朝日が草葉の露を照らす(短)
※狐の姉弟が話すだけ
寒い春は、暖かい雨によって終りを告げた。
雨は柔らかく降り続き、そのまま梅雨に入った。
そんな時期の事だった。
不破探偵事務所は、いつも通りゆるい営業を続けている。お客の依頼も受けたり解決しなかったり、いつも通りだ。
小雨が降る中、いつも通り事務所に向かう。雨が降ると、少し物思いにふけってしまう。
ののかはあの後、大丈夫だったのだろうか、とか。玉葉くんはどうしているだろうか、とか。消えてしまった時雨という狐は、救われたのだろうか、とか。
つらつら考え事をしながら、事務所があるビルの階段を昇っていたら、話し声が聞こえる気がした。おや、この事務所、そんなに音漏れがする部屋じゃないハズだが。というか、みつ起きてるのか。
珍しい事と思いながらドアを開けると、カラン、コロンと軽快に鐘が鳴った。
「だからね? キミにこのせか……あっ、かおちゃんおはよう」
みつが、何か言おうとしたのを中止して、私を見た。みつが私を見たのにつられるように、みつと話していた人物が、私の方を見た。
「あ、神凪さん。おはようございます」
「玉葉くん!」
玉葉くんだった。パーカーを来て、今風の男子高校生のような格好をしている。初めて見たときは甚平だったのに、馴染んだなあ。というか、幼くなってきてない?気のせい??
「おはようございます。久しぶりね、玉葉くん。元気だった?」
事務所に入り、鞄を机に下ろしながら玉葉くんに声をかける。
「はい。……その節はお世話になりました」
玉葉くんは私を見て、正面になるように座りなおし丁寧に頭を下げた。あらやだ、そんなかしこまること無いのに。というか、礼を言うならみつにだと思う。そのみつを見ると、眉をしかめて玉葉くんを見ていた。が、私と目が合うと、にへらと笑った。
「とにかく、私は考えを変えるつもりはないよ。帰った帰った」
みつが、面倒くさそうにしっしと手を振った。玉葉くんは悲しそうな顔をして、縋るようにみつを見ていた。
「どうしたの? いったい。みつ、また何か依頼を断ってるの? かわいそうじゃない」
悲しそうに眉を下げる玉葉くんが可哀想で、思わずみつに意見する。みつも眉をさげ、たれ目をさらに垂れて困ったレトリーバーの顔をした。
「な、なに?」
「みつはここのおーなーだよぅ。従業員だってみつが決めるんだもん」
「従業員? 何のこと?」
みつが、しまった、という顔をした。ここぞとばかりに玉葉くんが、
「僕をここで働かせてください! 雑用でもなんでもしますっ」
思いっきり頭を下げた。それを見て、みつが、だ~か~ら~と言いながらうんざりした顔で手をしっしと振った。
た、玉葉くんがここで働く?それは、嬉しいけれどお姉さんが許さないのでは……というかみつが許してないか。
「玉葉くん、あのお姉さんは何て言ってるの?」
膠着した状況になったので、お茶を出し、みつの横に座りながら一番気になっていた事を聞く。
玉葉くんはあきらかにビクッとして、湯のみを握り締めた。この反応は、あまりよろしくないようだ。
「姉さんは、関係無いから」
「キミはそればっかりだねえ。親離れ、いや姉離れかな?」
みつが、意地悪く笑った。玉葉くんは、何も言えないようで、目を伏せていた。
「……玉葉くんがこちらの人、狐?ではないのは知っているけれど、でもやっぱり、こちらで何かしようというのなら、保護者の人の同意が必要だと思うの」
なるべく優しく玉葉くんに語りかける。あんなに玉葉くんを心配し溺愛しているお姉さんに、黙っているのはやっぱり悪いと思うのだ。しかも、前も彼女に黙って出てきて、みつ曰く凄い量の留守電が来たらしいし。あと、単純にあの人が怒ると怖い。
「そーそー。あの狐の奥さんの許可もらったら、いーよぅ~」
意地悪くみつが笑う。この顔は、出来ないと確信して余裕を出している顔だ。全く。
玉葉くんが、泣きそうな、恨めしそうな顔でみつを見た。彼もまた、出来ないと思ってしまっているようだ。うーん、私としては、あの奥さんに許可さえもらえれば玉葉くんがこの事務所に来てくれるのは大歓迎なんだけどなあ。まあ、来てもらってもやる事なんてないんだけれど。
「う~」
「言ってみないと、わからない事もあるわ。勇気を出して、自分の思っている事をお姉さんに伝えてみたら?」
玉葉くんが、私の言葉にハッとした顔をした。何だろう?
