろうか。私も全然確信はなかったのだけれど、今思い出したのだ。数日前に逃げた後姿は、黒かった。黒い制服を着ていたからだろう。そして、今目の前にいる男の子も悪っぽく着崩しているが、黒い制服を着ている。そして、同じように逃げ出そうとした事。私の中で同一人物とするには充分な状況証拠が揃っていた。
私に手を掴まれている男の子は、振りほどこうと思えば簡単に振りほどけるだろうに、そんなそぶりは無い。迷って、いるのだろうか。うちに来るのを。まあ、確かに怪しいっちゃ怪しいんだけど……。
「ど~したの~」
なかなか扉を閉めない私を不思議に思ったのか、怪しい大元であるみつが近寄ってきた。新たな人物の登場に、男の子がビクッとした気配が伝わった。顔は着崩した制服に合わせるように怖い系なのに、割とわかりやすい子だなあ。
「依頼人ですよ、先生。ね?」
なるべく優しく、だが断定するように男の子に言うと、諦めたように、コクリと頷いたのだった。
温かいお茶を入れて、来客用のソファーに戻る。ソファーでは、ダルそうに座ったみつと、俯いたまま動こうとしない男の子。……こりゃダメだ。
「はい、どうぞ。じゃあ、まずは名前を聞かせてもらえるかしら」
みつの前にもお茶を出し、その横に座る。男の子は、俯いていた顔をチラリと上げて、私を見た。
「……たかや。都森 鷹也」
「鷹也、ね。で、キミはうちに何の用? 見たところ学生みたいだけど、お金払えるの?」
みつが、なんの興味も無さそうに言うと、鷹也は何に反応したのだろうか、バッと顔を上げてみつを睨んだ。
「子供だからって馬鹿にすんじゃねーよ! 金ならある!」
なかなか凄みのある声だった。そうね、見た感じ高校生ぐらいだろうから変声期はもう終わってるだろうし、ドスきかせるぐらい出来るよね。ちょっとビビったのは内緒。
みつは全く動じず、ふぅん、と興味なさそうに言った。
「馬鹿にはしてないよ。で、お金があるなら、依頼を聞こうか?」
全く態度をかえないみつに、鷹也は少し驚いているようだった。まあ、普通に生きてたらなかなか出会わないタイプの人間ではあると思う。
そんなみつに呑まれるように、鷹也は口を開いていた。
「……弟が」
「弟?」
「カミカクシ、に遭ったんだ」
みつが、ピクリと反応した。興味なさげに右手にあずけていた頭を上げ、鷹也を見る。
「なんで、神隠しだと思ったの?」
みつの問いに、また驚いたような反応をしたが、すぐ素直に答えた。やっぱり信じてもらえないとか、馬鹿にされるかもと思っていたのだろうか。
「前にも、おんなじように突然消えた事があるんだ。その時、オジサンとオバサンがカミカクシじゃないか、って」
みつの目が、細まる。ジッと、鷹也を見据えている。そんなみつの目にも気づかず、鷹也は俯いている。まだ、自分の言っている事が信じられないようだ。
「ふぅん? そのオジサンとオバサンとやらは、そういう怪奇現象を信じるタイプ?」
鷹也は、みつの言葉にすぐに頭を降った。そのはっきりした否定と、その人達から出たという言葉に違和感を感じた。
私でも、神隠しが何かぐらいは知っている。ある日突然人が消えるのは、神様が攫ってしまったからだ、という解釈だ。現代社会においてすら失踪人とされる人は何百人もいるといわれ、そのうちの何割かは本当に手がかり一つなく忽然と消えてしまうらしい。探すアテがない昔なら、違う世界に連れて行かれたと考えるのも仕方の無い事なのかもしれない。
が、それは昔の事で、今は何なりと探すすべがあるハズだ。それこそ警察探偵マスコミを使うとか。全く怪奇現象を信じてない人達から出る単語とはおよそ思えなかった。
「でも! 本当にある日突然消えるんだ! 前は、俺がバイトに行ってた時だった。今度も、ちょっと目を離した隙にいなくなって…。どこ探しても、居ないんだ。誰も何も見てないんだ……」
鷹也は、憔悴したように顔を手で覆った。本当に、弟を心配している事がひしひしと伝わってくる。
「前、と言ったね。その弟君はどうやって帰ってきたの?」
みつの言葉は、予想外に優しく聞こえた。鷹也はその声音に、疲れきったような声で答えた。
「……あの山、加賀士山の麓の神社にいたのを、ケーサツが見つけて、連絡をくれたんだ」
ああ。何で何度もあの山の名前を聞くのだろうか。不思議だ。あの、瀬尾の河に流れ込む源流の一つにして、一足先に紅葉が始まったあの山、加賀士山。
みつもピクッと眉をひそめた。
「そこで、見つかったの、実は二回目なんだ。弟はまだ七才なんだ! 一人であんな所まで行けるとは思えない。二回も、おんなじところで見つかって……、今回も見つかるかどうかわからないっ。俺、おれどうしていいのかっ」
弱音を吐いてしまったことに気づいたのだろう、鷹也はそこでグッと口を噤んでしまった。
はりつめているなあと、思った。なぜ、この子がこんなに張り裂けそうな程の心配を抱え込まなくてはいけないのだろうか。この年の子は反抗期というけど、両親はどうしたのだろう。そういえば、先程オジサンとオバサン、と言っていた。何か、事情があるのだろうか。
「ふぅん。ま、いいよ。とりあえず弟君の名前と生年月日、あとキミの生年月日。何かその弟君に縁のあるものあったら、ちょうだい」
「えっ?」
突然のみつの言葉に、鷹也は戸惑ったように顔を上げた。私も、なんでそんな占いのようなことをいきなり言い出したのかわからなかった。が、みつは至極真面目に言っているようだ。どっこいしょと立ち上がると、机からなにやら取出してきた。和綴じの本と、みつが何かを探す時によくつかう、あの六角の色々な小さな文字が描かれている板だ。
鷹也は、怪訝に思いながらも、素直に弟の個人情報を話した。みつはそれを聞きながら、本をめくり、なにやらその板とにらめっこしていた。
私も鷹也も、わけがわからずにその様子を見守るしかできなかった。




