いざ行かん?
次の日。
いつも通り出勤し、いつも通り癒される。
「おはよう、神凪さん」
「おはよう、玉葉くん」
玉葉くん(狐)のふわふわの金色の頭を撫でると、気持ち良さそうに目を閉じた。
「おはよ~」
そうこうしていると、みつが出社してきた。おや、珍しく今日は早いではないか。
みつの為のお茶を煎れながら、昨日遭った事を軽く話す。
「おはようございます。……そういえば昨日、目が赤い不審者に会ったんですよ」
お茶をコトリと置いたついでに何気なく昨日の事をかいつまんで話すと、みつが驚くべき早さで私を見た。
「え?! どこで?! 大丈夫だった? 怪我は無い?」
そのあまりの心配のしように、いつもながら苦笑がもれる。心配性にも程があるだろう。
「何も無かったから、此処に居るんでしょう」
「あ、そっか、そうだよね。何もなくて、本当に良かった」
みつはふっと安心したように頬を緩めると、今度こそお茶を啜りだした。
「でも、不思議な不審者だったのよねえ。道を聞かれたんだけど、今日調べたら、そこ、廃墟なのよ。誰も住んでないの」
みつが、すするのを止めピクリと反応した。
「ふぅ~ん。ちなみに、どこだったの?」
「えっと、○○町の……って、みつ、そこに行こうとしてる?」
「……別に、気になっただけだよ~」
みつは誤魔化ように、にへらと笑い、また一口茶を啜った。絶対、今の間あやしかった。そうは問屋がおろさない。
「みつ。そこに行こうと思ってるわね?」
「えっ、え~と」
みつはへらりと笑ったまま、目を逸らした。その行動に眉を寄せ、ピシリと言い放つ。
「みつ。いくらあなたが、妖怪とかオバケとかに強いといっても、生身は普通の女性なのよ? 危ないわ。刃物一つで簡単に傷つくのよっ」
「かおちゃ…」
「なにより、あなたに何かあったら、私の生活が成り立たなくなるんだからね!」
私が最期の言葉を言い放つと、みつは感動していた顔から情け無さそうな顔になり、涙目だ。
「かおちゃぁ~ん、みつの心配じゃないのぉ。みつのお金の心配なのぉ?」
「あなたは雇い主でしょう。私はしがない雇われですもの」
え~、とみつが情けない声を出す。
「みつが居なくなったら、また一から職場を捜さないといけなくなるでしょ。そんな面倒ごとはごめんです」
わざと冷たく言い捨てると、みつの冷めてしまったお茶を取り替えるために、給湯室に向かった。
……正直、みつに何かあったら、柿森さんがなんとかしてくれると思うのだ。みつにスカウト、というか半ば成り行きでここに就職したとき、しばらく柿森さんの探偵事務所で研修を受けていた。その時に、柿森さんに言われたのだ。
『みつ坊は、危なっかしい。もし、みつ坊に何かあったら、うちにおいで。何とかしてあげよう。でも、もし出来るなら、みつ坊が危なっかしいことをするのを、止めてやってほしいんだ』
と。そう私に優しく語り掛ける瞳は、父親のように優しかった。みつをからかったりみつで遊んでいるが、柿森さんだってみつが大事なのだ。その時は、わけもわからず、はあ、とだけ答えた。だが、みつは私と居る時はそんな無茶しないし(置いていかれた時は知らない)、むしろ依頼を受けないことも多いし、柿森さんの杞憂だと思っていた。
沸いたお湯を急須に注ぎながら、そんな事を思い起こしていた。
暖かいお茶が入った湯のみを、みつの前に置く。みつが、捨てられた子犬のような目で私を見上げる。
「……なんですか」
「あのね、あのね、みつ思ったんだけど、廃墟なら誰も居ないんじゃないかなっ。その不審者だって、夜出歩いてたなら、昼は出て来ないと思うんだっ。またかおちゃんが会って怖い目に会わないためにも確かめたいっていうか」
必死に言い募るみつをみて、ふと苦笑がもれる。さっきも言ったように、私はしがない雇われなのだから、私に断らなくても勝手に行けばいいのに、律儀な事だ。それに、みつがこんなに行きたがるのは、珍しい。単純に興味がわいた。
「今回は、やけに行く気ね。何か思い当たる事でもあるの?」
「うーん、ちょっと」
今度は、目を逸らさず答える。みつ自身もわかってないが、何か引っかかるものがあるのだろう。
ふぅ、とため息をつき、みつを見る。
「仕方ないわね。私と一緒で、お昼限定でなら、良いわ」
「かおちゃんは危ないよっ」
「私が危ないような所に行こうとしてるんですか?」
「うっ」
「どうなの?」
「……危なく、ない、です。でもでも、本当に一緒に来るの? 残っててくれたほうが、みつは安心なんだけどなぁ~…」
心配性というか、過保護というか。もし人間が相手なら、一人より二人の方が良いに決まってる。依頼人がいるなら、こんな風にみつに条件をつけたりしないが、今回はみつの気まぐれだ。私だって、みつに危険な目にあってほしくない。働き口がなくなると困るし。
「それじゃ、行きましょうか。ここからそんなに遠くないのよ。歩いて行けるわ」
みつはまだ渋っていたが、私も仕事じゃないから今日は譲らない。護身用のスタンガンがバッグに入っていることを確認して、先立って事務所を出る準備をする。
「本当にいくのぉ、かおちゃぁん」
「行くわよ。玉葉くん、お留守番宜しくね。誰かきても扉を開けなくていいからね」
「は~い」
うん。どこかの大先生とは違い、良い返事だ。
みつは諦めたように、肩をすくめて、立ち上がった。そして、締まらない顔で苦笑した。
「かおちゃんには、かなわないなあ」
「何言ってんですか。ほら、行くわよ」
玉葉くんが、尻尾と手を振り、見送ってくれる。
手を振り返して、事務所の扉をカランコロンと閉めた。
ぐだぐだするのが不破探偵事務所流