ハッとした顔をした後、玉葉くんは妙に何か納得したように、頷いた。
「そう、そうだね。伝え、ないとね。僕、臆病だから言わずに済むならそれでと思ってたけど……うん。姉さんに、言ってみるよ。色々、いろいろ」
湯のみをジッと見つめていた玉葉君は決意したように、顔を上げ、私達を見てそう言った。
「まぁ、頑張ってね~」
みつは変わらず、意地悪い顔で笑っている。全くもう、せっかく玉葉くんが決意したんだから応援してあげればいいのに。
「結果報告、楽しみに待ってるわね」
扉を開けて出て行く玉葉くんに、後ろから声をかける。玉葉くんは、にこりと笑って、手を小さく振って出て行った。あの奥さん、許してくれると良いなあ。
「かおちゃんは優しすぎだよ~」
みつが、いつもの通りソファーでだらけた座り方をしながら、言った。
「先生は仕事しなさすぎです」
ふんっと鼻を鳴らすと、みつは苦笑していた。
今日も、いつも通りの一日が、始まる。
玉葉は、見慣れてしまった、姉の家の前に来た。人の世界に来て、何度も見たから。
まあ、姉さんの家というより、隆盛さんの家なんだけど。
二人ともとても優しい。隆盛さんは繋がりのない僕を本当の弟のように大切にしてくれる。
二人とも、すごく大事だ。
だから、何も言わず、何も心配させず、このまま平穏に過ごしたかった。
向こうは、今の僕には辛すぎて。今のままでは、尊敬し敬愛する方の側に居られない。
逃げて、いるんだ、僕も。逃げていた彼を追うという名目で、僕もあそこから逃げ出したかったんだ。
ちゃんと、わかってる。あそこから、あちらから、あの方から逃げ出しても、何にもならないって事。でも、だからこそ今は、今だけは、此処に、居たい。痛い。
玉葉は、今、姉と夫の隆盛、二人と対面するようにソファーに座っていた。
姉は、さっきから最高潮に不機嫌だ。向こうの世界で性格と言葉と顔のキツさで遠巻きにされていた、姉の不機嫌顔は、玉葉を黙らせ俯かせるのには充分だった。
「朝陽、そんな顔じゃ玉葉くんが話しにくいだろう」
「でもあなたっ、玉葉は」
「まあまあ。まずは、玉葉くんの話しを聞いてみようよ」
姉の朝陽は不満そうに口を尖らせていたが、隆盛の落ち着いた雰囲気にしぶしぶ口をつぐむ。そして、眉を下げ困ったように玉葉を見た。問いかけるように。
「で、何で働きたいだなんて言いだしたの?」
姉の問いかけに、玉葉は伏せていた目をつと上げ、二人を見た。
「あの、僕、此方で、一人ででも何かできるって、思えるようになりたいんだ」
「はぁ?! ここで? というか、何で? 玉葉。今までだって私が居なくてもやってこれてたじゃない」
「……そうじゃないんだ。姉さんと隆盛さんに、此方でこれ以上迷惑かけたくないんだ」
「迷惑なんて、そんな事ないわ玉葉!」
「そうだね、迷惑ではないけれど……玉葉くんがそうしたいって言うなら、俺は応援したい。独り立ちする季節っていうのは来るものだよ」
「でもあなたっ」
「朝陽が、玉葉くんを大切に、ともすれば過保護なほどに大切にしているのはわかる。だからこそ、玉葉くんはキミの手を離れ自分ひとりで頑張ってみたいんじゃないかな」
隆盛が、問うように玉葉を見る。玉葉はその言葉に勇気をもらったように、頷いて姉を見た。
「最近、これじゃダメだって思うことが増えたんだ…。これじゃあ、姉さんにもうか様にも胸を張って会えない。僕も、誰かの為に、何かを出来るんだって、思いたいんだ」
玉葉は悲しそうに目を伏せた。朝陽はここ最近、無断で連絡が取れなくなった時期があったことを思い出した。その後の、何かよそよそしい、何かを黙っている感じ。
