夜の住人
「だから、私、愛し続けないといけないといけないの。ねえ、もしご主人様会っても、私が此処に居たこと、内緒にしてくれる?」
彼女は、こちらを見て、怪しく瞳を赤く光らせた。あぁ、前に不審者を見た時と、同じアカイロ。
それに気づいたみつが、いきなり
パンッ!!
と、手を叩いた。小気味良く鳴った音に、私も彼女も思わずビクッとした。
「やめてやめて、魅了なんて小賢しいこと。言いはしないわ、言いはね」
みつが肩を竦めて、つまらなさそうにため息をついた。みつの言葉の裏に絶対何かある。私はそう思ったが、彼女は会って間もないみつの、その言葉を信じたようだ。多分、何より、ナニかしようとしていたのを、みつに阻止されたっぽいので、警戒しているのかもしれない。
と、
ガシャン!
突然、両サイドにあるはずの窓ガラスが割れる音がした。ついで、
「「フロイライン(お嬢さん)!」」
と、若い男の子の声、少年と言っても過言ではないかもしれない、がステレオで聞こえた。そう、両側で同じ声が聞こえたのだ。突然起き過ぎた事態に何がなにやらわからず、固まってしまった私とは違い、みつは私を右手で庇いながら、その両脇からの突然の侵入者に警戒をしていた。
「どうしたの! 彼ら?」
「はい。急いで準備を」
だが彼らは、私達には目もくれず彼女の側にサッと近寄った。それも、左右対称になるように。
ステレオで聞こえてくる声の主は、どうやら二人のそっくりな少年らしい。双子のようだが、どちらも黒い服とフードを被っているので同じように見えるだけだろうか。
急に乱入してきた彼らの言葉を聞いて、彼女はつと厳しい顔になった。
「相変わらず執念深いこと」
彼女は双子が乱入してすぐ、横に置いてあったこれまた漆黒のマントをふわりと首に巻きつけていた。そして私達を見て、すまなさそうに眉を下げた。
「ごめんなさい、巻き込んでしまうから、早く外へ……いえ、外はもうダメかしら」
「一体なんの騒ぎ~? まさか、吸血鬼狩~?」
みつが、緊張感の無いいつもの調子で茶化すように聞くと、そこで始めて双子はこちらの存在に気づいたようだった。何だお前らはという非難の顔を向ける。始めて顔を見れたが、月の光の下というだけではないだろう、全く作りの同じ顔がそこにあった。2対の色素の薄い瞳が私達を捉えている。
「半分正解、ね。もとはそうだったハズなんだけど、いまや立派なヒトデナシよ。吸血鬼と、それに関わった人間を消そうと、躍起になってるの。あいつらは手段は問わないわ。隠れられそうなところへ、早く」
彼女の声が、緊迫感を増す。いやおうなしに、何かとんでもない事に巻き込まれてしまったと感じさせる。みつが眉をひそめた。
「それ、どういう事? 吸血鬼狩だけじゃなく、人狩もするって事?」
「そう、なるわね。私達の存在を消したいのよ、あらゆる意味でね。執念深いこと」
「フロイライン」
みつと彼女の悠長な話し合いに、双子の一人が業を煮やしたように会話に割り込んできた。その口調は厳しい。確か、フロイラインってどっかの国の言葉で、”お嬢さん”とか若い女性に向かって呼びかける言葉よね?それを使う相手にしては、語気が強い気がした。
「応援が間に合いそうにありません。しばらく耐えるのに、彼女らは足手まといです」
「彼女らを囮にして、時間を稼いでは」
双子の言葉に眉をしかめたのは、みつだけではなかった。彼女もまた、怒るように眉を寄せていた。
「何て事を。それでは、本当にヒトデナシになるわ。満月に一日足りない今宵でも、私が何とかしてみせる。私に血を注いだのは、始祖の一族。私にも、その欠片ぐらいの力なら、ある!」
