ニュース
アスファルトから蜃気楼が立ち昇らなくなって、数日が経った。うだるような暑さがようやく引き、涼しい風が吹き始めた頃。
私とみつは、珍しく昼食を事務所の下の階にある喫茶店で食べていた。
たまにみつは、私をこうやって昼食に誘うが、多分それは、お手伝いさんが昨日きていないからだと思う。お手伝いさんは、みつのために昼食と夕食を作っておいてくれるらしい。それが無いと、みつは食べるものがなくなる(作るという選択肢はないらしい)。なので、私を昼食にさそって一緒にご飯を食べるのだ。私も昼ごはん代が浮くので、その誘いに簡単にのる。ここの喫茶店は色々美味しいから嫌じゃないし。
『とのことです。続いてのニュースです……』
静かな喫茶店内で、テレビがお昼のニュースを流す。なんとなく聞き流していたが、静かな店内では嫌がおうにも聞こえてくる。
『…山の山頂で紅葉が確認されました。山の山頂付近は気温が低いとはいえ、一足先の紅葉の便りに、秋を感じますね』
『そうですね。しかし、近隣の山では全く紅くなっていないようですし、なんらかの異常気象なんですかねえ』
ニュースから聞こえてきた山の名前に、ふと聞き覚えがあった気がした。この店自慢のナポリタンから目を上げ、テレビの方を見る。だが、テレビはもう違うニュースを流していた。はて、あの山の名前、何で気になるんだろうか。目の前の、ゆっくりと上品に同じナポリタンを食べているみつを見る。みつが綺麗にフォークに巻いたパスタを、これまた優雅に口に運ぶ。まるで、イタリアンの高級店にいる女性のような、上品な食べ方だ。さすが、お嬢様。育ちが違う。
そんなどうでも良い観察をしていると、ふとみつと目が合った。
「なぁに? かおちゃん。どうかした?」
目が合ったみつは、へらりと笑う。そのゆるんだ顔は、その完璧なマナーとはちぐはぐに見える、が、今はそんな事はどうでも良い事だった。
「いえね、さっきテレビのニュースでやってた一足先に紅葉した山、何か聞き覚えがある気がして」
私がさっきの違和感を話すと、みつは、ああ、と頷いていとも簡単に口にした。
「瀬尾が居た河の、源流の一つだね。指環を捨てた川のさらに先にある山だね」
その言葉で、私も腑に落ちた。確か、瀬尾のいる橋がかかっている河は大きい。それは、いくつもの源流からの水が合流しているからだ。その源流の一つに、あの山がある、はず。確か割りと高い山なので、ハイ
キング装備ではは不安で、登山装備でないと安心できないぐらいの山だったと思う。
私にもみつも、それ以上のそのニュースに感心は無かったので、そのままその話題は終わった。
昼食を終え、事務所に戻ると寝ていた玉葉くんがピクッと顔をあげた。
「お帰りなさい」
「ただいま。お留守番ありがとう、玉葉くん」
ソファーの上で丸まっている玉葉くんの頭を軽く撫でる。気持ち良さそうに目を細める玉葉くん。最近、寝ている時間が増えている気がする。やっぱり、少しずつ燃料が足りなくなっているのだろうか。何かで補充してあげられれば良いのになあ。
そんな事を思いながら、お昼は過ぎていった。
夕方。
そろそろ事務所を閉めようかと扉を開けた時、
「あっ」
ふいに人影が見えた気がした。だがその人影は、私と目が合う前に背を向け階段を駆け下りて行った。
「どーしたの~」
後ろから、みつの間延びした声が聞こえる。駆け下りた足音はもう聞こえなくなっていた。
肩を竦め、事務所の扉にかかっているOPENの札をCLOSEに翻し、扉を閉めた。鐘が鳴る。
「何か、人影があったみたいなんだけど階段を駆け下りて行ったの。何だか、男性のようだったのだけど」
「ふぅ~ん」
みつはそれ以上感心がないらしく、何も聞いてこなかった。私も、少し首を傾げただけで、その時の事は忘れた。
寒い日に秋の話しを始める勇気!新しい章よろしくお願いします