姉は、ピンと来た。
「あなた。ちょっと、玉葉と二人だけで話しをさせて。大丈夫、ちゃんと玉葉の話しを聞くわ」
横に座る、夫の隆盛にそう言った。落ち着いた声で。
二人にしかわからない事があるだと察した隆盛は、比較的冷静に話し合いをしそうだと判断し、静かに頷いた。
「ちょっと散歩してくるよ。ゆっくり、気の済むまで話すと良い」
そう言うと、隆盛はゆっくり立ち上がり、財布と鍵だけを持って家を出て行った。
二人でそれを無言で見送り、完全に玄関の扉が閉まると、顔を見合わせた。
姉は弟が何か話すのを待ち、弟は姉に何から言ったらいいのか思案していた。
「時雨が……」
「うん?」
玉葉は目を伏せ、ゆっくり口を開いた。
「時雨が、還ったんだ……」
「あの白狐族の? 確か、弟の方だったわよね」
「うん。僕は、彼と友達になりたかった。年の近い狐はみんな僕を避ける。けど、彼だけは僕をまっすぐ見てくれたから、話せばきっと、友達になれると思ってたんだ」
「玉葉、無視よ無視。地狐がなんだっていうのよ。あいつら、本当に神使なのかしら」
「でも、ダメだったんだ。友達になれなかった。それどころか、僕が……僕が彼を追い詰めて、還らせたようなものなんだ」
「玉葉のせいなわけないでしょっ。それはそいつが悪いのよ」
ひたすら玉葉を庇い肯定する姉の言葉に、弟は苦笑した。
「姉さんは、変わらないね」
「変われるぐらいなら、此方に来てないわ。でも、うか様なら玉葉を守って下さると思ったから、此方に来たのに……玉葉」
心配そうに朝陽は玉葉を見ていた。その顔には、ほんの少しの後悔が浮かぶ。それを敏感に察し、慌てたように玉葉は手を振った。
「ち、違うよ姉さん。うか様は、変わらずお優しいよ。変わらないといけないのは、僕なんだ。僕の弱さが、優柔不断さが、彼を還らせてしまったんだって、今なら痛い程わかる。こんな気持ちで、うか様にお仕えできない。僕は、僕は」
必死に言いつのる弟を、姉はゆっくり制した。
「あなたに何があったのか、教えてちょうだい。玉葉。あなたが、そう思うようになった理由を。昔のあなたは、そうじゃなかった」
慈しむように自分を見る目を正面から受け止め、玉葉は頷いた。
静かに口を開く。
「……僕は、本当に彼と友達になりたかっただけだった。でも、彼からは拒絶された。仕方ないって諦めてたけど、姉さんが彼方に行った後、うか様が、僕か時雨かどちらかを侍御にするって言い出して。僕らの代だと、二人のどちらかがふさわしいからって。うか様の言う事は絶対だって思ったから、嫌だったけど、彼と闘って……勝った。勝ってしまった、って言い方は彼の名誉の為にしてはいけないんだとわかってるけど、でも、僕が勝たない方が丸く収まったんじゃないかって、今でも思うんだ」
悲しそうに目を伏せ、唇をかみ締める玉葉。そんな玉葉に、朝陽は、
「そんな事あるわけないわ、玉葉。あいつらは名誉だけで生きてる連中だから、きっと玉葉が手を抜いたって、難癖つけてくるわよ。力をしめしたのに、それに従えないのはそいつらが本当に弱いからなのよ」
と、キツく無慈悲な正論をはいた。個人的な感情も多分に含まれているが、言っている事は間違っていないように聞こえる。玉葉もそれを知っているので、朝陽の言葉に苦笑した。
「でも流石ね、玉葉。白狐に勝ってしまうなんて。母様も鼻が高いと思うわ」
ふふんと自分の事のように勝ち誇る姉に、苦笑したままの玉葉。だが、またふと悲しそうな顔になって、目を伏せた。