案外、いや結構良い……ひと?吸血鬼?なんだなと、思った。みつも、それで呆気にとられ敵意を無くしたようだ。
彼女は自身の言葉を実行しようとしているようだった。目を瞑り、何かを呟く。すると、月の光に照らされていた、ショートカットのツンツンした黒髪がザワザワと風も無いのに動き始め、それは、見間違いでなければ、伸びていた。
ザワザワと揺らめきながら、ずるずると延びていく黒髪。その髪が床に届く前、伸びるのが止まった。
月の光に照らされた黒髪は、より艶やかに輝き、彼女の美貌をまた違った風に彩っていた。
そして、目が、開いた。
赤い、紅い、瞳。決意したような、強い光。コワイ。
「かおちゃん、アレを直視しないで。アレは、ダメだよ」
みつが、私の顔を背けさせる。優しい言葉とは裏腹に、少し、声に緊張が込められている。そして私の手を引いて、扉から離れた。部屋の中へ、右手にある割れた窓側の、角へ。今から、何が起こるというのか。
そう思ってから、数秒も経たないうちに、騒がしい足音と気配が、した。みつが、なにやら呟いている。
「きゅうきゅうにょりつりょう。かおちゃん、音を立てないでね。そうすれば、見つからないから」
みつの優しい言葉が降る。そして、私の目を覆った。何も見えない。何も、抗えない。あの瞳を見てから、思考がゆるく混乱している。考え、られない。
私達がそうこうしている間にも、音が、聞こえる。ドタドタと駆け回る音、ドサリと倒れる音、その他判別不可能な音、音、音。
「ぐっ」
彼女の、痛そうな声が聞こえる。心配になるが、目を開けていても見る事は許されない。みつの手が私の視界を奪っている。
「腕の一本ぐらい、くれてやるわよ」
怒りと苦しみの混じった、彼女の声が聞こえる。
「応援は」
「まだ」
「そうだよね」
「もつかな」
「さあ」
「さあ」
あの、双子の声も聞こえる。声がするたびに場所が違うから、移動してるんだと思う。ガシャンと、不意に大きな音がして、声を立てそうになる。のを必死で両手でふさいだ。頭を撫でる、誰かの手。大丈夫だよという風に。ああ、昔も、誰かにこうしてもらった気がする。昔々、まだ小さかった頃。
「あぐっ」
「「フロイライン!」」
思考を逃避させている間にも、どんどん彼女達が劣勢になっていく音がする。痛みに呻く声が聞こえる。私の頭を撫でていた手が離れる。スッと寒くなる。みつが、行こうとしている。そう直感的に思って手を出した瞬間、
「誰だい。僕のシャッツを苛める子等は」
場違いなほど、優美な男性の声音がした。程よく低く、気品のある喋り方。しかし、聞いた事ある声だ。多分、そう、あの夜の、不審者。
「おやおや、いけないね。キミ達は、僕らの恐怖を、忘れたとみえる」
「ひっ」
「ぐぁ」
男性が、ゆったりと喋る間にも、違う悲鳴が聞こえる。ふふふ、と楽しそうで凄惨な声。どこかで漏れる安堵のため息。
それは、すぐに終わった。
しばらくもしないうちに訪れる、静寂。
と、ようやく私の視界から手が離れた。暗闇からいきなり解放されても目が痛くならない程優しい月の光に照らされ立っていたのは、あのゆるふわの金髪をした、赤い目の不審者。その赤い目は、怖くない。
そして、横に寄り添うように彼女が立っていた。彼女の左腕はなくなり、腹から血が出ている。ビックリして声も出ず、みつの腕を握ったままだったことにも気づかず、その男性を見ていた。
と、男性がこちらに気づいて、ニッコリ笑った。
シャッツ=ドイツ語で宝物。おもに恋人などに呼びかけるとき、ハニーのような感じで使う(らしい)宝物のように恋人を大事にしているという事らしいです。