「……僕に負けた時雨は、行方不明になってしまった。僕が、素直に侍御になるのを喜ばなかったのが、彼の誇りを傷つけてしまったみたい。白狐が居なくなる、いや、逃げ出すなんて前代未聞の出来事だったから、結構な騒ぎになったよ。でも、誰も、僕には何も言わない。干渉してこない。それは、静かだったけど……寂しかった。うか様にさえ必要とされていたら良いと思ってたけど、うか様も僕を静かな世界に置いておきたかったみたいで、何も言われなかった。姉さん、僕は、あの僕だけが静かな世界が、嫌だった」
伏せた目を完全に閉じ、玉葉は何かを思い出すような、いや、拒絶するようであった。
玉葉の今まで話してきた経緯に、朝陽は眉を下げ口をわななかせ、でも何も言えないでいた。積極的に敵意を向けられるのもこたえるが、何をしてもしなくても反応が無いというのも、辛いものだ。そんな世界に置き去りにしてしまったのは、自分だ。
「玉葉……」
次の言葉が出て来ない。
「だから僕は、時雨を、裏切り者だと罵られていた彼を見つけるという理由をつけて、無理矢理彼を追って、あそこから逃げ出してきたんだ」
静かに紡がれる言葉に、痛ましそうな顔をしていた朝陽が、ハッとした。
「玉葉。あなたまさかあの日から、ずっと此方に居たの?」
姉の言葉に、弟はばつが悪そうな顔をして視線を外しながらも、頷いた。
「なんで、ずっと家に居なかったの?! あなた、たまにしか顔を出さなかったじゃない。来てもすぐ帰るし」
「この身体は、食べることも眠ることも必要ないみたい。僕の霊力だけで、動いてる。だから、霊力が切れるまでは、何も出来ないけど、こちらに居ることは出来るから、居たかったんだ」
「玉葉っ」
姉は、たまらなくなり、弟の側に寄りガシッとその身体を抱きしめた。まがいものの器。でも、確かに弟はこの中に、この身体に存在している。
抱きしめられた弟は、そっと姉に寄りかかった。
「姉さん。僕は、やっぱり弱いんだ」
「玉葉は弱くなんてない。やっぱり、あちらの世界は酷くて残酷だわ」
「酷いのかな。良くわからないけれど」
「酷いに決まってるじゃない! 私の弟を泣かせる世界が、優しいわけないでしょ!!」
怒ったように言う朝陽の言葉で、玉葉はようやく自分の頬を濡らすものに気づいたようだ。違和感のある頬をぬぐうと、幽かに水の跡。
「この身体の、どこに水があったんだろう」
「そこじゃないでしょっ。全く」
弟のぼけた発言に、泣き笑いのような顔をする。そんな姉を見て、弟もふと微笑む。
「……次に出合った時雨は、誰かの為に一生懸命だったよ。方法も力の方向性も間違ってたけど、でも、ひたすらに出合った少女を助けたいって、想ってた」
「まあ、あの劣等感と憎悪の塊のようなあの弟狐が? まあぁあ」
馬鹿にしたような、それでいて本当に驚いているような姉の言葉に、玉葉は苦笑した。姉があの一族を嫌っているのは知っていたが、その評価はあんまりすぎないか、と。
朝陽は、玉葉の頬をもう一度優しくぬぐうと、もともと自分が座っていた方に戻り、静かに座った。
「時雨が、そんな風になってるのを見て、正直、羨ましかったんだ。誰かの為に、命を削ってでもやりたい事があるって。……時雨は、それで悪狐になっちゃったんだけど」
「悪狐? うか様の狐が? 変ね。こちらに来てよっぽどの事をしたのかしら」
「召喚されて、人を傷つけたみたい。後で不破さんに聞いただけだけど。こちらに不完全に呼び出されて、力の制御とか精神の制御が出来なくなってたみたい、って。確かに、それは僕も思った」
「呼びだされて? 行方不明になった後、その少女に呼び出されて従ってたっていうの? そんな、正式な手順を無視して呼び出せる人間なんて、この時代には殆ど居ないわ。あの探偵さんだってムリよ」
「僕もそう思う。あの女の子の前に、変な宗教団体?が絡んでた可能性が高いって。でも、不破さんはそれ以上はわからないって」
「ふぅん?」
怪訝そうに首を傾げる姉から視線を逸らし、玉葉はまた手元を見るように目を伏せた。
「姉さん。時雨を見つけてくれたのは、不破さんなんだ」
「え? あの妖しい探偵さんが? 良く協力してくれたわね」
姉の言葉に、玉葉は眉を下げて微笑んだ。
「最初に協力をお願いした時は、ハッキリ断られたんだ。時雨を見つけてくれたのは偶々なんだけど、僕に教えてくれたんだ。割と良い人だよ」
「なぁにそれ。最初から協力してくれれば良いじゃない」
「不破さんは、神凪さんを危険な目にあわせたくないんだって。あ、神凪さんっていうのは、助手さんの事だよ。不破さんもね、誰かの為に一生懸命なんだ。
僕、あそこでだったら、誰かの為に何かをしたいって、何か出来るって、一生懸命に想えるようになる気がするんだ」
「玉葉…」
また、言葉に詰まってしまう。何でも思ったことはハッキリ口にしてきた朝陽だが、弟の感情や状況、そして何より自分の感傷で言葉が出なくなってしまう。弟がこんなに自分に意思を話してくれた事があっただろうか。今まで、姉の前では良い弟であり、何でも言う事を聞く素直で大人しい子だった。
「だから、姉さん。僕は、あそこで働いてみたい」
こんなにも、強い意志を込めた瞳を、見た事があっただろうか。
玉葉も、成長しているのだ。こちらに来て、良かれ悪しかれ、色々なものを見聞きし、考え、思う事で、今こうして、頭を押さえつけてきた姉に、ちゃんと意見を言えるまでに。
「……」
口を結び、初めて玉葉から視線を逸らす朝陽。その顔は、戸惑っているようにも、悲しそうにも見えた。
だが、次に顔を上げ、玉葉を見据えた顔は、微笑んでいた。
「玉葉。あなたが、そうしたいのなら。良いわ」
微笑んでいたけれど、やはりちょっと寂しそうだった。
だが、姉の承諾に、初めて自分で意見しそれが通った嬉しさを押さえきれない玉葉は、それに気づかない。
「本当っ、姉さん! 良かった、言ってみて。絶対、怒られるか反対されるかって思ってたから……不破さんたちに報告してくるね! 本当にありがとう、姉さん!」
思わずソファから立ち上がり、両手を胸の辺りで握り締め、嬉しそうに笑う弟。こんなに嬉しそうにしてるのだから、まあ、良いか。姉は諦めにも似た微笑を浮かべる。
「それじゃあ、さっそくあの人達に連絡を入れないとね」
「あ、それはもう言ってあるんだ。あとは、姉さんの承諾さえもらえれば、良いって」
「まあ、玉葉。あなたが直接言ったの」
「うん」
「成長したのね……玉葉」
姉の言葉に、嬉しそうにはにかむ弟。姉離れを少し寂しく思いながらも、これから玉葉がどう成長していくのか楽しみな自分がいる事に、朝陽は気づいた。
「じゃあ、早速不破さんたちに言ってくるね! あ、隆盛さんにも、お邪魔しましたって、言っておいて」
「わかったわ。気をつけて行くのよ。あと、変な事されたり言われたら言うのよ。あと、イジメられたらちゃんと言ってね。あと」
「姉さん」
ソファから立ち上がり、玄関に向かう玉葉を追うように、後ろからかけられ続ける声。玉葉は苦笑して振り返り、声の主である朝陽を見た。
「大丈夫だよ、あの人達なら」
ニコッと笑う玉葉に、それ以上、朝陽は心配の声をかけられなくなった。
ちょっと口を尖らせた後、寂しそうに笑って、言った。
「いつでも、帰ってきてね。あなたの家は、いま此方では此処なのだから」
姉の、見た事のないような表情にちょっとビックリしたようだが、玉葉は素直に頷いて、朝陽を見た。
「うん、ありがとう、姉さん。じゃあ、行ってきます」
扉を開けて、元気よく出て行く玉葉を、朝陽は玄関口でいつまででも見送っていた。
長い散歩から帰って来た隆盛は、玄関口で、扉をあけたままいつまでも同じ方向を見つめ続けている、朝陽の姿を見た。
「風邪ひくよ」
向いている方向とは逆方向から帰って来たので、優しく声をかける。振り返った妻の頬には、涙の跡が見えた。
「そう、そうね。……お帰りなさい、あなた」
「ただいま」
そういいながら、隆盛は朝陽を促がして、家の中に入り扉を閉めた。
「玉葉くんは、行ったんだね」
隆盛の言葉に、朝陽は無言で頷いた。そんな朝陽を隆盛は苦笑しながら、なだめるように肩を抱いた。
「いつか、こんな日が来る事を恐れてた。母様がいなくなって、玉葉まで完全に私の庇護を離れてしまう日が、私を必要としなくなる日が。それが怖かった。怖かったから自分から手を離したも同然なのに、私」
「玉葉くんの事を想ってたんだろう」
隆盛の胸に顔をうずめ、震える唇。
「玉葉が、遠くに行くのが辛い。でも、それは、玉葉にとっては良い事だってわかってるから、引き止めなくて、実はホッとしてるの。でも、でも、やっぱり寂しいわ」
「そうだね、寂しいね。だから、玉葉くんがたまに帰って来てくれた時は、目一杯もてなしてあげたら良いんじゃないかな。話しを聞いて、話をして。家族ってそいういうものじゃないかな」
優しく言う隆盛。彼もまた、家族というものに縁遠いはずなのに、何故こんなにも優しい言葉をかけられるのだろう。朝陽は腕の中で隆盛を見上げた。優しい微笑みが降る。
「……そうね。そうする。これからは、ちゃんと話し合える姉弟になるわ」
「うん。それで、たまには俺も混ぜてくれると嬉しいな」
「当たり前でしょう!」
やっと笑った朝陽に、隆盛は嬉しそうに笑った。
此方に来て、この人に会えて、本当に幸せだと朝陽は想った。弟も、同じぐらい幸せになって欲しい。だから、自分が足枷になってはいけないのだ。
胸の奥はまだ痛いけれど、でも、じんわりと暖かくなっていくのも感じていた。
姉も、ようやく弟離れしはじめたのだった。
おわり。
オマケ
ー不破探偵事務所内ー
「えっ、本当に許可貰ってきたの?! 嘘でしょ」
「嘘じゃないよ」
「ちょ、ちょっと、かおちゃん電話! 確認するわ」
「はいどうぞ」
プルルルル…ガチャ
『はい、もしもし。高山ですが』
「どうも、お久しぶりです〜。不破探偵事務所ですが」
『ああ、妖しい探偵さん。お久しぶりね。玉葉の事、宜しくね。泣かせたらただじゃ済まないわよ…』
「え、本気っ?」
『本気よ。何か?』
「な、何でもないデス……」
『そう。それじゃあ、くれぐれもっ、玉葉の事頼んだわよ。じゃあね』
ブチッ。ツーツーツー…
「……本当だった」
「ね、そうでしょ。じゃあ、決まりだね。これから、宜しくお願いします」
「まじか~~~!」
「宜しくね、玉葉くん。一緒に働けて、嬉しいわ」
「僕も、嬉しい」
「まじか~~~~~~~!!」
みつの叫び声だけがこだまする。
今日も、不破探偵事務所は、平和です。
本当に終わり。
狐の姉弟が話した結果、不破探偵事務所に従業員が増えました。やったねww 見慣れない単語が多いと思うので、8/4の活動報告で独自の単語の独自の解釈をしてます。良かったらどうぞ(蛇足)




